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アンダーワールド(仮)  作者: 午前十一時
第1章
3/7

01. 新しい朝が来た



「ん……」


ここは、何処だ。


頭が重い。


……撃たれたんだったか。


と、いう事は。


死んだのか、俺は。


「……ーーくん、ーーー。ーー?」


誰かが何やら騒いでいる。


俺を撃った奴だろうか。


ピッ、ピッ、ピッ……と、何かの機械の立てる音が聞こえる。


家とは違った空気の匂い。


「……ーー!……ーーん!ーーくん!」


俺を見下ろす影から響く声はいよいよ大きくなる。


……見下ろ、している?


そうか。俺は倒れているのか。


あのピンク色の地面に……いや、違う。


では、何処に。


そうだ、刀を。


何は無くとも、あれだけは。


また、化物が、来る前に。


「……ー!ーー、ーぃた!ーーって、ーー君!」


体の下には柔らかい感触。


ああ、寝具か。マットレスだろうか。


嗅ぎ慣れない匂いはより鮮明になる。


薬品と、ホコリと、ヒトの匂い。


……そうか、俺はーー



* * *



「トー君っ!目ぇ覚ましてっっ‼︎」


水面に顔を出すような感覚。

真っ先に目に飛び込んできたのは、今にも泣き出しそうな女の子の顔だった。

ショートカットにした茶髪は少々乱れ、目のフチにたまった涙は今にもこぼれ落ちそうである。


見覚えがある。というか俺の妹だった。

名前は確か……


「……ミナト?」


「‼︎ トー君!トぉーくぅぅーん……」


名前を呼ぶのと同時に、双眸のダムが決壊。滝のように涙と泣き声とが溢れ出す。病衣姿の俺にすがりつき、ひっくひっくと嗚咽をもらしている。


……ていうか、力強っ。

痛い。首もとが締まって痛……苦し……


「ミ、ミナト……ギブ、ギブ」


「ほえ?……あっ⁉︎」


背中をタップして何とか事なきを得た。

危ない。また意識を手放すところだった。


「あと、その『トーくん』っての、やめてくれよ。もういい年なんだから」


「っ……ひっく、えっ?ダメ?」


ダメというか……恥ずかしい。


塔弥(とうや)」だから「トー君」。

高校生にもなって妹にそんな呼ばれ方をされてすんなり受け入れられるほど、俺は思春期を脱してはいないのだった。


小学校低学年くらいまではそう呼ばれる事に抵抗はなかったのだが、ある時同級生にからかわれたのをきっかけに「お兄ちゃん」に修正させたのである。

それでもスキあらば「トー君」呼ばわりされてはいたけれど。


……さっきからミナトがトー君トー君と連呼しているあたり最早手遅れな感はあるが、それとこれとは別問題。


要は気持ちの問題である。



* * *



(ミナト)が落ち着くのを待って、俺は色々と話を聞く事にした。


自動車との事故に遭ってこの病院に担ぎ込まれた事は覚えているが、そこから先の記憶が曖昧なのだ。


ミナトがとつとつと語るのを、俺は黙って聞いていた。


「……それで、えっとね、命に別状はないみたいなの、うん。ただ……」


気まずそうに言葉を切るミナト。

理由は俺にも察しがついている。


「脚、か」


「……」


先刻、意識がはっきりしてから、まず体を動かそうとして、どうにも違和感があることに気づいたのである。


原因はすぐに判った。

脚が、動かない。

起き上がる事はできても、自力でベッドから降りるのもままならない。


「……っその。あんまり、落ち込まないで、聞いてほしいんだけど、ね……」


「……もう歩けない、んだろ?俺は」


「っ……」


話を聞くうちに、俺もだんだんと思い出していた。


乗用車にはねられて病院(ここ)に搬送され、一応の処置は済まされた。しかし膝の骨と靭帯をひどく傷めていた俺は、医者からもう歩けないかも知れない旨を告げられたのだ。


「お医者さんに『歩けないかも』って言われてすぐ、お兄ちゃん、また倒れちゃったんだよ。それがだいたい3日前」


「その間ずっと寝てたのか、俺は」


精神的なショックで意識が飛んだということか。

だが、仕方のない事なのかも知れなかった。”当たり前”を奪われるという経験は、たかだか十代のガキに耐えられるものではなかったのだろう。


今だって、心のどこかにぼっかりと真黒い穴があいているような気分だ。


「……お医者さんはね、本格的に手術したらもしかすると治るかもって、言ってたんだけどね……」


「無理して慰めなくていいぞ」


絞り出すように喋り続けるミナトを遮って、俺はありったけの表情筋を動員して口角を上げてみせる。


心配してくれるのはありがたいが、これは俺の問題だ。ミナトを必要以上に不安がらせる気はなかった。


我ながら酷い笑顔だったと思う。


ミナトが目を逸らしたのが何よりの証拠だった。



* * *



まだ何か言おうとするミナトをやんわりと追い出すように帰し、俺は再びベッドに倒れこんだ。


天井を見上げながら、そういえば変な夢だったな……などと考えていた。


なんなら目覚めない方が良かったかも知れない。


何故か脚は無かったし、いつ出るともわからない化物に怯えてはいたけれど、それでも歩けていた。


「はあーぁぁ……」


情けなく溜息をつきながら、つらつらともの思いに耽るうちに、俺の意識は再び闇へと落ちていった。



* * *



それからの数日間、両親や親戚が見舞いに来てくれたのを、貼り付けた笑顔でなんとかやり過ごしているうちに、一度退院する運びとなった。


膝の手術をするかどうかは後日決める事にした。とりあえずの処置として、俺には車椅子が貸し与えられた。


迎えに来た両親の車での帰宅。


二階の自分の部屋に行くのに親の助けを借りながら、改めて自分の現状を思い、暗澹(あんたん)とした気分にさせられる。風呂もトイレも自分の意思ではどうにもならない訳だ。

ヘルパーをたのむという話だったが、申し込んだからといってすぐに来てくれる訳でもない。金の問題だってある。しばらくは親に頼る事になるだろう。


久々に自分のベッドに転がって、しばらく思考を放棄する。

疲れたのだ。しばらくこうしていよう……



ほけーっと、それこそ廃人のようにベッドに仰向けになっている俺を現実に引き戻したのは、スマホの着信音だった。


知らないアドレス。

普段ならスパムだろうと即断してゴミ箱に移動させて終わり。だが、今回に限ってそうしなかったのは、件名があまりにも(かん)に障ったからに他ならない。



差出人:碑崎心理学研究所

件名:もう一度歩いてみたいとは思わないかい?



今にして思えば、これは一度終わった俺の人生が、新しく始まった日なのかも知れなかった。


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