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Pの恋情  作者: 早瀬黒絵
第二話 プラットホーム
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第二話 プラットホーム(六月十日以降)

 




 友浦は押収してきた駅の防犯カメラを何度も見返していた。

 被害者・宮坂栄祐がプラットホームへ来て線路へ落ちるまでを繰り返し、何か手がかりや不審な動きをしている者がいないかと目を皿にして確かめていたが期待も虚しく可笑しな点はどこにも見当たらない。

 宮坂栄祐が後輩の金江翔真と話しながらプラットホームに来る。

 乗車口の線の上に立った二人は少し話をしていたが、快速電車がホームに入る頃、話が終わったのか金江が携帯を取り出し弄り始める。

 宮坂はやってきた電車に振り向き、そしてその勢いのまま線路へ…。

 轢かれる場面と周囲の人間の慄く姿が映り、呆然と立ち尽くす金江と、少し離れた位置にいたセリが急停車した電車を眺めている。

 しばらくして我に返ったらしい金江が戸惑った様子で辺りを見回す。

 セリを見つけたのか歩き出し、セリに声をかけ、二人は現場から離れていった。

 時間にすると五分弱ほどの出来事である。

 宮坂の動きは自分で飛び込んだようにも突き落とされたようにも見え、このカメラの映像だけでは判断がつかない。発生時に側にいた人々へ聞き込みをしたものの、大半が入ってくる電車を見ていた、携帯を見ていたといった具合で役に立たない。

「今時のヤツは携帯見過ぎなんだよ」

 うんざりした声で椅子にもたれかかる友浦に堤が苦笑する。

「一昔前は‘歩き煙草’がマナー違反でしたけど、今では‘ながらスマホ’に取って変わられてしまうくらいですからね」

「言っとくが俺は歩き煙草はしたことねえよ」

 火の点いていない煙草を咥えて言い訳めいたことを言った。

 堤は確かに友浦が歩き煙草をしているところを見たことがない。普段から外へ出ればすぐ煙草を吸い出す上司ではあるけれど、携帯灰皿も持っているし、あれば喫煙所に向かう。たまに禁煙車で吸うが基本は律儀な性格なのかもしれない。

 映像をまた巻き戻して眺めていた友浦が小さく唸る。

「どうも何か引っかかるんだよなあ」

「可笑しいところはないように見受けられますが…?」

「ああ、俺も見た感じ可笑しなところはねえと思ったさ。でもこう喉に小骨が突っかかってるみてえな気分にさせられるっつーか、何かが釈然としねえ」

 そうでなければこんな短い映像を延々見続ける訳がない。

 宮坂と共にいた金江や近くにいたセリ、目撃者たちの証言も全て一致している。プラットホームに電車が入ってくると突然宮坂の体が線路に出て轢かれた。これは事実だろうし、防犯カメラの映像も同じだった。

 そのせいか他の刑事の中には事件性はないという声も上がっていた。

 しかしその後セリの携帯に届いたメールが事故や自殺ではないと告げている。未だ行方の知れない綾部麻美の時と同じくギリシャ神話になぞらえた‘Polydectes’という単語の意味も気になる。

 宮坂栄祐は桐ヶ峰高校三年、男子剣道部主将。学業・部活動においても成績良好、人当たりが良く交友関係はそこそこ広く、教師陣の受けも良い。志望する大学があったようだが推薦が決まっていたため受験にも困っていなかったようだ。

 友浦もギリシャ神話を調べてポリュデクテースを知ったが、宮坂栄祐とは似ても似つかない登場人物である。三日前電話をかけてきたセリが言っていた‘犯人は自身をペルセウスに例えている’というのもまったく同意見だった。

 けれどもそうなると神話になぞらえた場合、ポリュデクテース(宮坂)がペルセウス(犯人)を唆してメデューサ(綾部麻美)を殺させたことになる。宮坂栄祐と綾部麻美の間に何らかの衝突でもあったというのか…。

「…ダメだ、分からん」

 席を立った友浦に堤が顔を上げる。

「どこ行くんですか?」

「桐ヶ峰高校。ちょっくら宮坂栄祐と綾部麻美の接点探してくる」

「あ、じゃあ私も…」

「お前は調書纏めとけ」

 そんなあ、と情けない部下の声を尻目に友浦はスーツの上着を羽織った。




* * * * *




 桐ヶ峰高校へ友浦が行くとすぐに坂江が飛んできた。

「友浦さんでしたよね?綾部の件はその後どうでしょう…?」

 受け持っている生徒だけあって相当気にしている様子の坂江に首を振る。

「すいませんね、手は尽くしてるんですが…」

「…そうですか」

 行方不明になってから既に十日以上経っている。

 綾部麻美の親からもせっつかれてはいるものの、どうしようもなかった。

 気持ちを切り替えようとしているのか数度頭を振った坂江が顔を上げた。

「それで今日はどのようなご用件で?」

「先日こちらの生徒さんが電車に轢かれたでしょう?短期間で同じ高校の生徒が二人もとなると、もしかしたら綾部麻美さんの件と何か関係あるかもしれないので先生方や生徒さんたちに色々お聞きしておきたくて」

 一週間も経たずに生徒が相次いで行方不明ないし死んだとあっては高校としても問題がやはりあったのか、神妙な顔で坂江が頷く。

「分かりました。校長には僕から伝えておきますのでどうぞ。あ、でも聞いて回るなら慎重に。特に矢島セリのことに関しては触れないよう…」

「何かあったんですか?」

「それが…」

 どうやら綾部麻美の件以降、矢島セリは校内で孤立しているらしい。

 綾部の時に警察と接触があったことで何か事情を知っているかもしれないと噂されていたのが、宮坂が電車に轢かれた際にその場に居合わせたことと相まって‘矢島セリの傍にいると死ぬ’という噂がまことしやかに流れているそうだ。

 教師陣もなんとか火消しに回っているけれど、友人の湯川愛香と宮坂の件で仲良くなったらしい金江翔真の二人以外はセリの傍に近付かなくなってしまった。

 そんな中で刑事がセリについて聞けば噂に根も葉もない信憑性を持たせしまう。

「そういうことですか。いや、大丈夫ですよ。俺が聞きたいのは綾部麻美さんと宮坂栄祐さんの交友関係ですから、先生が心配されるようなことにはならんでしょう」

「くれぐれも生徒を刺激しないようお願いします」

 校内を自由に回れるよう首から来客カードをぶらさげて友浦は栄江と別れた。

 今は授業中なのか校舎全体がシンと静まり返り、足音を立てるのすら憚られるような緊張感に満ちた空気が漂っている。

 とりあえず授業が終わるまで待とうと渡り廊下のある中庭に立っていれば、地味な小豆色の作業着を身につけた四十代くらいの男が一人で花壇の植え替えをしている。目が合うと会釈が返されたけれど、人と関わり合うのを嫌っているのか逃げるように去っていった。用務員だろうか。

 その背を見送っていると終業を告げる鐘が鳴った。

 途端に校舎はざわめきが広がり、生徒たちが廊下へ出てくる。

「君たち、宮坂栄祐さんの教室はどこかな?」

 通りかかった生徒に声をかければ驚いた顔をされた。

「もしかして刑事さん?」

「そう、刑事さん。ちょっと綾部麻美さんと宮坂栄祐君のことで話を聞きたいと思ったんだけど、学校が広くて困ってたんだ」

「そうなんですか、宮坂君の教室ですよね?案内します」

「ありがとう、助かったよ」

 ちょっと気の強そうな活発な感じの子だったが友浦はホッとした。

 その女子生徒について歩くとさすがに目立ったが、刑事という職業柄そういうことは多々あるので大して気にはならなかった。

「やっぱり二年の綾部さんと宮坂君の件って何か関係あるんですか?」

 ズバリ聞いてくる女子生徒に苦笑が漏れる。

「どうしてそう思うんだい?」

「みんな噂してるんですよ。‘矢島セリのせいで死んだ’って。綾部さんは同じクラスだし、宮坂君は同じ駅を使っていたし、もしかしたら何かあるのかと思って」

 セリと事件との繋がりを探るような内容に首を振る。

「それだと彼女のクラスはみんな死んじまうな」

「ですよね。アタシも噂は信じてませんけど矢島さんを部活に勧誘したいんです」

「部活?」

「ミステリー研究部です!」

 着きました、と言われて顔を上げれば宮坂栄祐のクラスの前に立っていた。

 女子生徒は次の授業があるからかすぐに自分の教室へ行ってしまう。

 教室の中を覗き込むと大半の生徒がおり、黒板には大きく‘自習’の文字が書かれていて、机の上に勉強道具が置いてある席は少ない。

 授業開始の鐘が鳴ったけれど教師は来なかった。

「なあ、先生はどうしたんだ?」

 ドア付近にいた生徒に声をかけたらああ、と携帯から顔を上げる。

「宮坂の親が押しかけて来たらしいよ。それで先生借り出されて自習中」

「そうだったのか」

「それよりオジサン誰?」

 今更そんなことを聞いてくる生徒にスーツの内側から警察手帳を出して見せた。

「ただの刑事さ。良かったら宮坂栄祐君のこと教えてくれないか?」




* * * * *




 友浦がクラスメイトたちから得た話によると、宮坂栄祐はかなり交友関係が広く、学年関係なく生徒たちの中では人気があったようだ。表立っては活動していないがファンクラブもあるというのだから驚きである。

 けれどもそれだけ人気があったのならば綾部麻美と接点はあったかもしれない。

 ただ気になる点も一つある。

 どの生徒も一様に‘綾部麻美と宮坂栄祐の件に矢島セリが深く関わっている’と知っている点だ。その辺りは情報公開していないし本人が話すとは限らない。それなのに全校生徒がまるでメールのことを知っているかのように噂を信じている。中には彼女が犯人なのだろうと決め付けて聞いてくる者すらいた。

「高校生の情報網も侮れないってか?」

 つい癖で煙草を咥えようとして止める。

 火を点けなくとも校内で煙草はまずい。

「あれ、刑事さん?」

 不思議そうに呼ばれて振り返ると金江翔真が立っていた。

 あれから三日が経ったからか顔色はもう何ともない。

「おう、あの時の少年か」

「こんなところで珍しいですね。あ、もしかして捜査中ですか?」

「そんなところだ」

 金江は周囲を見回した後、友浦に手招きをすると渡り廊下から外れて校舎の陰にある大きな花壇の裏側へ歩いていく。何とはなしについて行けば、人目につかないが程好く広い場所があった。花壇と大きな植え込みが良い目隠しになっている。

「ここ、時々セリさんと湯川さんと話し合う時に使っているんです。渡り廊下からも校舎からも死角なので秘密のお喋りにはもってこいですよ」

 花壇の縁に腰掛けた金江は持っていた惣菜パン二つのうちの一つを差し出す。

 そういえばもう昼時だと気付き、友浦は受け取る代わりに財布を出したものの首を振って拒否されてしまったので有難く好意に甘えることにした。

 金江と並んで座り、パンの袋を開ける。

「実は刑事さんが今日来ていることは先輩たちのラインで知っていました」

「高校生は何でも携帯だな」

「授業中バレずにお喋りできますからね」

 図ったように金江が友浦に声をかけたのは、友浦が来ていることを知ったセリと愛香が三人で調べたことを報告する絶好の機会だと思って頼んだかららしい。

 宮坂の一件から金江はセリと親しくなったみたいだったが、まさか事件のことを話して協力し合っているとは予想外だった。けれど考えてみたら金江もセリと同じ被害者みたいなものなのでお互い何か通じるものがあったのだろう。

 ‘Polydectes’についての電話の後、三人は綾部と宮坂の周りを調べた。

 すると予想通り何人か綾部麻美と宮坂栄祐の二人と交友を持つ生徒がおり、そのうち綾部麻美に近かった者の話によると綾部は宮坂に告白をして一度フラれたことがあった上に、綾部は諦め切れずにこっそり宮坂をつけ回していたそうだ。

 少なくともこれで宮坂には綾部を鬱陶しく思う理由はあった訳だ。

「これが二人に共通した友人のリストです」

 折り畳まれたルーズリーフを受け取って中をざっと確認する。

 何人かは綾部麻美の捜索時に見たことのある名前だった。

「よくこれだけ調べたな」

「セリさんが犯人ではないと僕も思っているのでやれることはやりたいんです。それに宮坂先輩のこともあって部活も休部になってしまいましたし…」

 パンを片手に床をジッと睨む姿にピンとくる。

 …そうか、コイツ矢島セリが好きなのか。

 得心のいった友浦は食べ終わったパンの袋を潰すとポケットに捻り込む。

 渡されたルーズリーフは落とさないようスーツの内側へ仕舞い立ち上がった。

「少年、何かあったら連絡しろ。無理はするなよ」

 差し出した名刺に金江は力強く頷いた。






 

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