マッチ売りの少女〜legend of the macho〜【後編】
「ワン、ツゥー、筋肉〜! ワン、ツゥー、筋肉〜!」
よくわからない掛け声と共にトレーニングは始まった。
今日も腹筋を6つに割るためのクランチ&ツイストを300回と15kmのラン。
新しくウエイト・トレーニングも開始するのだという。
用意されたバーベルのプレートの数を見て、少女は正直付いていけるのか不安になった。
「ワン、ツゥー、筋肉〜! ワン、ツゥー、筋肉〜!」
(これはやばいトレーナーなのかもしれない...)
少女は今更ながらにそう思うのであった。
「ダイジョブ、ダイジョブゥ〜!セイッ!」
滑るからネタを振らないでほしいし、返す余裕もない。
クランチ、ツイスト、クランチ、ツイスト
彼女はそれでもなんとか練習に食らいついていた。
一つクリアするたびに“プロテイン・キャンディ”が貰えるからだ。
今日の早朝トレーニングが終わった。この後昼食を挟んで夜までマッチを売り歩く。
「地方予選に出るのでマッチはいかがですか〜?」
何の大会かと聞かれ、“ボディ・ビル”と答えると一様に反応は薄かった。
それに酔っ払いのオヤジが絡んできた。
「よぉ嬢ちゃん。鍛えているんだってぇ?大したことねぇんじゃねえの?」
「見ろよこの俺の腹筋。なかなかのもんだろぉ」
寒空の下、オヤジは服をまくって腹筋を見せてきたが
大した筋肉ではなかったので少女も服を少しだけ上げて鍛え上げた腹筋を見せつけた。
「こ、これは本物だ...ガチのやつじゃねえか...」
「すまねぇ...本当に悪かった。なんだか自分が小さく見えてよぉ」
「恥ずかしい大人になっちまったもんだ」
そう言ってオヤジは号泣し、今日の競馬で手に入れたという大金を少女に寄付した。
「本気で変わりたいと思うなら...ここ」
少女はマッチ箱の裏にジムの住所を書いて手渡す。
「ありがてぇ...ありがてぇ...」
何度もそう言って感謝して帰ったが、彼女に紹介料が入るシステムだった。
「よし。これでオーナーも喜んでくれる」
あなたにはこの少女がボロ儲けをしているように見えるだろうか?
いや、それは違う。スポンサーがつかないアマチュア競技の過酷さを理解していない。
エントリーにかかるお金はもちろん、渡航費や宿泊費、食費にお土産代
トレーナーに支払うお金などの全てが “自己負担” として重くのしかかるのだ。
だからマッチ売りを辞めるわけにはいかないのである。
「あぁ、フランス料理が食べたい」
帰り際にいつも通りかかる料理屋の美味しそうな食品サンプルを眺めてそう呟く。
少女に違いはわからないであろうが、ここはイタリアンのお店だ。
いつか食べると心に誓い、帰宅後も日課になったクランチ&ツイストを決める。
腹筋が心なしか喜んでいるような気がした。
「笑顔っ!笑顔っ!笑顔が大事っ!」
「はい腹筋っ!背筋っ!ジョウワンキィ〜ン!」
リズムに乗って楽しみながら鍛えられるようにというトレーナーの心遣いなのだが
もっと普通の掛け声をかけて欲しいと思った。
なぜ頭のネジが飛んでいるような人達が多いのだろうか。
それから二週間が経った。
予選会まであと三日。最後の追い込みをかける。
それと今日は仕上げのポージングを教えてくれるという。
「・・・・・・・・・」
彼女は絶句した。
“こんな恥ずかしいポーズを取るくらいなら、寒空の中で死んだ方がマシだ” とさえ思った。
今まではただ鍛えていただけで、ボディ・ビル誌に載っていたポーズをするなんて聞いてない。
「それが、ボディ・ビルディングなのよ」
トレーナーはそう諭したが、彼女の心にはもう届かない。
その日のうちに大会エントリーを取り消した。
大人ならまだしも、彼女はお年頃の少女なのだから。
実は最初からこうなる事をトレーナーも薄々わかっていた。
わかっていたけれど彼女の才能に賭けてみたかったのだ。
目標を失ってしまった。
ジムのオーナーが「ボクシングをやってみないか?」と誘ってくれたが
彼女はそれも二つ返事で断った。
「あ、痛いのとか無理なんで」
少女は悩んだが、ふと目にした雑誌に四年に一度の大会の代表選考レース特集が載っていて
そこにはあの“薄着のランナー”の姿があった。
国を代表して大会に出ることが決まったのだという。
少女は思った。
(私も...同じ舞台に立ちたいっ!)
しかし彼女の体は厚い筋肉に覆われていて、今更走りの世界に戻ることは出来ない。
それなら他に自分に合う競技がないかとページをめくる。
(ペラペラペラペラ....ん?)
彼女の手がとあるページの特集で止まった。
“ウエイト・リフティング 女子48kg級”
(..............これだっ!!)
可愛らしい女性がバーベルを天高く持ち上げている。
ボディ・ビルのトレーニングでもバーベルはやっていたし、それより何より、何よりそれより
(すごくマトモな人達がやってるっ!)
そう思ったのだ。
格好は結構パツパツだし持ち上げた時は凄い顔しているのだけれど
最近は比較的イケメンや、比較的可愛い子が増えてきた。
もちろん他にごつい人とかもいるので見た目の落差が大きなスポーツだ。
(私ならアイドルになれるかもしれない!!)
そう。彼女は少しミーハーだから、有名人になりたいと常々思っていた。
何がきっかけでデビュー出来るかわからない世の中だから
もちろん一番目立つ金色のメダルを取りに行くと心に決める。
まずは資金を集めるためにマッチ売り社の社長に会いに行くことにした。
マッチの宣伝になるなら...と気前よく資金を援助してくれた。
ユニフォームに大きく“マッチ売り社”と入れなければならないのは恥ずかしいけれど
背に腹はかえられないので少女はその条件をのんだ。
専属のトレーナーを雇い、まずは基本のバーベル上げ。
それからウエイト・リフティングの動作に応用できるからと
ハンマー投げ、砲丸投げ、スイミング、バレエ、ピアノ、オルガン、エレクトーン、茶道に華道と
他にも様々な習い事を始めた。これではお金がいくらあっても足りない。
少女はひたすらにマッチを売った。
そして代表を決める大会。
少女はもちろん48kg級での参加。気合が入る。
結果は...圧勝だった。
“ウエイト・リフティング界に突如彗星の如く現れた少女”
華々しくデビューした彼女に代表は決まった。
「実績が無い」とか「ビギナーズラックだ」とか会場からは様々な雑音が聞こえてきたが
少女は観客席にその筋肉を見せつけて黙らせた。
「渡航費が必要なのでマッチはいかがですか〜?」
反応は良かった。
マッチを売っているというよりは
募金のオマケにマッチを配っている感じだ。
「大きくなったらおねぇちゃんみたいな選手になりたいなっ!」
「それはやめておいた方がイイよ!」
マッチにサインを求める幼女に対し、少女は適切なアドバイスを送った。
大会はニホンという国で行われるという。
小さな少女が異例の代表入りした事はその国でも話題になっていて
SNS上では何故かアニメっぽいイラストまで作られた。何故だろう。
母国で収録された事前インタビューで少女が間違えて言った
「ニホンノミナサン、キコエマスカ〜?」は、後に今年の流行語大賞にノミネートされたが
本当は「日本の皆さん、お元気ですか?」と普通に言いたかっただけだ。
その国のサッカー選手の真似をしたかった訳じゃない。軽く貰い事故だった。
そして二ヶ月後、大会は始まった。
試合日が遅いので開会式には参加しなかったが、早めにニホンに乗り込み
キョウトやオオサカで食べ歩きをした。
中でも彼女が行った都市で特にお気に入りだったのは“イバラキ”だ。
「ここは私の感性にあっている」
イバラキでは特に何もしていないが、精神が落ち着いた。
心の平穏こそが今の彼女にとって一番の贅沢なのだ。
ディスって言っている訳ではない。結構いい県だと思う。
ただ、アクセスだけが悪かった。
トウキョウに戻る。
ウエイト・リフティングのトヨスは立派な競技会場だ。
建物は綺麗だしスカイツリーも見える。
何よりツキジが近くて便利だ。
「魚がうまい。明日はチャーシューエッグをを食べに行こう」
魚の市場で矛盾があるが、チャーシューエッグはそこの名物として有名なのである。
比較的近いので秋葉原にも行ったが色々ヤバイと思った。
「ヤベェー。超楽しい」
ようやく初日の試合が始まる。
まだルールはよくわかっていないが、とにかく上げればいいらしい。
一つ勝ち、二つ勝ち、気付けば決勝まで来ていた。
「・・・・・・勝てなかった」
自分に負けたのではない。
ニホンの小さな女性選手に負けたのだ。彼女は本当に強い。
完敗だった。
それでも銀メダルを首にかけられると笑顔を取り戻し、それを歯に噛んでみせた。
カリッ....「あれ?」
今大会は建設費やその他諸々の費用が増えたのでチョコレートで作られている。
“みんながメダルをかじるので本当に食べられるようにした”というのは建前だ。
“お・も・て・な・し“という言葉は一体何だったのか。
それでも少女はとても喜んだ。
ポテトチップにチョコレートをかけるというマッドなものを作るけれど
生チョコが美味しいと有名なメーカーの特製メダルだったのだ。
「うまい...(モグモグ)」
それを見て隣に並ぶニホンの選手が苦笑いを浮かべる。
(金メダルはビターチョコレートだったのだろうか?)
少女は銀メダルで良かったなぁと思った。
後ろ髪を引かれながら帰国。
あの国でアイドルになるという道もあったが、大変そうだからやめた。
だから今日も路上でマッチを売っている。
「マッチはいかがですか〜?」
反応は薄かった。
金メダルと銀メダルではこうも反応が違うのかと彼女は思ったが、真相は違う。
あれからもう三年が経ち、少女は美少女になっていた。
もちろんまだ未成年なのだが身長も伸びて幼さはもうない。
誰もあの少女だとは気付いていないのだ。
ただ一人、あのランナーを除いては...
「やあ、お嬢ちゃん。まだマッチを売っているのかい?」
薄着のランナーが今日は正装して薄着では無かった。
数年前に足を怪我して今は実業団のコーチをしている。
「もし君がよければなんだけど...僕について来てもらえますか?」
「はい...嬉しい」
そして二人は結ばれた。
もちろん選手とコーチとしてだ。
実業団にスカウトされた少女は一から鍛え直し
翌年の地元マラソン大会でついに男女総合一位を獲得した。
その美貌と割れた腹筋から “レジェンド・オブ・ザ・マッチョ” と呼ばれ
後に町のヒロインとして末永く語り継がれることとなる。
「マッチは、もういいか (ボウッ)」
残っていたマッチに火を付けて大好きなマシュマロを焼く。
一瞬祖母の顔が浮かんだ気がしたが、ここ最近の残業で疲れていたのだろう。
ふうっと息を吹きかけ、ちゃんと水を張ったバケツに入れて消した。
今では収入も安定し、少女はそれなりに幸せに暮らしましたとさ。
おしまい。
筆者は思った。
“私は何を書きたかったのだろう”
“これは一体何のお話であったのだろうかー”と。
本当に読んで欲しいのは今連載している二つの小説。
もちろんだが、こんなにふざけた話ではない。
どうか信じて欲しい。
さあ、作者の名前をクリック!そして作品ページに飛ぶんだ!
そこにはまともなファンタジーの世界が待っているのだから。
おしまい。




