↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/23

10話 精霊と魔法少女Ⅱ

「やっぱりここにいた」


 しばらく経って日も暮れたころ、紙袋を持って家のベランダから屋根裏へと出ると、エニグマは一匹で黄昏ていた。


 はあ、とため息をつかれる。


「ミューズじゃないのに、ミューズの記憶があるってのは厄介だね」

「うん、”知っている”からね」


 エニグマは落ち込んだとき、屋根の上でぼーっと星を見上げる習慣がある。もちろん一周目のサイドストーリーを隅々までやりこんだ私だから知っていることだ。


 エニグマの横に座り、並んで空を見上げる。中世ヨーロッパ風の世界観なので、まだ豆電球が発明されていない。暗い街の頭上には満天の星空が広がっていた。


「星空、綺麗だね。現実世界じゃなかなか見られないよ」

「ああ、ミューズたちが守った夜空だ」


 一周目のクライマックスでは世界は赤い空に包まれた。美しい景色は彼女たちが守ったものだ。本来であればエピローグの先を噛みしめていたのはミューズ本人だったんだろう。


 私は持ってきた紙袋からお菓子を取り出す。


「はい、カップケーキ。夕ご飯食べてないからお腹すいたでしょ」

「……まったく。別人なのにさあ」


 差し出すと、苦笑してぱくりとかぶりついた。そのままパクパクとあっという間に食べつくしてしまう。これがエニグマの好物であることも知っていた。


 それきり会話が途切れる。何かきっかけを作ってから本題に入ろうかと思ったけど、元引きこもりには難しかったらしい。直球勝負で頭をさげる。


「ごめんね」

「謝ることじゃない。ミューズを乗っ取ろうと思ってやったわけじゃないんだろ。むしろキミも被害者だ」

「でも……」

「もちろん、恨みつらみはたくさんあるけどさ……」


 エニグマは自嘲した。


「何を語ったとしても、キミは全部”知っている”からね。ボクとミューズの思い出も、ボクたちがどれだけ強い絆で繋がっていたのかも、どんな困難を乗り越えてきたのかも」


 ゲームをプレイする、というのは扱いが難しい。


 私はミューズの人生を追体験しているし、ifの可能性も味わっている。私がミューズを操作してクリアしたのだ。


 でも、所詮は画面越しの追体験。彼女の人生を知っているだけで、経験したわけじゃない。


「そんな相手への八つ当たりも、恨みつらみも、これほど虚しいことはない」


 追体験と体験には、大きな壁があった。


「ボクは怖いんだ。キミとミューズは別人なのに、ボクの好みも習性も全部知っている。カップケーキを持って屋根の上まで来てくれるキミを憎からず思ってしまう。こんな生活を続けていたら、キミがボクの心にするっと入り込んで”ミューズ”だと誤認してしまうよ」


 魔法少女ミューズ。

 その偶像は、人々のイメージによって作られている。


 エニグマの中で形作られている”ミューズ”のイメージが、私によって塗りつぶされてしまうのを恐れているのだろう。


 連続的ではないミューズの人格が、連続的であると誤認する。

 それは……思い出に対する暴力だ。


「怒っているわけじゃない。けどさ……やっぱり、一緒に旅をした友達だったからね」


 切ない気分だった。

 エニグマとミューズ、二人の旅路を私も知っているから……


 無意識のうちに、私は隣のエニグマに手を伸ばす。


 なんで自分でもそうしたのかわからない。

 気が付けば胸元でエニグマの小さな体を抱きしめていた。

 小動物のような毛並みは温かくて、胸の痛みが和らいでいくようだった。


「ミューズ……? いきなりどうしたのさ」

「エニグマが悲しそうだったから、かな」


 言葉が自然と出てくる。

 ……私らしくないなあと思いつつ、そうせずにはいられない。


 エニグマは苦笑した。


「変な顔だ。どうしてキミが驚いているんだ」

「抱きしめようとするなんて、なんだか私らしくなくて」

「自分でやっといて?」

「変な話だけど、そうするべきだと……そうしたいと思っちゃったんだよ」

「……」


 じっと顔を見つめられる。妖精の見透かすような瞳に、私の戸惑った顔が反射していた。


「ねえミューズ、魂はどこに宿ると思う?」


 藪から棒だけど、言わんとするところは理解できた。


「脳じゃない? 性格とか経験とか、色んなものを司る場所だし」

「キミは現実世界からミューズの身体に宿った。そのとき、脳は元のキミのものかい? それともミューズが持っていたものかい?」

「え~……」


 考えたこともない。

 難しいことを言われてもわかんないんですけど!


「キミがどのような理屈でこの世界に来たかはわからないけど、キミの脳がミューズの身体に入り込んだと考えるのは不自然だ。ミューズの脳にキミの人格・記憶が宿ったと仮定するほうが魔法学的に納得しやすい」

「そうなんだ」


 ちょっと何言ってるかわからない。

 魔法学て。解の公式で精いっぱいな私にはわかんないよ。


「加えて、記憶の半分は脳に保存されるけど、もう半分は肉体に宿る。ならば、今のキミはどのように定義すべきなんだろう。西洋哲学の文脈で考えると――」

「――タ~イム!」


 両手でTの字を作りエニグマの話を制止する。

 かわいらしく首をかしげているけど、話の中身がまったくかわいくない。


「つまり、一言でまとめると?」

「今のキミはミューズの人格が半分ほど混ざっているんじゃないかな」

「……なんで?」

「キミらしくない行動をとったんだろう? それは、この肉体に宿った人格の反映じゃないか」


 う~む、言われてみればそんな気もする。

 転生したからって、引きこもりがいきなり外に出られるわけじゃないし。


「……どうやらキミの欲望が強すぎて前面に出てるかもしれないけど」

「その呆れた目はやめて」


 申し訳ないけど、私は私だからなあ。


「でも……そうだな。キミの半分は、ミューズなのかもしれない。単純な話だけどさ、キミにこうして抱かれているとそう思えてならないんだよ」


 エニグマはふっと微笑んだ。

 抱いた小さな体のこわばりが、僅かに緩んだ気がした。


「……いつか」


 だから。私もつられて、素直な気持ちがこぼれ出てしまう。


「ホンモノのミューズちゃんに会えたら、元通りになれるかな」

「……さあね」


 不思議な現象だから何もわからない。

 ただ、あるべきところに返却したいなとは思った。


 しばらく互いが互いのぬくもりを堪能する。


「キミの正体は黙っておいてあげるよ」

「ほんと⁉」


 思いがけない展開に声が出る。


「ボクは魔法少女に協力するために生まれた精霊だからね。ボクの意思がどうであろうと、キミがニセモノであろうと、協力しなければならないと本能にプログラムされている」虚しさを隠せない声だった。

「そっか」

「キミの存在を受け入れたわけじゃない。ただ……」


 エニグマはまだ迷っているようだった。

 ふう、と胸の中で息をつく。


「いや……やっぱり、なんでもないや」


 その時……

 エニグマの口端に、ほんの少しだけ、笑みが浮かんだように見えた。


「ありがとうね、エニグマ」


 礼を言うと、照れたように顔を私の胸にうずめた。


「勘違いするなよ。手伝うのはキミの中の半分のミューズに対してだ」

「わかってるよ」


 頭をなでると、屈辱そうに声を漏らした。

 なんだかその様子がかわいらしかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。