愛と爆発
ギルドの日常を語る上で、この「二人の台風」を避けて通ることはできない。
カイルが「最も管理コストがかかり、かつ最も現場を丸投げできる」と太鼓判を押す二人組。爆破工作員のガンスと精密安全管理士のアイリスだ。
カイルの事務所の壁には、彼ら専用の「交際ステータスボード」がある。
「熱愛中」「修羅場」「破局(4回目)」……。
今日は、カイルが重い腰を上げて「険悪(プロジェクト開始前)」にピンを差し替えた。
今回の依頼は、旧時代の閉鎖された海底都市の隔壁をぶち抜き、内部のデータサーバーを回収すること。
現場は数千メートルの深海に沈む、高密度の電磁波遮蔽層に覆われたゴーストタウンだ。
外部との無線通信は一切届かず、ドローンによる遠隔制御もノイズで使い物にならない。
爆破の瞬間、岩盤の軋みから生じる微細な振動をその場で解析し、コンマ数秒のズレを肉声で修正できる「精密な目」が必要だった。
「……はぁ? なんで俺が、この『歩くコンプライアンス女』と二人きりで暗闇に潜らなきゃならねえんだ?」
ガンスはそう言うと、床に唾を吐き捨てた。
彼は「爆発は、吐き気がするほどの準備を、たった一瞬の引き金に込める博打である」と信じる荒くれ者だ。
臆病なまでに最悪を想定し、その重圧を怒号で隠して死線を越えてきた。
「それはこちらのセリフよ。この『低知能発破猿』。あなたの計算には常に0.3ミリの誤差があるわ。無線が使えない現場なら、私が直接あなたの耳元でその狂った脳みそを矯正してあげないと、今度こそ全滅でしょう?」
アイリスは、防護服の襟を正しながら冷たく言い放つ。
彼女はミリ単位の誤差も許さない、潔癖すぎるほどの安全管理の天才だ。
二人はブリーフィング中もずっと罵り合い、カイルに向かって、「次はこいつを外せ」と交互に直談判しに来る。
これが彼らのミッション開始前の恒例の儀式だった。
しかし、いざ海底都市の深部に潜り、老朽化した隔壁が水圧で今にも崩壊しそうな危機的状況に直面すると二人の空気は一変する。
「アイリス、右から2番目の継ぎ目、あと10秒で逝くぞ!」
「分かってるわよ! ガンス、そこに第四成形炸薬を設置して。水圧を『逆噴射爆破』で相殺するわ!」
「チッ、無茶を言うぜ……。だが、その無茶が最高にセクシーだ!」
一分一秒を争う極限状態。
ガンスの「直感的な火薬捌き」と、アイリスの「神懸かり的なタイミング計算」がまるで一つの脳を共有しているかのように噛み合う。
罵り合いは消え、残ったのは研ぎ澄まされたプロ同士の呼吸だけだ。
ガンスがスイッチを叩きつけると同時に、アイリスが彼の肩を掴んで背後の死角へと引き込む。
轟音が鳴り響き、浸水を完璧な衝撃波で押し戻した。
爆風が濁流をねじ伏せ、隔壁がアイリスの計算通り内側に向かって崩壊する。
静寂が戻った一瞬、崩れる壁の陰で、二人は互いの泥だらけの顔を見て、同時に笑い出した。
「ハッ! 見たか今の! 完璧だ!」
「当然よ! 私の計算に間違いはないわ!」
ミッションが完了し、事務所に戻る輸送船の中。
さっきまで罵り合っていたのが嘘のように二人は互いの傷を手当てしながら、船の隅で熱烈なキスをしている。
「アイリス……お前のリード、しびれたぜ。俺と結婚してくれ」
「ガンス……あなたの爆破、完璧だったわ。いいわよ、式場は宇宙が見える教会にしましょう」
数時間後、カイルに届いた報告書には、ミッション成功の文字とともに『婚姻届』が添付されていた。
「…………」
カイルは深くため息をつき、指先で眉間を強く揉んだ。
「……おい。言ったはずだぞ、ガンス、アイリス。ここは役場じゃない。婚姻届を俺に出すな。あと、これで通算5枚目だ」
「うるせえ! 爆破の直後、こいつの計算があまりに完璧だったから、つい勢いで書いちまったんだよ!」
ガンスが真っ赤な顔で怒鳴り散らせば、アイリスも乱れた髪を直しながら勝ち誇ったように言い返す。
「当然よ。私の指示に、あなたがコンマ1秒の狂いもなく応えたんですもの。あの瞬間、私たちの愛の確率は100パーセントに達したわ。文句ある?」
「大ありだ。現場じゃ臆病なほど慎重なアンタ等が、自分達の人生だけノータイムで博打を打つな!」
カイルは毒を吐きながらも、手慣れた動作でピンを動かし、ボードのステータスを「熱愛中」へと移動させる。
それを見ていたギルドの面々は、「ああ、また始まったか……」と遠い目をしていた。
1週間後。事務所にガンスが飛び込んできた。
「カイル! あの女、俺のコレクションのニトロ燃料を『掃除の邪魔』だって捨てやがった! もう終わりだ、慰謝料請求してやる!」
その5分後、アイリスが泣きながら入ってくる。
「カイルさん、聞いて! 彼、新婚旅行のホテルの予約、仕事にかまけてまるっきり忘れていたのよ! 私があれほどリマインドを送ったのに……最低よ、一生顔も見たくないわ!」
ガンスは気まずさを隠すように頭を掻きながら、隣で毒づく。
「……悪かったって言ってるだろ。あの時は構造分析と、崩落シミュレーションで頭がいっぱいだったんだ。お前だって、あの仕事の難易度は分かってただろうが!」
「仕事の完璧さと、私への誠実さは別問題よ! この、仕事馬鹿!」
カイルは黙ってボードのピンを「破局(5回目)」へ移動させた。
そして、彼らに新しい依頼書を差し出す。
「新しい仕事だ。次は軌道エレベーターの解体……二人でやれ」
二人は一瞬、互いを殺さんばかりの目で見合ったが、同時に依頼書をひったくった。
「仕事なら受けてやるわよ、このドブネズミ!」
「ああ、プロとしてな。ついてこれんのか、お局様!」
カイルは、嵐のように去っていた二人を見送りながらリンに言った。
「あの二人、次はどこで式を挙げると思う?」
「そうね、次は月のクレーターあたりじゃないかしら」




