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歴史と革新

「……話にならん。この制御盤はもはや旧式のガラクタだ。ゴミ捨て場に並べるのがお似合いだな」


 居住コロニー『ハルモニア』の最下層、唸りを上げる大気浄化システムの心臓部で、ゼインの声が冷たく響いた。


 依頼内容は、最新の大気浄化装置の初期不良調査。

 だが、ゼインが導き出した結論は残酷だった。装置そのものではなく、それを操る「制御盤」が古すぎることによる規格の不一致。


 ゼインは当然のように、システム一式を最新のデジタル制御に一新することを提案した。


「ふざけるな! この盤をなんだと思っている!」


 現場主任の老技術者、バドが怒りに震える拳を叩きつけたのは、無数の配線が剥き出しになり、継ぎ接ぎだらけになった巨大な鉄の塊だった。


 そこには、歴代の技術者たちが書き残した調整値のメモや、家族の古い写真、そして「ここを叩けば直る」といった手書きの印が至る所に刻まれていた。


「これは我々の先代が、資源も予算もない時代から、創意工夫で繋いできた命の証だ。この盤一つ一つに、俺たちの誇りが刻まれているんだよ!」


「誇り? 噴飯ものだな」


 ゼインは冷笑を浮かべる。


「その『感傷』のせいで処理能力が3割低下し、コロニーの全住民が酸欠のリスクに晒されている。お前らの誇りと、住民の命、どちらが重いか計算もできないのか? 猿以下だな」


「なんだと……っ!」


 一触即発の空気。

 バドたちが工具を握りしめたその時、背後からおっとりとした、しかしよく通る声が響いた。


「あらあら、皆さん。熱くなりすぎて、システムより先に皆さんの血圧がオーバーヒートしちゃいそうですよ?」


 ミアだった。

 彼女はいつの間にか、険悪な両者の間に割り込み、バドの荒れた手をそっと包み込んでいた。


「バドさん。この盤、よく見るとすごく綺麗ですね。この磨き抜かれたレバーの輝き……皆さんが、このシステムをどれだけ愛して、大切に育ててきたのか、私には伝わります。これは単なる機械じゃなくて、コロニーの『心臓』なんですね」


「……分かってくれるか、お嬢ちゃん」


 バドの力が少し抜ける。

 ミアは間髪入れずに、今度はゼインの方を向いた。


「ゼインさん。あなたは誰よりもこの状況を危惧しているんですよね? 皆さんが愛しているこの『心臓』が、いつか止まって、誰も笑えなくなる未来を、あなたのその完璧な計算で防ごうとしている。……そうでしょう?」


「……俺はただ、非合理が嫌いなだけだ」


 ゼインは顔を背けたが、反論はしなかった。

 ミアは二人の言葉の裏にある「守りたいもの」を丁寧に引き出し、それを一つのテーブルに並べた。


「バドさんの『誇りと技術の歴史』。ゼインさんの『安全性と革新』。……ねぇ、ゼインさん。この古い盤を壊さずに、最新の装置を100%活かせる魔法の回路、あなたなら描けるんじゃないですか? 難しいのは分かっています。でも、あなたは銀河一の天才なんでしょう?」


 ゼインは沈黙した。

 制御盤に刻まれた無数の傷や、古い写真を凝視する。

 それは、かつて自分の父が、必死に守ろうとした「不器用な工夫」の集積にも見えた。


 ゼインは不意に、古びたレバーの一つを弾いた。

 手応えのある重く鈍い反発。


「……フン。最初からそう言えばいいんだ。ただのガラクタだと思ったが、このレバーの重みや『遊び』は、このコロニーの不安定な気圧変動に合わせて、意図的に調整されたものだな」


 ゼインの目の色が、純粋な技術者のそれへと変わる。


「最新のAIに、歴代の技術者たちが書き残した調整値のメモを経験則データとして食わせる。古い盤を物理的なインターフェースとして残し、アナログ・デジタル変換器を噛ませて最新の処理装置とリンクさせる……。最適解とは言えんが、最高難易度の『パズル』としては悪くない」


 そこからのゼインは神懸かっていた。

 彼は古い制御盤の「癖」を一つずつ解析し、それらの物理的な抵抗値を変数としてデジタルに翻訳した。


 先人たちの「叩けば直る」という物理的な工夫すらも、衝撃センサーを用いた緊急時のバイパス起動トリガーとして昇華させ、将来の拡張性まで持たせた「新旧合一のシステム」を構築したのだ。


 数日後。

 大気浄化システムは、かつてないほど静かに、そして力強く再起動した。


「……そろそろ休憩にしましょう!」


 ミアが持ってきたのは、少し不格好だが甘い香りのする手作りクッキーだった。

 油汚れにまみれたバドたちと、同じく黒ずんだ顔をしたゼインが、古い制御盤の前で車座になる。


「ゼイン……。正直、あんたのことは鼻持ちならないガキだと思ってた。だが、この盤の良さを活かしたままここまで性能を引き出すとはな。……驚いたよ」


 バドの言葉に、ゼインはクッキーを口に運び、不器用そうに視線を彷徨わせた。


「……旧式のガラクタだなんて言って、悪かった」


 その一言に、現場が静まり返る。


「……限られた資源の中で、この盤に組み込まれたバイパス回路や、手動の微調整機構……。理屈を超えた、見事な職人技だった。正直、今の最新工場で作られた均一なパーツよりも、よほど『生き残るための意思』を感じる。……いいシステムだ」


 バドたちは目を見開き、やがて顔を見合わせて豪快に笑い出した。

 ゼインは不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、その耳は少し赤くなっていた。


 ミアはその光景を眺めながら、手帳に小さな花丸をつけた。

 計算ドリルは一向に進まないけれど、彼女には見えていた。


 古びた制御盤に、新しい「誇り」という名の回路が付け足され、そこにゼインという一人の天才が、確かな居場所を見つけた瞬間を。


 ハルモニア・コロニーの依頼から数日後。

 ボレアスの事務所では、カイルがゼインから提出された、珍しく罵倒語が一つも混じっていない、完璧な修理報告書を眺めていた。


 そこに、珈琲の香りと共にリンがやってきた。

 彼女は手に持ったタブレットをカイルに示し、首を傾げる。


「……カイル。ちょっと聞きたいんだけど、ゼインに何を飲ませたの?」


 カイルはサイフォンから目を離さずに応えた。


「薬物学の魔女のところへは行っていないはずだが、どうした?」


「彼は部下を持たない単独の顧問になったはずよね? なのにさっき、地下の工房で若手相手に説教してたのよ。……それも、ただの暴言じゃないの」


 リンは信じられないといった様子で、カイルの向かいの席に座った。


「『お前のボルトの締め方はトルクが偏っている。金属の疲労分布が歪むから、締め付けをあと2%落とせ。そうすれば熱膨張が均等になり、パーツの寿命が3割は延びる。……ガラクタをすぐに壊すな』って。あいつ、わざわざ足を止めて、若手の技術に合わせて具体的なアドバイスをしてたのよ? あの、人間を猿扱いしていたゼインが!」


「彼、すごく丸くなった。現場監督にしても精神を病む新人は出ないかもしれない。……一体、どんな魔法を使ったのよ?」


 カイルは苦笑し、手元の報告書の隅に描かれた「小さな花の落書き」を指でなぞった。おそらくミアが勝手に書き込んだものだろう。


「魔法なんて使っていないさ。ただ、あいつに『自分以外の天才』を認めるための通訳をつけただけだ」


「通訳? ミアのこと?」


「ああ。ゼインの頭の中には、完璧な完成予想図がある。だが、それを現実に組み上げるのは、指を震わせ、誇りに胸を焦がす、血の通った人間だ。ゼインはミアを通じて、その『人間という名の、最も不確定で最も力強いパーツ』の扱い方を学んだんだよ」


 カイルは淹れたての珈琲をリンの前に置いた。


「これまでは、計算式に合わない人間をすべて『ノイズ』として切り捨ててきた。だが今のあいつは、そのノイズを『隠し味』にする方法を知り始めている」


 リンは珈琲を一口飲み、少しだけ安心したように息をついた。


「……ふん、まあ、いい傾向ね。でも、相変わらず口は最悪よ? さっきも廊下で『リンさんの歩き方はエネルギー効率が悪い。重心をあと2センチ下げろ』って言われたわ」


「ははは。あいつなりの挨拶なんだろう。慣れてやってくれ」


 カイルは再び視線をディスプレイに戻した。

 未解決の依頼リスト。そこには、次の「問題児」の名が並んでいる。


「さて、リン。ゼインの件が片付いたなら、次はこいつだ。……サマエルについて、また街の自治会から苦情が来ているんだが……」


 リンは深いため息をついた。


「……カイル。やっぱりあなたの魔法、もっと強力なのが必要なんじゃない?」


 そう言い残してドアへ向かいかけたリンは、ふと足を止めると、誰にも見られないようにこっそりと膝を曲げ、重心を2センチほど下げて歩き出してみた。


「……あ。確かにちょっと楽かも」


 アステリズム・ワークスの忙しい一日は、まだ始まったばかりだった。

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