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幼馴染みと次女


 夢を見ていた。いつか王子様が白馬に乗って迎えに来てくれると。綺麗なドレスを着て、煌びやかなパーティーで踊って、真っ暗な空に浮かぶ月の下で、ふたりでこっそりとキスをして。休日には、ピアノを弾きながら歌を歌ってあげて、「君の歌は誰よりも素敵だね」なんて抱きしめながら囁かれて。いつかきっと幸せな日が来るんだって、お父さんとお母さんは別れてしまったけれど、それはたまたまで、私にはきっと幸せな出会いがあるって信じてた、のに。それなのに。なんで、どうして、どうして、どうして!?


「どうして、なにも起こらないの!?アデルお姉さまも玉の輿に乗って、サラも団長さんと結婚して、ねえ、私は!?私はなんで!?」

「なんでだろうな」

「幼馴染がこんなに悩んでるのに、なんでそんなに冷たいのよー!」

「はいはい、精一杯悩んでなよ、ちゃんと話は聞いてるから」


 エリクはこちらを見ることなく器用に手を動かしながら、生地をこねていく。


「ひどい、エリク……」

「……だから、なんで泣くんだよ、ほらこれでも食べてろ」

「むぐぐ…」


 さっき出来あがったばかりのパンをちぎることなく口に押し付けられ、私はそれを無言で貪った。うん、美味しい。

 


 幼馴染のエリクの家は町の中でも有名なパン屋である。去年あたりから、エリクはお父さんの手伝いをするべく、店の裏にある調理場で時間さえあれば練習をしている。まだまだお父さんの合格はもらえてないようで、「この野郎クソ親父が!」とかなんとか言いながらも、毎日のように練習をしているのを見る限り、やっぱりお父さんのことが好きだと私は思っている。少し筋肉質な腕には傷がいくつもあって、それが頑張っている証拠だということも知っている。そんなエリクをお父さんも意地悪を言いながらも大切にしているのも知っている。私にはそれが羨ましかった、エリクの家族は温かくて、私が知らないものを持っているから。


「まーた、変なこと考えてるだろ」

「へ?わ、ちょっと!」


 悶々と考えながら甘くて温かいパンを貪っているほっぺたを引っ張られ、一気に思考が現実に戻された。


「ふ…っ、あほ面」


 エリクは昔から私の頬で遊ぶ、伸びがよくて、うちのパンの生地みたいだと言って、馬鹿にする。

 どうやらさっきこねていた生地はしばらく時間を置く必要があるようで、エリクは一仕事終えたような顔をして笑っていた。


「もう!エリクのせいで顔が歪んだらどうするのよ、馬鹿―!!!お嫁にいけなくなるでしょ!」


 早く結婚したいのに、素敵な王子様と出会って、幸せになりたいのに、もう、やだ。


「誰でもいいから、私のこともらって欲しい……」

「だったら俺がもらってやるよ」

「へ?」


 心の中で呟いたはずの言葉は声として漏れていたようで、それだけでもびっくりしたのに、それに続いたエリクの言葉に、思考が止まった。なんか、とんでもない言葉聞こえなかった?


「おい、聞いてるのか?」

「え?え、いや、えっと……ごめん、エリクなにか言った?」

「だから、俺がもらってやろうかって言ってんだよ、誰でもいいんだろ?」

「いや、それはその……」


 あまりに真剣な顔で聞かれるから戸惑ってしまう、確かに誰でもいいやって思ったけど、まだ王子様を待ってる自分もいるわけで、完全に諦めたわけではなくて。


「ちなみに俺はカリーヌがいい」

「え?」


 気付いたら、エリクの顔が目の前にあって、その言葉の意味を考えることができなかった。あれ、エリクってこんな顔してたっけ?……エリクが男の人に見えるのはなんでだろう?


「どれだけ形が悪いパンでも美味しそうに食べてくれるくせに、変だと思ったことは遠慮なく言ってくるカリーヌがいい、ピアノだって好きなときに弾いて好きな時に歌ってくれればいい、時々店のこと手伝ってくれればそれでいい、ただそばにいて今まで通り、泣いて笑って怒って、そのままでいい。いつか俺が親父に認められて、仕事もできるようになったら、俺がもらってやるよ。だからさ、考えといて、まあ返事がどっちでももらうつもりだけど」


 だめだ、よくわからない、一気に言われて何が何だかわからない、私はパン食べてピアノ弾いて歌を歌ってればいいってこと?俺がもらう…エリクが私をもらう?エリクが?私を?エリクが私を……嫁にもらうってこと!?エリクと私が結婚!?え?え?え?


「ええええええええ――!?」

「今日一のあほ面だな」

「……っ!?」


 額に柔らかいものが押しつけられたのは一瞬だった、ちゅっとした音と共に。それをしかけた本人はご機嫌そうにまた生地をこね出して、私はただただ額を押さえてそれを見ていることしかできなかった。

 顔が熱い、いや、全身が熱い。あれ、あれ、いつも通り遊びに来たはずだったのに、なんでこんなことになってるんだろう?あれ?私が夢見てたものとは全然違うのに、どうしてこんなにドキドキするんだろう?もう!なんなの!どうなってるの!?


 何もかもが限界に達した私は、とりあえず食べかけのパンに手を伸ばした――。



――そして、私の願う夢が変わってしまうのは、もう少し先の話。


FIN?


あくまで長女と次女の話はスピンオフとして書いたので、短めです。おいおい加筆していければいいなと思っています。一応これにて完結。ありがとうございました。

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