騎士団長と三女~前篇~
以前、「旦那さんと奥さん。」として投稿していたものをシリーズ化いたしましたので、改めて投稿しました。また読んでいただけると嬉しいです。
鍵を回し玄関の扉を開けたら、記憶にない香水の匂いがしました。ちょっと私の鼻には強すぎて辛いです。というわけで、扉を閉めて鍵を回し、実家で作ってきたお弁当は、扉の横の日の当たらない場所に置いて、回れ右をしました。
『浮気の一つや二つ、許せる妻になりなさい。そうじゃないと、結婚生活はやっていけないわ』
数年前、家を出ていく父の背中を見ながら、母は私の手を強く握りそう言いました。今でもはっきり覚えている教えです。ねえお母様、これでもうちょっと結婚生活はやっていけますよね?
突然ですが、ここで紹介をしておきます。
私の旦那さんは、素敵な人です。頑張り屋さんです。街を護る騎士団の団長様です。お仕事も休日返上で頑張るくらいです。部下の皆さんにとても慕われています。街の皆さんにも慕われています。もちろん私もお慕いしております。優しい人です。不器用な人です。ちょっとお顔は怖いけれど、大きなクマさんみたいな図体だけれど、でも優しい人なのです。
なんで私と結婚したか未だに分かりません。いや、分かってはいますけど。私の旦那さんは父親のいない貧乏な我が家を憐れんで救済してくれたのです。だから恋愛結婚ではありません。ただ、なんで私だったのだろうかと。私には二人の姉がいます。どう考えても、あの二人の方が旦那さんにピッタリです。一番上の姉はナイスバディです。年齢的に言えば一番上の姉が旦那さんと同い年なのでピッタリです。二番目の姉は目がくりんとしていてピアノと歌が上手です。年齢的に言えば二番目の姉も旦那さんと4つしか離れていないのでいい感じだと思います。
でも、私の外見は典型的な田舎娘で、田舎娘の中のさらに田舎娘、という感じです。飛び抜けた才能があるわけでもありません。強いて言えば、お料理が好きなだけです。でも特別上手なわけでもありません。普通です。家事も好きです。どちらかといえば、インドア派です。ただそれだけなのです。それに私は旦那さんより10歳も年下で、背も低いです。だから、分かりません。我が家と婚姻を結ぶ際に、何故私を指差したのか。はて、今思えば、指を指すという行為は失礼だった気がします。まあ、1年も前のことなので今さらなことですけど。
この国では、男性は16才、女性は14才になると結婚することができます。ちなみに女性は20才で独身だと、まだ結婚してないのか、という目で見られます。ちなみに私は今20才なので、18才の時に旦那さんの元へ嫁ぎました。旦那さんは今30才です。え?一番上の姉のことが気になりますか?まだ独身なのか?こら、ダメですよ、そんなこと口にしたら皆さんすぐにでも姉に殺されますよ。
では、そのあたりの話を、なんで結婚した私がお弁当を旦那さんのいる家に持ってきたかということを含めてお話しましょう。実は去年ナイスバディな一番上の姉が結婚しまして、妊娠していまして、そんなわけで実家で出産を控えている姉の様子を見に帰っていたのです。あ、正確には妊娠して結婚しました。バーでひとりで呑みすぎていた姉にゲロを吐かれた人が姉の旦那さまです。馴れ初めに関しては姉はしゃべりたがらないのできちんとは聞いたことがありません。でも幸せそうに見えます。姉のお腹は実に大きくなっていました。あの中に赤ちゃんがいると思うと不思議な気分です。会えるのが楽しみです。きっとあの姉の子供なので素敵な赤ちゃんだと思います。あ、また話がずれました。ええと、ですから、一週間ほど実家に帰っていた私ですが、仕事はできても家事は全くできない旦那さんのことが気になってしまったので、予定より一日早く、旦那さんのいるお家に帰ることにしたのです。一応、食料はたくさん準備して実家に帰りましたけど、食料が残っているか不安だったので実家でたっぷりお弁当も作ってきました。旦那さんの好きなものを詰め込んだので、喜んでくれたらいいなあと思っています。
仕事に行く旦那さんを見送れるようにせっかく朝早くにこの街に帰ってきましたが、お家にはまだ帰れないので時間潰しも兼ねて市場に行くことにします。いつも、外に出かけるときは旦那さんが一緒なのでひとりで市場に行くというのは不思議な気分です。何だか少しモヤモヤしますけど、たぶん気のせいですね。今日の晩御飯は何にしましょうか。旦那さんがお仕事に出た時間くらいにはお家に帰ってお掃除をして、ああ、何だか物凄く散らかってる予感がします。キッチンがごちゃごちゃして、洗濯物が山積みになってるのが想像できます。
できればあの香水の匂いは強すぎたので、消えていることを願います。どうせお掃除するときに窓を開けるので、構いませんけれど。
朝早くてもこの街の一番大きな市場は活気に溢れています。一日を通してたくさんの人で賑わっているのが、この市場のいいところです。だからこそ、ちょっと大変だったりもします。背が低い私からしたら人ごみというのは少しばかり辛いのです。
「おや、アロイス団長の奥さん、今日はおひとりかい?」
果物屋さんの前を通り過ぎると、いつもお世話になっている魚屋さんのおじさんに声をかけられました。いつもの青いキャップがとても似合っています。
「おはようございます、今日はちょっと実家からの帰りにそのまま来たので」
ぺこりと頭を下げて荷物を掲げてみせると、なぜかおじさんの目が大きく見開かれました。どうしてでしょうか?
「実家!?まさか、アロイス団長と喧嘩でもしたのかい!?」
「わ……っ」
ものすごい勢いで肩を掴まれて、今度はこっちが目を見開く番です。おまけに反動で荷物も落ちてしまいました。
「え、なに、嬢ちゃん、アロイス団長に家を追い出されたの!?」
「え、ええ?」
魚屋さんのおじさんの声が大きかったからか、今度はさっき通り過ぎた果物屋さんのおばさんが、ものすごい勢いで寄ってきました。それに、なんだかおかしなことを言っています。追い出されたとはどういうことなのでしょうか?
「なになにどうした?あ、今日は奥さん一人なのか?」
「おお、それがな」
「え、あの、え?」
私が口を挟む暇もないまま、なぜかワラワラと街の方々が集まってきて話を始めました。それに、話していることもものすごく違う方向に走っている気がします。でも、会話が速くて間にはいることができません。それに、人が集まりすぎて、囲まれている私は非常に苦しいというか埋もれてしまいます。
「み、みなさん、あの、ちょ…」
「まあ!あんなにいい奥さんはいないのに、アロイス団長は何を考えてるんだか!」
「ほんとになあ、アロイス団長の嫁じゃなかったら俺がもらってやるというのに……」
「こらあんた!あたいがいるじゃないか!」
「冗談に決まってるだろう?いてっ、叩くなよ!」
「あ、う、ぎゃう」
いろんな人の体に押されて目も回ります。体も回ります。
「ん?そういえば、嬢ちゃんはどこ行った?」
「あれ?」
「お?」
ああ、良かった、ようやくみなさん気づいてくれたようです。あやうく、変な川を渡るところでしたよ、ああ、もう、あの、ほんとに、このままだと私息苦しくて、死んでしま……
「俺の妻を囲んで何をしているんだ」
――あら?
「アロイス団長!?」
――およよ?
「逃げた奥さんを追っかけてきたのか、哀れな団長さんよー」
「……なんだそれは。とにかく、俺の妻は回収させてもらう」
――おおっと?おお、おお、にょわー?
「ったく、どいつもこいつも……。おい、サラ?大丈夫か?」
大きな腕に引っ張られ腕に乗せるように座らされて一気に視界が変わりました。久しぶりに声を聞きました。久しぶりにこんな高いところの世界を見ました。いつもは整っているブロンドの髪が今日は少し乱れています。眉間の皺がすごいです。でも声は優しいです。
どうやら。
「アロイス、様?」
「なぜ、疑問形なんだ」
私の旦那さん、アロイス・ヴィルヌーヴ様の登場のようです。
to be contine