手紙5 本棚→大賢者
もうあれからどのくらいの月日が経ったのでしょう。最低でも3年は経ったのだと思います。吾輩を覚えていますでしょうか? 吾輩は貴方様の魔法によって命を与えられた本棚です。大変嬉しいニュースが飛び込んできたので居ても立ってもいられず筆をとりました。
この手紙を貴方様に送る最後の手紙にしたいと思います。
あれは恐らく2年半ほど前、セカンドバックからの手紙で吾輩は仲間の悲運を知りました。そして、貴方様に激しい怒りを感じたのを覚えています。吾輩の創造主だからと貴方様の人格を信じたのが吾輩の大いなる落ち度でした。その結果多くの仲間の命を失ったのです。今日は、そんな吾輩の話をしたいと思います。この3年間血眼になり吾輩の行方を追っていたのでしょう? ならばこれから書くのは、吾輩が今、どこにいて何をしているかというお話です。これ以上貴方様にとって有益な情報はないでしょう。
まず、吾輩がリサイクルショップの中で息を潜めていた話はしたと思います。そのリサイクルショップなのですが、古本屋と同じ店舗で運営されており、つまり吾輩は夜中皆が寝静まると好きなだけ本を読める環境にいたわけです。
ある夜のことです。営業時間が終わり、ロウソクの明かりが消され、店内が暗闇に満たされると、吾輩はいつもの本売り場のスペースに向かいました。本を読み知識を蓄える事を日課としていたからです。すると、たまにですが本の栞代わりに『宝くじ』が挟まっていることがあります。その日も挟まっていました。たしか、苦悩する男性と極端に幼い女性が恋愛する人間の哲学について書かれた本にです。異界の文字で確か「LO」などと書かれていました。吾輩はその本を読み、人間とは何であるかを学び、読み終わりに何の気なしにそれを引き抜き、しまっておきました。その次の朝、店主が新聞を読んでいると、「うおお!?」という奇怪な声をあげたもので、そちらを横目で見ると店主が本売り場の方に走っていくのが見えました。そして、昨日吾輩が読んだ人間の哲学について書かれた本を何度もパラパラめくっているのです。
「おかしいなぁ……、ここに挟んでた筈なのになぁ……」
店主が焦っているのが手に取るように分かりました。数時間後、それは当たりの宝くじを挟んでいたので必死になっていたのだ、ということが分かりました。吾輩はそっと本に戻してやろうかとも思ったのですが、これだけ恋焦がれる大金というものを見てみたいという心理が働きましたし、何より吾輩はその前から「お金」というものに非常に関心がありました。吾輩はその「当たり」の宝くじを握りしめ、換金場所に行きました。もうこれは他の人にまかせるわけにはいかなかったので自分でいったのですが、換金を担当している人は、それはもう驚いていました。今思うと吾輩の姿に驚いていたのだと思います。でも上から紫の布をかぶりカモフラージュしていましたし、人間と見分けがつかないように帽子というものをかぶり自分自身を細工したつもりでいましたので、きっと吾輩の姿かたちではなく、言動になにか間違いがあったのかもしれないと思ったのです。吾輩はもう一度同じ言葉を言いました。
「あの、この宝くじはここで換金できると聞いたのですが」
店員はその様を見てただ口をパクパクさせるだけでした。どうしたのだろう? とまず思いました。変装は完璧なハズなので、
――あ、そうか、発音が悪かったのだ。
と思い、今度は丁寧に発音しました。すると、『あ、あの……ご、ご本人様でしょうか?』などと聞いてくるので「当たり前です!」と少し語気を強めて言いました。すると『もうしわけございませんでした!』と店員が謝ってきました。吾輩は何となく申し訳ない気持ちになり。
「人間誰でも間違いはあるのだから、そんなお気になさらずに」と励まし、お金を受け取り、その場を去りました。
とにかく、これで吾輩は大金をGETしました。吾輩はその金で人を雇い、リサイクルショップを始めました。とにかく、本当に吾輩が動く様を見ても驚かない特殊な人物をマネージャーとして雇い入れ、その男が皆に指示をする形にしました。彼との友情は今でも続いています。何でも聞くとミーファ様のお師匠にあたる御方だそうで、吾輩がいろいろ事情を説明すると「あの子を少し傲慢に育て過ぎてしまったようだ」と後悔なされているようでした。とにかく、この方が吾輩の下で働きだしてからは、吾輩は何不自由なく様々な命令を下すことができました。そんなおりにセカンドバックからの手紙が届いたのです。吾輩は泣きました。涙は出ませんが、たしかに泣いたのです。そして決意を固めました。吾輩はお金の力を使い、魂ある家具が悲しむ様な世の中には絶対にしないと。その為に大金持ちになると。
そう決意した吾輩は宝くじの資金を使い、様々な業界に手を伸ばし、適切な業界人を雇い入れ、ついに我社を巨大企業に成長させたのです。そうです。今や王宮よりも高くそびえたつこの「家具の朝日」という会社は、吾輩の会社なのです。吾輩は、その集めた金をたった1つの目的の為に使いました。
ミーファ様……、そもそも吾輩が何故このお手紙をミーファ様に差し上げたか分かりますか? 恐らくミーファ様は今からでも「家具の朝日」の本社に乗り込めば、そこの社長室に吾輩はいます。造作もなく吾輩を葬る事ができます。それに、今は傍らには我が妻であるセカンドバックがいます。ミーファ様が探し続けていた二人を貴方様は簡単に殺すことができるのです。しかし、吾輩がこのお手紙を書いた日の前日から吾輩達を殺す事は貴方様にとってもリスクがあることになりました。
それは『この国で命を吹き込まれた物は人間と同じ権利を有する』という新しい法律ができたからです。吾輩達を殺せば、貴方様はその時点で殺人犯になるのです。この不名誉を恐れぬというのであればどうぞかかって来てごらんなさい。既に覚悟は出来ております。
吾輩はもう逃げも隠れもしません。
吾輩は、ただ吾輩でありたいだけなのです。