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手紙4  セカンドバッグ→本棚


 これは私からの手紙です……。いや、これでは分かりませんね。私に名前はありません。私はかつて本棚であるあなたと共にあの悪辣な賢者の下で産声をあげたセカンドバックです。

 これは私の手紙であり、……遺書です。

 届くかどうか分からない手紙を書くなど自分でもどれだけ滑稽な行為をしているのか分かっているつもりです。だからこそ、これは遺書だと思って下さい。でも少しは希望も持っているのです。あなたがこの手紙を運よく読み、私を迎えに来てくれる日が来るかもしれない……、そんな希望を、です。笑って下さい。でも今はその希望にすがり生きていくしかないのです。


 まず、なぜこんなお手紙を差し上げたかを書きたいと思います。私達はマヌケな勇者・直人の家に潜伏していました。それは御存じだと思います。しかし、どこからか情報が漏れ、あの極悪非道な賢者ミーファ様が勇者様の家に押しかけました。あの恐ろしい目を見た瞬間、一瞬で私達を捕まえにきたのだと分かりました。私達のほとんどはその魔の手にかかり、破壊されるか、元の魂の無い家具に戻されてしまいました。私だけは運よく逃げ出すことができ、近所の家に転がりこみました。生存者は私の知る限り、私一人だけです。恐らく私の形状が幸いしたのだと思います。私はセカンドバックです。そこまでかさばらないですし、小さな隙間でも潜りこむ事ができます。私が入った隙間は僅かに(ふすま)が開いていた押入れの中でした。こんな所を常時覗きこむ人もいないでしょう。もちろん用もなく押入れを開きたがる人も中にはいるでしょうが、たとえ見つかったとしても大体の人は、ある日セカンドバックが一個増えたぐらいで気になる事などないのだと思います。きっと妻が買ったのさ。そう思うだけです。でも、これがきっとタンスやあなたのような本棚だとしたら、もう私は逃げ切る事が不可能だったと思います。


 あまりに不自然すぎるからです。

 そう考えると本当に私はセカンドバックだからこそ助かったのです。つまり、生まれも含めた運命が私の生死を分けました。本当に運が良かった……。しかし、どうしてこんな事になったのだろう。安全だと思っていたのに。


 私はグリーンと名乗るその家の押入れのバック置場の中に並びながら、どうしてこんなことになってしまったか……という事を繰り返し考えました。直接的な原因は何故か私達の居場所が分かってしまったことにあります。それは分かっているのですが、今振り返るとそれ以外の要因もあった気がするのです。

 私達はミーファ様が来た時にうまく動けませんでした。やかんなどは取っ手を握られるまでミーファ様だと気づかなかった程です。きっと、逃亡者であることを忘れ、体から力を抜き、緩んだ日常に慣れてしまったせいかもしれません。だから咄嗟のことに対する反応が鈍くなっていたのです。どうして皆、そんな腑抜た気分に陥っていたのか……、私には分かります。あの方のせいなのです。勇者で英雄のあの方「武田直人」の巧妙な罠に私達は引っかかっていたのです。


 今思い返すと、最初から二人は組んでいたのかもしれません。一人は獲物を油断させる役、もう一人は頃合いを見計らい私達を捕まえる役。本当にしてやられました。まさか、あれが演技だったとは……。勇者・直人という男は本当に恐ろしい男です。思えばアレも不自然でした。アレとは食卓用テーブルと椅子が喧嘩をしていた時に起こったある事件のことです。喧嘩の原因は本当に些細なことで、たしか勇者様が食卓用テーブルの上にあぐらをかき、何かを食べていた時のことのです。今思い出しても、それはもうはしたないお姿でした。勇者様には食事をいただく時のマナーという概念がないらしく、椅子があるのに食卓用テーブルの上にあぐらをかくという行為を躊躇いなくなされていました。この男は何なのだろう、と幾度も思ったものです。その後勇者様が寝るとさっそく食卓用テーブルと椅子の二人がその話をしていました。マナーがなってない、だの、犬の様な食べ方をする、など、そんなことを言っていました。その時です。椅子がテーブルに向かって言ったのです。


「結構な頻度で座られるなら、お前も椅子と名乗ればいいのに」

「ふざけるな! 高貴なこの食卓用テーブル様を臭いケツを支える為だけに生まれてきた椅子如きと一緒にするなよ」


 この食卓用テーブルの侮辱に椅子は激高しました。あまりに興奮するので、私達が仲裁に入ったほどです。とにかく椅子は、こいつの傍にいたくない、と言いダイニングルームから居間の暖炉の前に陣取ったまま動きませんでした。そして、そのまま朝が来てしまいました。小鳥の鳴き声がさえずり、居間とダイニングに光が射してきた時、ようやく気付いたのです。


 この状況はかなり不自然だぞ……、と。


 椅子が一個だけポツンと暖炉の前にあるのです。

「あっ」と声が出かかりました。皆、やってしまった、という気持ちにさせられました。椅子が夜の間に暖炉の前に移動した……。これはもう決定的な証拠を見せてしまった気がしたのです。椅子だって今更動くことなどできません。勇者様はその時には既に起きていましたし、なにより、人間の目は動くモノに敏感なのです。皆、気づかないよう祈るしかありませんでした。勇者様はお気に入りの長椅子に腰をかけると、足を伸ばし、暖炉の前の椅子の上に足をのせました。本当に、ごく自然に。そして、茶を飲みながら何かの本を読んでいました。たしか、女性の裸が描かれていた本です。それを6時間も熟読していました。その間、暖炉の前にある椅子にずっと足をのせていました。


 そう、勇者様は気づかなかったのです。それ以降、私達はテーブルの向きを変えたり、やかんの位置をかえたり、色々なことをやったのですが、どれも気づかれませんでした。だから「これは伸び伸びと暮らせるなぁ」などと思ってしまったのです。本当に失敗しました。完全に相手が上手でした。まさか作戦だったとは……。とにかく、こんな緩みきった後にミーファ様は来たのですから、私達は簡単に捕まったわけです。


 とにかく、お願いです。私は今不安で仕方ありません。一刻も早く私を迎えに来て下さい。風の噂であなたが億万長者になったと聞きました。お願いします。世界にたった二人の仲間ではありませんか。あなたのお金の力で私を助けて下さい。


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