第12話 世界で一番泥臭い結婚式
第12話 世界で一番泥臭い結婚式
その日。
王都は朝から大騒ぎだった。
雲ひとつない青空。
初夏の陽射しが白い石畳を照らしている。
街中には花が飾られ、人々は晴れ着を着て集まっていた。
誰もが同じ話題を口にしている。
「ハゲタカ宰相が結婚するらしい」
「信じられん」
「相手はあの農業令嬢だろう?」
「そうだ」
「何がどうなったんだ」
王都最大の謎だった。
冷酷無慈悲。
鉄仮面。
恋愛とは無縁。
そう言われ続けてきたアルベルト・フォン・ローゼンベルクが結婚する。
しかも相手は。
馬糞で喜ぶ令嬢だった。
誰も予想していなかった。
そして。
もっと予想できないことが起きていた。
「本当にこれでいいんですか?」
侍女が震えながら尋ねる。
「はい!」
エルザは満面の笑みだった。
「完璧です!」
彼女の手にはブーケがある。
普通なら薔薇。
百合。
季節の花。
だが。
エルザのブーケは違った。
鮮やかな緑のブロッコリー。
真っ赤なミニトマト。
小さなハーブ。
可憐な野花。
それらが美しく編み込まれている。
「綺麗でしょう!」
「綺麗……ですかね……」
「綺麗です!」
本人が幸せそうなので誰も反論できなかった。
一方その頃。
控室のアルベルトは鏡の前に立っていた。
純白の礼装。
金糸の刺繍。
銀髪は美しく整えられている。
まさに王子のようだった。
「閣下」
レオンが笑いを堪えている。
「何だ」
「ブーケ見ました?」
「見た」
「どう思いました?」
「エルザらしい」
「怒らないんですね」
「今さら何に怒る」
レオンは笑った。
確かに今さらだった。
馬糞から始まった恋だ。
ブロッコリーくらい可愛いものだろう。
やがて鐘が鳴る。
結婚式が始まった。
王都大聖堂。
高い天井。
色鮮やかなステンドグラス。
差し込む光が床を虹色に染めている。
参列者は数百人。
王族。
貴族。
外交使節団。
農民代表まで招待されていた。
そして。
扉が開く。
エルザが現れた。
純白のウェディングドレス。
レースの刺繍。
長いベール。
栗色の髪には小さな花が飾られている。
手には。
もちろんブロッコリーのブーケ。
ざわめきが起きた。
「本当にブロッコリーだ」
「トマトもある」
「信じられん」
しかし。
アルベルトは笑った。
誰よりも美しく見えたからだ。
ゆっくり歩いてくる。
少し緊張した顔。
けれど瞳は輝いている。
畑で笑っている時と同じだった。
神官が問いかける。
「汝アルベルト」
「はい」
「この女性を生涯愛し続けることを誓いますか」
「誓います」
即答だった。
「汝エルザ」
「はい」
「この男性を生涯愛し続けることを誓いますか」
エルザは少し考えた。
参列者が息を呑む。
「誓います!」
満面の笑みだった。
そして。
「堆肥予算も守ってくれますので!」
大聖堂が静まり返った。
アルベルトは額を押さえた。
レオンは肩を震わせている。
神官まで吹き出しそうだった。
だが。
次の瞬間。
会場中に笑いが広がった。
温かい笑いだった。
こうして二人は夫婦になった。
披露宴も盛大だった。
料理には離宮の野菜が使われている。
カブのロースト。
トマトの冷製スープ。
新鮮なサラダ。
香草焼きの鶏肉。
果樹園で採れた果物のタルト。
参列者たちは驚いた。
「美味い」
「野菜だけでこんなに」
「さすがだ」
エルザは幸せそうだった。
自分の育てた作物を食べて皆が笑う。
それが何より嬉しかった。
そして数日後。
二人は新婚旅行へ出発する。
目的地は東方最大の牧場。
広大な草原。
数千頭の牛。
数万頭の羊。
そして。
王国最高品質の堆肥。
「閣下!」
馬車の窓からエルザが身を乗り出す。
「何だ」
「見えてきました!」
目を輝かせている。
「牧場です!」
「ああ」
「すごいです!」
「ああ」
「堆肥です!」
「ああ」
人生最高の笑顔だった。
王宮でも。
結婚式でも。
見たことがないほど幸せそうだった。
アルベルトは笑う。
「そんなに嬉しいか」
「もちろんです!」
「そうか」
「夢でしたから!」
青空の下。
風が草原を渡る。
遠くで牛の鳴き声が聞こえた。
エルザは嬉しそうに景色を眺めている。
アルベルトはその横顔を見る。
綺麗だった。
愛おしかった。
そして理解する。
もう勝てない。
一生勝てない。
外交でも。
交渉でも。
理屈でも。
この農業オタク令嬢には敵わない。
「エルザ」
「はい?」
「愛している」
エルザは笑う。
「私もです!」
「本当か」
「堆肥と同じくらい!」
「それは勝ったのか負けたのか分からんな」
エルザは楽しそうに笑った。
その笑い声が草原へ広がっていく。
こうして。
冷徹無慈悲と恐れられたハゲタカ宰相は。
世界で一番泥臭くて。
世界で一番幸せな結婚生活を始めるのだった。
そしてきっと。
この先何十年経っても。
彼はエルザに振り回され続ける。
それこそが。
彼にとって最高の幸せなのだから。
―完―




