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アンダーワールド(仮)  作者: 午前十一時
第1章
7/7

05.脱法シスター

ーー殺風景な部屋で、キーボードの鍵だけが無機質に音を立てる。


画面には様々なデータの羅列と、「深層世界へようこそ!!」という文字列で止まった会話ログ。

今のところ更新される様子はない。



私はふと手を止め、部屋の隅に置かれたパイプベッドに横たわる少年を一瞥した。


それもつかの間、すぐに画面に向き直ると入力を再開。更新された会話ログと、同時に変動を始めた各種バイタルデータを処理しつつ、携帯電話を手に取った。


深夜1時。こんな時間であっても、あの子は私の電話に嫌な顔一つせず、機械のように淡々と応じるのだろう。


「助手」としては一流。

だが「十代の女の子」としてはどうだろう。


私があの子をそう訓練(きょういく)した訳ではない。出会ったときからずっと同じだ。


だから、今回の一件は収穫だった。

同世代の男子。そして彼女を超える深層世界への適性。

研究のためなのはもちろんだが、期待するところはもう一つ、別にある。



彼なら、もしかするとーー



真意はいつも通り、薄く歪めた唇の裏に隠し。

私は呼び出した助手(・・)の到着を出迎える。


会話ログには新たな文字列が刻まれつつあった。



* * *



「おぁああああああああああああ‼︎‼︎」


原色で統一された荒原を、灰褐色の群れが疾走する。


群れの先には1人の少年。

年の頃は15,6。腰には一振りの刀。

そう、俺である。


取り戻した(と言って良いものか)脚の感覚を懐かしむ暇もあればこそ。

碑崎のふざけた挨拶に返事をしようとした直後、俺は小鬼の大群に取り囲まれていた。


相手が一匹なら斬って捨てるという選択肢もありえたのだが、さすがに群れともなるとそうはいかないことは自明だった。


すぐに確実な逃走経路を見出せたあたり、ほんの数日前の経験が生きたと言えるだろう。


「はっ、はっ……くそっ、多すぎるだろ……」


「頑張れよぉー、塔弥くぅーん」


「アンタ後で覚えてろよ……!」


面白がるような碑崎の声にも、今はこう返すのが精一杯。なんせ相手は30匹を超えている。足を止めたが最後、どんな目に遭うかはあまり想像したくない。


「2分以内に救援を送る。それまで持ち堪えてくれたまえ」


「簡単に言ってくれるなぁ……」


右だ、という碑崎のナビゲーションに従い、ひた走ってきた直線コースを外れ、直角に進路変更。後ろを振り返り、そろそろ振り切ったか、と思った俺をあざ笑うように、前方に現れたのは、


「えぇー……。」


トラの毛皮を腰に巻き、電柱ばりに太い武器を携えた、朱い肌の人外。


ザ・オニといった風情の異形は、気の抜けたような声をもらす俺を前にして、何も言わず金棒を肩越しに構えた。


小鬼がいればその親玉がいることくらいは想像しておくべきだったのかも知れない。


さすがにコイツから逃げようというのは無謀だろう。


愛刀(暫定)を腰だめに構え、睨み合う。


金色の虹彩を縦に裂く異形の瞳孔を見つめながら、仕掛ける機会を伺う。向こうも同じなのだろう、経つ時間に比例して眼前の鬼からの圧力が跳ね上がる。


まさに一触即発といった空気の中。


轟いたのは数発の銃声。

次いで後ろから何かが砕けるような澄んだ音が聞こえてきた。


さすがに振り返る訳にもいかないが、それでも分かる。

後ろに居るのは俺よりも、下手をすれば目の前のオニよりもずっと強い何かであると。


挟み撃ちの危機に半ば立ち往生している俺の背中に、闖入者の気配が現れる。


「……へェ、今度は脚、ちゃんとついてんだなァ?」


「……?」


どこかで聞いたような声。

だが何かが違う。どこかに違和感がある。


思わず振り返った俺の目に映ったのは、眩しい程の白髪、片手に鉄色の拳銃。そして黒っぽいセーラー服。勝気な瞳が眉の下にふたつ。


病院で目覚める前に聞いた銃声が、俺の脳内にリフレインする。


「……碑崎サン、救援ってのは……」


「間に合ったようで何よりだよ。後は彼女に任せておくといい」


ネコ科の肉食獣を思わせる双眸は、しかし今は俺を見てはいない。俺の背後、屹立する巨大な異形を睨んでいる。気づけば鬼の方も俺への興味を失っていた。俺へ向けられたものより濃密な殺気が溢れ出す。


対する少女はその右手で拳銃をクルクルと弄んでいる。


先に痺れを切らしたのは鬼の方だった。体積にして少女の何倍という巨体が殺到する。右手に握られた凶器が恐ろしさに一層の拍車をかける。


いまだ混乱状態の俺をよそに、少女は撃鉄を起すと、俺の背後のオニに銃口を向けた。



去死吧(あばよ)、デカブツ」


聞き取れなくても、なんとなく意味は解った。


引き金が引かれた直後、オニは欠片も残さずに爆散。ガラスを思わせる破片が飛び散った。


あっけにとられて眺めていた俺とは対照的に、つまらなさそうに銃をクルクルしていた少女は、やがて俺を一瞥して言った。


「ついてきな、赤目の」


「……?」


赤目とは俺の事か。


首をかしげていると、オマエ以外に誰が居るンだ、と不機嫌な声が投げかけられる。


そのまま歩き出してしまった少女を追いかけながら、無線機の向こうに居るであろう碑崎に話しかける。


「俺、何かしました?」


「気にするな。こっちの彼女はいつもこんな感じさ」


慣れればかわいいモノだよ、などと無責任なことを言っていた碑崎は、「ところで、」と唐突に切り出した。


「キミの目は赤いのかね?」


「それはこっちが聞きたいですよ。そんな事より彼女は何者なんですか」


「ふむ……一言で言えば『助手』だな。私としては『家族』と言い切りたいところだが、今はそれも望めまい。そもそも血は繋がっていないし、親戚というワケでもないからな」


なにやら複雑な雰囲気になってきた空気だったが、碑崎の次の一言で霧散することになる。


「ちなみに先日、深層世界(ここ)で君を撃ったのは彼女だ」


「何か見覚えがあるとは思ったけど……」


「ほう、それは重畳。これからも協力し合う関係になるのだし、顔を覚えているのなら話が早い。出会い頭にぶっ放すのはあまり行儀が良いとは言えんが、今回はツヅリの判断に感謝だな」


その理屈はおかしい。


お返しに一撃入れる権利くらいはあるのではないだろうか。


きわめて正当な理由のもと、刀の柄に手をかけた途端、碑崎の声がそれを押し留めた。


「何やら仕掛けるつもりのようだが、やめておきたまえ。どうせ彼女の『還元』の餌食だ」


「『還元』……?」


「説明してやりたいのはやまやまだが、そろそろ帰還ポイントだな。早く彼女に追いつく方が賢明だぞ?」


見れば、前方に右手で不機嫌そうに銃をもてあそぶ影がひとつ。

とりあえずは忠告に従って走ることにした。

また撃たれるのは御免だった。


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