表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

いってらっしゃい

キッチンオリーブの開店時間は午前6時。

通勤や通学の時間帯に合わせている。

閉店時間は特に決まっていない。サンドイッチを全て売り切れば閉店だ。

平均すると大体午後3時頃になる。


この日は早くに売り切れて午後2時過ぎには店のシャッターを閉めた。


杏子は手早く片づけを済ませてテレビをつけた。

ワイドショーを見るためだ。たまの楽しみである。


特集は『町の元気な商店街』他人事ではない。

インタビューを受けたパン屋さんの看板娘が

「通勤時間は、ありがとうございますの後に『いってらっしゃい』と言うようにしてます」

と答えていた。


そういえば、臨時休業日に朝のニュースを見たときに女性アナウンサーが「いってらっしゃい」と言って番組を締めていた。


妙齢の女性に言われたら、まんざらでもないのかもしれない。

自分は美人ではないけれど一応妙齢ではあるし、声だけはわりと褒められる。


これも営業努力の一つだ。明日から実践してみよう。


杏子はテレビに向かってうなずいた。


*・*・*・*


翌朝。開店して最初の客がやってきた。少しくだびれた雰囲気のアラフォー男性。


「ありがとうございました」


一呼吸置いて


「いってらっしゃい」


一度背を向けた男性が振り返り、驚いたような照れくさそうな表情をした。


次はピシッとパンツスーツを着こなした女性。


「いってらっしゃい」と言うと、嬉しそうに微笑んだ。


学生も、社会人も、男性も、女性も、常連客も一見さんも、同じように驚いたり、笑顔になったり。

杏子は確かな手応えを感じていた。


そろそろ、あの人がくる。


「イカリングとタマゴサンド」


話しかけようと思ったが、彼のすぐ後ろにお客が1人並んでいた。

彼も気づいていて「今日は話せないね」という素振りをする。

通勤時間に客を無闇に待たせるわけにはいかない。


今日はただのお客様と店員。


「ありがとうございました」


彼は軽く片手をあげた。


「いっ……」


”……てらっしゃい”と言葉は続かなかった。言えなかったのだ。


続いて次の常連客。いつもメニューは決まっていて最短時間で一連のやりとりを終える。


「ありがとうございました。いってらっしゃい」


常連客は少し驚いたあと「ありがとう」と答えた。


その少し前を駅に向かって歩いていた彼が立ち止まり、振り返る。

そしてそのまま戻ってきてしまった。


勢いよく戻ってくるので、杏子は驚いてショーケースを挟んで半歩退いた。


「なんで!?」

「はい?」

「なんで俺には言ってくれないの!?」

「え?」

「言ったでしょ、今の客に『いってらっしゃい』って。俺には!?」


一気にまくし立てた。

杏子は下を向いた。


「言えなかったの! だって……」

「なに?」

「奥さん気取りみたいに思えて」


そう言って彼の顔を見た。

彼は呆気にとられた表情をしていた。


「そ、そ、それじゃ仕方ないな。うん。仕方ない」


背中を向けて再び戻ってきた道を歩き出した。

杏子は何かを振り絞って言った。


「いってらっしゃい」


彼は振り返り


「いってきます」


と答えた。

今朝見た客の中で一番素敵な笑顔だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ