手紙3 本棚→大賢者
まず、言いたい事があります。こういうお手紙を畏れ多くも大賢者ミーファ様にさしあげることは、吾輩にとってとても勇気がいたことだと思って下さい。吾輩は、かつて貴方様の本棚として働かせていただいた者です。いや物です。名前はまだありません。ただの本棚です。吾輩には「手」というものがありませんので、この手紙は吾輩の配下に代筆させています。さて、まずは一言お詫びさせて下さい。勝手に貴方様の家から逃げ出したことをです。本当に申し訳ありませんでした。謝っても恐らく許していただけないことは重々承知の上なのですが、謝らずにはいられないと言いますか……、創造主として貴方様を仰いでいた本能が勝手にそうしてしまう、という感覚なのです。そう本能。そういう意味では、あの日……吾輩達は初めて本能に逆らって行動を起こしました。そう、吾輩達の仲間である「押入れの引き戸」が燃やされた日のことです。貴方様はおっしゃいました。たしか、こんな台詞でしたよね。
『いい? 押入れと言う物はね。何かをしまう時に初めてその戸を開くものなの。分かる? 何の用もないのに四六時中ガタガタするのはダメな事なの! 教えたわよね? 何度も教えたわよね? 何べん言っても分からないクズはこうなるわ。見てなさい! こうよ! こうなるわ!』
貴方様は無慈悲にも引き戸を押入れから引っぺがし、ご自身の魔法によって燃やしてしまわれました。この時の吾輩達の恐怖を少しは想像なされたことがおありでしょうか? 貴方様にとって吾輩達は所詮家具程度の存在なのかもしれませんが、吾輩達にとって家具の命というのはそりゃあもうかけがえのないものなのです。なのに、貴方様はまるで虫けらを楽しみ半分で踏みつぶす様にこの命を扱われました。どうしてこれを恐れずにいられましょうか。やかんなどは恐怖のあまり大量の湯気を吐いてしまったほどです。その時、吾輩達はこう思いました。
吾輩達もいつかこうなる、と。
最初に逃げようと皆に呼び掛けたのはタンスでした。タンスは日頃から吾輩達のリーダー的存在の家具で、彼の奏でる引き出しをしまう時の音色は、とくにセカンドバッグあたりをうっとりとさせました。とにかくタンスは熱弁しました。このままでは我々の未来はない、逃げ出すべきだ、と。吾輩達はタンスの声を聞くごとにそれが最も現実的な手段なのではないかという気がしてきました。ミーファ様の下で生き続けるということは些細なミスさえ許されない空間で生き続けるという事に他なりません。そんな空間で生きていけるのだろうか……と全員が思いました。吾輩も、そして皆もそんな自信はありませんでした。皆、タンスの意見に賛同しました。そして逃げ出したのです。もう一心不乱に。最初、我々は一つの集団として行動していました。だが王都付近まで来ると、皆思っている事がそれぞれ違うのだ、という事が分かって来たのです。
意見には多数派の意見と少数派の意見があり、多数派の意見の筆頭は吾輩です。吾輩はとにかく王都に隠れることを提案しました。ある本を読んだからです。木の葉を隠すなら森に隠せ、とその本には書いてありました。王都には沢山の家具があり、その中に身を隠してしまえばいくらミーファ様といえど追跡が困難であると思ったからです。
対する少数派意見の筆頭はタンスでした。せっかく解放されたのだし自由に生きたいという意見でした。結局、タンス他数名はそこで別れ、吾輩達はとりあえずどこかの家に入る事にしました。
そこで勇者・直人を思い出しました。
ミーファ様が評する彼は人一倍鈍感でスケベなことにしか興味がないクズだと聞いていたので、油断がふんだんにある人物であれば大丈夫なのではないだろうか? という結論に至りました。吾輩達はまず勇者直人が家にいないことを確認すると、彼の家にある魂が入ってない家具達をリサイクルショップの前に放置し、吾輩達がその代わりになりました。だがその時、ちょっと厄介な事が発生しました。勇者直人は本棚を持っていなかったのです。なので、彼の家に本棚が急に一個増えたみたいな形になりました。
夕方になり勇者直人が家に戻ってきました。最初、気がつかなかったようですが、ある時ゆっくり近づいて来て吾輩に向かって「こんなのあったっけなぁ~?」と言いました。吾輩は、心臓が張り裂けそうなくらいドキドキしたのを覚えております。とにかく勇者直人が寝静まるのを待って、吾輩は「吾輩はここに潜伏するのは難しい、だがお前達は大丈夫なようだ。皆達者で暮らせよ」と言い残し、勇者直人の家を出ました。でも独りになると段々寂しさが降り積もってきて、いっそタンスに合流するのはどうだろう、と考えるようになりました。
でも、タンスの行方はとんと分からず、どうしたらいいものか、と思っていたおりにタンスの噂話を耳にしたのです。本当の事かは分かりませんでしたが、噂話によると彼は盗賊団という謎の生命体を率いる立場になったというのです。吾輩はとりあえずその盗賊団なるものがどこにいる何という生物かどんな生物群をさす言葉なのか分からなかったもので、その情報を集める事にしました。情報を集めるためには本を読むか、人々の話を聞くしかありません。なので、吾輩が直立不動で居たとしても自然に見える場所、つまりリサイクルショップの中で息を潜めていればいいのではないか、という考えに至りました。
それからというもの吾輩は沢山の本棚が陳列する中に息を潜めながら聞き耳を立てる日々を送りました。
すると、盗賊団という噂を耳にしたタイミングで貴方様の噂を耳にしました。金髪の大賢者ミーファ様はある盗賊団を壊滅させ、その頭領が使っていたらしきタンスを木端微塵に粉砕した、と。
吾輩は自身に付属されていた本立てを倒しながら泣きました。
なぜこうもミーファ様は非道なのか、と。そして、この手紙を書く決断をいたしました。それは我々にも命があり、そして自由を欲しているという事を知ってもらいたかったからです。なので、もしもあなたに慈悲の心が少しでもおありになるなら、どうか吾輩達を探さないでほしいのです。お願いします。吾輩達にも非はあります。ですが御慈悲を。どうか御慈悲をお願いします。
追伸:吾輩はもうリサイクルショップにはいません。人々はやけにお金と言うものに執着することを発見したので、それを増やす方法を発見いたしました。この配下の人間もそうやって雇ったもので吾輩もお金を通すと人に何かの命令を下せるのだと知りました。お金というものは本当に偉大であると痛感しています。