第4話 離宮に果樹園が生えました
第4話 離宮に果樹園が生えました
アルベルト・フォン・ローゼンベルクは、再び離宮へ向かう馬車の中で嫌な予感に襲われていた。
前回訪れた時、離宮は畑になっていた。
美しい庭園は消滅し、ジャガイモと玉ねぎの楽園になっていた。
今回は何が起きているのか。
考えたくなかった。
「閣下」
向かいの席でレオンが言った。
「何だ」
「離宮から報告が届いています」
「読まなくていい」
「果樹を植え始めたそうです」
アルベルトは目を閉じた。
「どこにだ」
「道端です」
「なぜだ」
「畑にする場所がなくなったからだそうです」
「意味が分からん」
レオンは書類を見た。
「ブルーベリー十本」
「ほう」
「イチジク六本」
「ほう」
「柿四本」
「ほう」
「ジューンベリー八本」
「ほう」
「レモン五本」
「やめろ」
頭が痛い。
嫌な予感しかしない。
やがて離宮へ到着した。
門をくぐる。
そしてアルベルトは絶句した。
「……」
「……」
「……果樹園ですね」
レオンが呟く。
その通りだった。
離宮へ続く白い石畳の両側に、小さな果樹の苗木がずらりと並んでいる。
春の柔らかな陽光を浴びて若葉が輝いていた。
風が吹くたび、青々とした葉が揺れる。
畑の土の匂い。
若葉の匂い。
花の甘い香り。
以前よりもさらに自然豊かになっていた。
「閣下ー!」
元気な声が飛んでくる。
エルザだった。
麦わら帽子を被り、麻の作業着を着ている。
白いシャツに茶色のエプロン。
長靴には土が付いていた。
頬にも少しだけ泥がついている。
「お久しぶりです!」
「久しぶりだ」
「見てください!」
「見た」
「果樹です!」
「見れば分かる」
エルザは嬉しそうに苗木を撫でた。
「ブルーベリーなんですよ」
「そうか」
「病気に強いんです」
「そうか」
「秋には紅葉も楽しめます!」
「そうか」
「そしてこちらはイチジクです!」
「そうか」
「二、三年で収穫できます!」
「そうか」
アルベルトの返事は相変わらずだった。
しかしエルザは全く気にしない。
「柿も植えました!」
「多いな」
「王国中の人に食べてもらいたいんです!」
「王国中?」
「はい!」
当たり前のように答える。
「お腹いっぱい果物を食べられたら幸せじゃないですか」
アルベルトは少し黙った。
普通の貴族なら考えない発想だった。
権力。
名誉。
財産。
そういう話ではない。
ただ人が喜ぶ顔を見たいだけなのだ。
「閣下」
「何だ」
「こちらへ」
また腕を引っ張られる。
最近この扱いにも慣れてきた。
連れていかれた先には小さなブルーベリーの苗。
「この子が将来たくさん実をつけるんです」
「子?」
「植物は家族です」
「そうか」
「名前もあります」
「あるのか」
「こちらはベリーちゃんです」
「やめろ」
レオンが吹き出した。
昼になった。
食堂へ入る。
窓からは畑と果樹園が見える。
白いカーテンが風に揺れていた。
今日の昼食は春野菜のパスタだった。
柔らかいアスパラガス。
新玉ねぎ。
香草。
焼きたてのパン。
レモンを絞った鶏肉料理。
香りだけで食欲を誘う。
「全部うちの畑です!」
「そうか」
「レモンだけはまだ実がありません!」
「植えたばかりだからな」
「さすが閣下!」
「常識だ」
エルザは楽しそうに笑った。
食事をしながら話は果樹のことになる。
「ブルーベリーは鳥との戦いなんです」
「鳥か」
「みんな狙ってくるんですよ」
「人気者だな」
「私も好きです!」
「知っている」
「でも鳥も好きです!」
「それでどうする」
「半分あげます」
アルベルトは思わず笑いそうになった。
「全部守るのではないのか」
「分ければいいんです」
当然のように言う。
「鳥も生きてますから」
その言葉にアルベルトは少しだけ目を細めた。
どこまでも優しい。
土にも。
木にも。
鳥にも。
そして人にも。
食事を終えて庭へ出る。
午後の日差しが暖かい。
風に若葉が揺れていた。
エルザは果樹の列を見ながら言う。
「五年後が楽しみです」
「五年後か」
「果樹園になります」
「十分なっている」
「もっとです!」
その目は本気だった。
「十年後にはブルーベリーも大きくなります」
「そうだろうな」
「柿も実ります」
「そうだろうな」
「イチジクも」
「そうだろうな」
「その頃も見に来てくれますか?」
不意の質問だった。
エルザは何気なく言っただけなのだろう。
だがアルベルトは少しだけ言葉に詰まる。
五年後。
十年後。
そんな先の未来を誰かと考えたことはなかった。
「……監視のためにな」
「やった!」
エルザが満面の笑みを浮かべた。
夕暮れの光が若葉を金色に染める。
その中で笑う彼女は、不思議なくらい眩しく見えた。
アルベルトは気付いていなかった。
監視のためと口では言いながら。
次に離宮へ来る日を、少しだけ楽しみにしている自分がいることを。
続く。




