隠れキャラだが、趣味と実益を兼ねて堂々としていたら悪役(いもうと)に嫌われた。
乙女ゲーに転生して、隠れキャラになってしまったオレ、生前、山田太郎。ただ今、シーザー・マクシェル。
学園3年生。今年卒業。いやー、生前の歳を超えたな。
「シーちゃん、就職先決まったの?」
「やだわ。この子、ボーッとしてるから、うっかり就職先見つからないまま卒業しそう」
「その時は、うちに永久就職しに来なさいね」
「やだ。ムラガさんのお宅には息子さんしかいないじゃない」
やだわー、もー。とおばちゃんたちにバンバンと背中を叩かれる。オレ、一応、この国の王太子。
確か冷酷無慈悲な氷のなんたらー的なキャラだった。食堂の厨房でちょっとおやつを作りたかったからと寄ったからって、おばちゃんたちに囲まれて背中をバンバン叩かれる存在ではない。
そんなオレの様子に気づいた確か侯爵家の息子が顔を真っ青にして、おばちゃんたちを怒鳴ろうと口を開くのが見えたので、オレはそれを目だけで制す。……ハッとした様子でどうにか怒りを納めてくれる。ありがとう。と笑いかけると、何故か顔を逸らされた。確かにオレの立場を考えたら不敬だが、憩いの場を失いたくないので、すまん。
ーー学園内では、基本的に自らの立場の明かさない。権力を使って好き勝手する者は即停学だ。酷ければ退学もあり得る。優秀な存在を育てる。何か不満があるなら実力でどうにかしろ。庶民でも成り上がれる。下剋上上等。それがこの学園の唯一の理念であり、そこに立場の上下はない。なので、オレも本当は王太子なんて、ばれたくなかった。もうさ、記憶が甦ってから性格がすっかり、太郎よりになっちゃったから、うちでの生活が窮屈だった。米を定着させたり、川で釣った魚を七輪っぽいもので焼いてたら騒がれたり、……なんかにとり憑かれたって祈祷師呼ばれたり……大変だったな。まあ、騎士団の脳筋どもに筋肉つけたかったら鶏肉だぞーっと呟いた結果。信じて試した野郎共に成果を見てくれーっと上半身裸で咽び泣きながら、追い回されたあの日が一番大変だった。木に登って、ひとりひとり蹴落としていったら、第一騎士団のおっさんになんて知略に長けたって絶賛されたなー。いや、必死だっただけだし。
だから、この学園に来たら、身分を忘れてパーッと友達作って遊べるんじゃないかと期待もした。結論無理だった。
だって、この無駄に高い基本スペックの持ち主が、ほとんど勉強することなく学年一位入学させてくれたおかげで、新入生代表として挨拶なるものをした結果、一部の貴族と他国の王族がオレの姿を見るなり、驚愕したのは良い。叫んだ馬鹿野郎がいた。
『王太子殿下!?』
そうだねー、夜会とかで顔出ししてるから知ってるよね。HAHAHA。それ以降二週間ほど、ぼっちだった。ーー遠巻きでオレを見るクラスメイト。噛みついたりしないぞ。むしろ、友人ウェルカム!と心底さみしい二週間だった。
ああ、二週間で済んだ理由は色々やらかした結果で、皆の中で、オレの評価がー…、とんでもなく微妙になったらしく庶民側がオレの事を
「ちょっと!王太子(笑)どうして、クラウド様がまだ宰相になってないのよ!?」
そう、王太子(笑)と呼ぶように。どうも、王太子って云うのを冗談だと思い始めたらしい。そう、貴族特有の庶民へのからかい。王太子ギャグ。……泣いていいですか。これが二年も訂正されないでいるのは、教師側の協力もあるんだろうけど。
そして、ちょっと、ヒロインーーイリーナ。黙れ。クラウドが最近、ぎっくり腰で寝込んでるぽんぽこ狸のじいちゃん暗殺を企んでるとか、それも、オレが共犯とか思われたらどうする。クラっちは、今年の終わりに宰相になるから気にすんなよ。
ピンクのボブヘアを乱し、アイスブルーの瞳が血走っている。
オレを見つけるなり、一目散に走りよってくる様は般若だ。大丈夫か。それで攻略キャラを攻略出来るのか。
同じ転生者として心配になる。
「前の宰相は、アンタの不興買って殺されてるはずでしょ!?ほら、今からでも理由作っていちげき…っ」
オレはイリーナが全部言い終える前、無言で拳骨を落とす。
「いっ~~~」
「とんでもない事を口走るな。馬鹿者」
頭を抱えて、座り込む残念な美少女。
「だめよ。シーちゃんは、王太子様にそっくりだったせいで、お友達作りに遅れちゃったんだから」
「そうよねー、こんなに良い子なのにどうして、噂によると残虐非道な王太子と間違われるのかしら」
すみません。オレ、本当に王太子です。
おばちゃん達は、イリーナを招き、ひそっと声を潜め、耳元に物騒なことを囁く。
「確か、動物を殺したり」
厨房で魚や鳥を捌いただけです。
「変なものを部下に無理やり食べさせて、人体実験したり」
変って言うか、食生活が偏っていた部下にこの国にない料理を作って、食べさせただけです。
「毎朝、謎の動きをなさってるらしいわ。『いち、に、さん、しーっ』て。殺した相手の死体を数えてるのではって噂よ」
ラジオ体操です。そして、おばちゃんたち、最近一緒にやって四十肩が治ったわーって
言ってたじゃないか。
やだ、こわいわー。って身を震わせるおばちゃんと多分オレの状況を正しく理解したうえで別な意味で身を震わせるイリーナを睨み付けたい。
「ともかく、シーちゃんを王太子様って呼んじゃダメよ」
「そうそう、ひとりぼっちが淋しくって、私達に『お手伝いさせてください』って、申し出るくらいだったみたいだからね」
……イリーナがオレに殺気を向けたのはわかった。うんうん、イベント一つ潰してるから。いや、後一年くらい良いだろ。オレが卒業しそうした後に『学園の厨房でお手伝い』を発生させてくれ。
確か、このイベントで来る攻略キャラは……、
「ねえ、この蒸し器で何つくってんの?イモふかしてんの?」
コイツ、言葉の端々で女らしさがない。ヒロインってふんわり子犬系だよな。本当にどこのアマゾネスなんだお前は。
「がんづき」
はっ?て、目を見開くな。いや、簡単に作れるし、腹持ちが良いんだぞ。
卵二個と重曹とお酢・適量と砂糖と薄力粉同じ分量を混ぜて蒸すだけだぞ。こんなにお手軽なお菓子もそうそうない。
ゴマやクルミも乗せるとさらにうまい。
「シーザー・マクシェルが………がんづき」
何か呆然と呟いている。
「イメージが…っ『は、屑の分際で』って、ヒロインに吐き捨てたシーザー・マクシェルが」
「……それで、どんな恋の物語が生まれるんだ」
思わずつっこんでしまったが、いや知っている。skipしまくったせいで、細かい部分が思い出せないが、確かに『利用価値のある女だな』って、呟いてたのは覚えてる。
「甘くなかったわ。……でも、一部に大人気だったのよ。『もっと罵って!』って。あたしも、ときめいたくらいだわ」
うっとりと、今のあたしなら、彼の望むヒロインになれるわ!って、良いのか。それで。確かに戦闘能力を買われての側室だったもんな。……逆ハーはどうなった。
オレには関係ないか。
「あー、そこの串取って」
「あ、うん」
これを刺して、くっつかなければ出来上がりだな。
ぷすって刺して……確認。うん。出来た。
「それ、自分だけで食べるの?」
「いや、……ああ、食うか?」
熱いから少し冷ますからと、待っていると、いつの間にかおばちゃんたちが居なくなっていた。
「なんか大分前から居なかったわよ。『あとは、若い人達でって』……お皿を洗えばいいのかしら?」
「職務怠慢だな」
いつも厨房を借りてしまっているから、お礼にと言えば、構わないのだが。イリーナが腕まくりしてやるぞーって。おお、燃えてる。ちゃんと食堂のお手伝いをしていただけはある。
それにしても、がんづきは要らなかったんだろうか。楽しみねーって、リップサービスだったのだろうか。
「なに、落ち込んでんのよ」
「いや、」
ふっ…と、人の世の世知辛さにため息を吐いたら、ボンッて、また何かが鳴った。………敵襲じゃないよな。『王太子暗殺イベント』が起きてるわけじやないよな。未遂で終わるかは、ヒロイン次第だが………あー、熊を殺った手練れだから大丈夫そうだ。期待してるぞ。ヒロイン!
「お兄様!」
オレの妹なのに金髪碧眼縦ロールが一年のリボンと制服を着て怒りに任せて突進してきた。オレとコイツの双子の弟は、青髪なのに何故だろう。横にふわふわしたオレンジの髪と碧眼のキリっとした感じの少年は隣国の王子のアルベルトか。
「クレア、落ち着いて。おかあ……シーザー様に悪気は……」
「今、貴方までお兄様をお母さんって呼ぼうとなさったわね!?」
「……」
ぎろっと睨まれたアルベルト。あさっての方向を見ても妹の怒りは収まらないぞ。そして、ヒロイン。婚約者同士の諍いをわくわくしながら見るな。逆ハールートされたら、いろいろやったクレアが国外追放なんだって。
「、わたくしの部屋を勝手に片づけたのはお兄様なのね!?」
なんだ。その話か。血相を変えてきたからもっと深刻な話かと思ったじゃないか。
「侍女も連れずに寮に入ったというのに片付け一つ出来ていなかったろう。おかげで担任がオレに相談してきたので、片付けさせて貰った」
どんどん目がつり上がっていくクレア。くいくいっとオレの袖を引っ張るなイリーナ。
「ねえ、あの子、悪役でアンタの妹よね?」
ひそひそと耳打ちしてくるな。妹の殺気が高まるのを感じるぞ。
「パッケージで見たとき、病気かってくらい細かったのに……今は、ねぇ?」
何故、憐れむような視線を向けた。オレ、一生懸命、『果物しか食べたくないわ』って云う寝言を矯正したんだぞ。そのおかげで健康的な食生活になった。お兄ちゃん、初めての妹に頑張った。のに……っ。
「お兄様は、いつもそう」
ぎゅっと、下唇を噛むクレア。ど、どうしたんだ。ちゃんと洗濯物は白い物と色付きは分けて洗ったぞ。
「わたくしの寮は女性のみ入室が許されてるのにどうして、勝手に入ってこれるの!!皆様に『まあ、お母さんは仕方ないよね』って言われたわたくしの気持ちがわかりますの!?しかも、下着まで洗われて……っ。屈辱ですわ!!」
「薬草を混ぜて洗ったからいい匂いになっただろ?」
「そこじゃありませんわ!!」
くいくいと、また、イリーナがオレの袖を引っ張る。
「アンタ、年頃の娘が同い年くらいの兄に部屋掃除と洗濯って、かなり微妙よ。察してあげなさい」
「あー……、」
確かにオレも嫌かもしれない。やばいな。太郎の時は、家事全般は、オレの領域だったせいで、母の着替えも洗っていたせいで麻痺していたようだ。
「すまない。クレア」
「わかってくださったなら」
「お詫びにお菓子食べるか?」
オレの提案にサーっと血の気を引かせたクレア。
「お、お兄様、わたくし、お腹が空いておりませ……」
「そうか。じゃあ、アルベルト、食べるか?」
「はい。喜んで」
ニコッと、微笑むアルベルトを裏切られたような表情で見上げるクレア。どうしたんだ。そして、イリーナがオレに殺意を込めている。いや、これ、イベントじゃないぞ。イベントはヒロインが起こすものだろ。確かに厨房で手伝っていて、仲良くなるのはアルベルトだが。その前から仲が良いぞ。がんづきを切り分けて、イリーナとアルベルトに渡す段階で、クレアがハンカチを噛んでギリギリしている。
「クレア、ハンカチより美味しいぞ?」
「いいえ、お兄様、お気になさらず」
王家の誇りに懸けてって。大丈夫だろうか、この子。
「少し粉っぽいですが美味しいですね」
「アンタ、卵ケチったわね」
ちっ、見抜かれたか。さすがだヒロイン。食に関しては生前の記憶がある分ライバルだな。オレたち。
「アルベルトは、これから魔術部だろ。動き回るんだし、もうちょっと食べるか」
「はい。おかあ……シーザー様」
コイツ、腹グロだったな。そういえば。いちいちメンタル削ってきやがる。それより、クレアが、じーっと、アルベルトの手にあるがんずきに視線が。……あ、オレ、この砂糖が下に沈んで一部で固まったところのじゃりって感じが手作り感があって好きなんだよな。……クレア、悲しそうな顔でアルベルトの持っているがんずきが減るのを見つめるな。さすがに気づくぞ。
「アルベルト」
「はい」
「クレアに一口分けてあげなさい」
「はい。お母さん」
にっこり、ドエスな笑みを浮かべるアルベルト。それを顔面蒼白な顔でクレアは、見ていた。そのあと、いやー、お兄様のバカーって。いやいや、女子って、一口ちょうだいの法則があるって知ってるから、お腹空いてなくても食べたくなることもある。うん。言いづらかったんだな。アルベルトに一口ちょうだいって。可愛いところもあるな。妹よ。
イリーナがオレに心底、呆れた顔をしている。なんだ。どうした。
アーンって、妹に食べさせようとするアルベルトにチッと、イラつかない訳ではないが、アルベルト程の良物件は、転がっていない。
何故か妹が涙目なのが気になるが、一口にしては若干大き目な塊を断り切れずにもぐもぐと食べー…ごっくんと飲み干した後にキッとオレを一瞬睨みつけ、絶望していた。
「た、食べてしまったわ……お兄様のせいでまた、食べてしまったわっ!!」
打ちひしがれているクレアを無視して、もっと食べたいというアルベルトに切り分けてやると、イリーナがお茶が欲しい?って聞いてきたので、頼む。あー、ちょっと食いすぎたかも。
「ほら、アルベルト、最後の一切れ」
差し出せば、有難うございます。って、ふう、夕飯までこれで持つかなって
……クレアは、どうして、そんなにオレを見つめる目が涙目なんだ。
「お兄様は、わたくしより、アルベルト様なのですね!」
「は?」
「~~もう、知りませんわ!!」
脱兎のごとく走り去っていく妹に食ってすぐ走ったら、腹が痛くなるぞって。叫んだが、お兄様のばかーーーっとしか返ってこなかった。もぐもぐとがんづき食ってないで追えよ。アルベルト。
そして、イリーナ。なんだ。その目は。
「悪役姫君の嫉妬イベント……」
やめろ。ヒロインはお前だろ。