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命と配達

 アステリズム・ワークスの事務所に、およそ辺境の惑星には似つかわしくない重厚な空気の塊が踏み込んできた。


 銀河連邦警察の最高責任者、警視総監。そして警察長官。

 銀河の秩序を司る二人の巨頭が、錆びついたソファに所在なげに腰を下ろしている。

 カイルはいつものマグカップを回しながら、ホログラムに投影された惨状を見つめていた。


「……なるほど。スカル・ヴェノムの待ち伏せか」


 カイルは冷めた珈琲を啜り、ホログラムディスプレイに浮かぶ無残な巨体――連邦警察の誇り、重巡航艦『エクリプス』を見つめていた。


 船体の半分が焼け落ち、多層シールドは消失。

 戦艦並みの装甲を誇り、辺境の治安維持を一手に担うはずの巨艦は、今やスカル・ヴェノムの待ち伏せによって動力を失い、救助艦隊を誘い出すための「撒き餌」として虚空に晒されている。


「……生存者は約300。だが、艦の動力は死んでいる。救助に向かえば我が方の主力艦隊も磁気機雷と伏兵の餌食だ。カイル、無理を承知で頼みに来た。君のところの『運び屋』なら、あるいは……」


 カイルは隣で煙草を燻らすルディを一瞥し、冷たく首を振った。


「無理を通り越して、自殺行為だ。ルディの星間バイクは銀河最速だが、重巡航艦を曳航する馬力なんてありゃしない。…………だろう、ルディ?」


 カイルが、運び屋に話を振る。断り文句を引き出すための問いかけだった。だが。


「……ああ。面白そうじゃねえか。受けてやるよ」


 ルディの返答に、事務所にいた全員が動きを止めた。

 計算ドリルを解いていたミアのペンが止まり、サマエルは窓際で霧吹きのレバーを握ったまま固まった。編み物をしていたロレッタが、編み棒をカチャリと落とす。


「ルディ、お前……!」


 カイルが絶句する。

 ゼインが立ち上がり、冷徹な視線を浴びせる。


「重巡航艦の質量を計算できないほど脳が焼けたのか? 真空の抵抗ゼロを考慮しても、慣性制御と重力バランスが合わなければ、お前のバイクごとバラバラに引き裂かれるぞ!」


「だから、お前らの協力が必要なんだよ」


 ルディは煙草を足元で踏み消し、不敵に笑った。


「俺一人じゃ無理だ。だが、アステリズム・ワークス全員の力を貸せ。そうすりゃ、あの馬鹿でかい鉄屑を連邦の港まで『配達』してやる」


「ただし条件がある」


 ルディは警視総監を指差した。


「俺にかかっている『全銀河指名手配』を抹消しろ。それが、この巨大な鉄屑を運ぶ配送料だ」


「……承知した。エクリプスを目的地まで届けた暁には、君は自由の身だ」


 カイルは、ルディの瞳の奥にある「運び屋の矜持」を見つめ、やがて短く溜息をついた。


「……リン、全ユニットに緊急招集をかけろ。警視総監、契約成立だ。ただし、ツケは高くつくぞ」


 作戦の鍵は、崩壊したシールドの代わりとなる防御膜だった。

 アイリスとガンスは、エクリプスの外部装甲に等間隔で特殊な成形炸薬を配置した。


「ガンス、いい!? 爆破の衝撃波を特定の周波数で共鳴させ、空間に固定するの。『指向性爆縮共鳴場』よ。一瞬でも火薬の出力が狂えば、シールドが消えてエクリプスは即座に撃沈されるわ!」


「任せとけ、アイリス! 爆風を編み上げて、特製の鎧を着せてやる!」


 アイリスの精密なタイミング計算と、ガンスの破壊的な勘。

 二人の歪な連携が、エクリプスの周囲に「爆発し続ける光の膜」を固定し、敵の追撃を弾き飛ばしていく。


 艦内では「生と死」の医療チームが血の海を泳いでいた。


「……全生存者315、うち重傷者122。……脳が焼けるな。この地獄絵図は計算外だ」


 重巡航艦『エクリプス』の医務室。そこは文字通り、うめき声と血の海だった。

 内海は、右目に埋め込まれたデバイスが弾き出す膨大なエラー数値と絶え間ないバイタル警告に顔をしかめ、血溜まりの中に立ち尽くした。


 だが、その瞳に宿る光はどこまでも冷徹だ。

 彼は溢れ出すデータの奔流を無理やりねじ伏せ、怒号のような指示を飛ばした。


「バイタルが落ちた奴から優先順位トリアージをつける。魔女! 止血ナノマシンを今すぐダクトへ流し込め! 全員の出血速度を遅らせろ。ヴィクター、お前は右から順に繋ぎ合わせろ! 止まらない出血は焼灼しろ、形はどうでもいい。命を繋ぐことだけを考えろ!」


「あはは! 了解、内海さん! 特製カクテルの散布開始よ! 全員、最高にハイになって死神をぶっ飛ばしなさい!」


 魔女が狂ったように笑いながら、紫色の煙を換気システムへ注入する。


「見てくれ、内海! この男の動脈はズタズタだが、隣で転がっている『間に合わなかった男』の血管は、これ以上ないほど瑞々しいパーツじゃないか!」


 ヴィクターは、まるで宝の山を見つけた子供のような瞳で、迷いなく遺体にメスを入れた。


「素晴らしい適合率だ! 隣の彼から少し『借りる』だけで、この男は再び脈動を刻める。……これこそがリサイクル、究極の生命の循環だと思わないか!」


「次が待っている、1秒でも早く終わらせろ」


 内海は、ヴィクターが嬉々として死体から血管を引き抜き、生者へと縫合していく猟奇的な光景を、右目のデバイスで淡々と数値化していく。

 ヴィクターは血飛沫を浴びながら、鮮やかな手際で傷口を縫合していく。


「さあ、喜べ! お前は今日、友のパーツを譲り受けて生き長らえる。……これほど贅沢な友情の証はあるまい!」


 その凄惨な光景の中、ミアだけが一人ひとりの手を握り、壊れかけた心に言葉を注ぎ込んでいた。


「……大丈夫。内海さんの予言は、まだあなたを見捨てていません。もう少しだけ、私たちを信じて! 銀河一の運び屋が、必ず皆さんを家族の元へ連れて行きます!」


 一方、宇宙服を纏ったサマエルは、驚異的な握力で船体の外壁にしがみつき、ただ静かに待機していた。

 彼は微動だにせず、真空の暗闇をじっと見つめている。


 その時、スカル・ヴェノムの執念が、一瞬の隙を突いた。

 敵艦から放たれた大型の物理弾頭が、アイリスとガンスが展開する「指向性爆縮共鳴場」の複雑な波長を巧みに搔い潜り、エクリプスの推進部へと迫る。


「しまっ、抜かれた!?」


 アイリスの悲鳴が通信機を劈く。着弾まで数秒。誰もが最悪の結末を覚悟した。


 その瞬間――サマエルが動いた。


 彼は重力制御された外壁を、巨体に似合わぬすさまじい速度で疾走した。

 轟音を立てて迫りくるミサイルの軌道上へ、自らの体を割り込ませる。だが、彼はそれを破壊しようとはしなかった。


 サマエルは、花を愛でたその繊細な指先で、ミサイルを「そっと掴む」ように受け止めたのだ。


 爆発の信管すら作動させない、神業のような力の制御コントロール

 慣性の法則を無視してピタリと静止させた死の塊を、彼はそのままの勢いで体を回転させ、無機質な宇宙空間へと投げ返した。


「……誰も、この艦には触れさせません」


「今よ! 衝撃が収まったわ!」


 通信機越しにリンの鋭い声が響く。

 サマエルが物理的な障害を排除し、船体の揺れを最小限に抑えたこの瞬間こそが、全工程の中で最も繊細なフェーズ――作戦の核心へと移る唯一の好機だった。


 パウロ会長から提供されたゼニス・ソリューションズ製、超大型重機用重力制御ユニット。

 それをロレッタとゼインがルディのバイク、そして重巡航艦のスラスターに同期させる。


「ゼイン、スロットルの同期開始よ! ルディのバイクの鼓動を、エクリプスの心臓に伝えるの!」


「……チッ、無茶苦茶な設計だ。だが、このパズルの解は一つしかない!」


 ゼインの指先が、リアルタイムで変化する重力係数を猛烈な勢いで処理し続ける。


 ルディがスロットルを開けた。ルディの星間バイクと重巡航艦を繋ぐのは、光子ナノワイヤーの「鎖」。

 かつてセシリアが未開拓地で異星人から譲り受けた、超高張力を持つ結晶繊維だ。


「ルディ! 重力スロットルを同期させるわよ!」


 ロレッタの叫びに合わせ、ゼインが猛烈な勢いで計算値を書き換える。


「慣性制御系をバイクのアクセルに直結したぞ。1ミリのブレも許さん。ルディ、死んでもハンドルを離すな!」


「さあ……しっかり掴まってな、エクリプス。目的地まで、ノンストップだ!」


 バイクのエンジンが咆哮を上げ、重巡航艦の巨躯が、宇宙の暗闇をゆっくりと、確実に進み始めた。

 爆風のシールドが火花を散らし、重力制御が悲鳴を上げる。

 その背後には、連邦警察の全艦隊が、エクリプスの道筋を護るべく、スカル・ヴェノムの追撃を必死に抑え込んでいた。


 カイルは事務所のモニター越しに、その光り輝く「鎖」を眺め、使い古されたマグカップを掲げた。


「ルディ。自由を掴むための配送料、きっちり届けてこいよ」


 銀河連邦警察の第7宇宙港。

 巨大なゲートを潜り抜けたのは、満身創痍の星間バイクと、それに曳航された重巡航艦『エクリプス』だった。


「……こちらルディだ。目的地に到着した。……届け物は『300人の命』と、ボロボロの巡航艦1隻だ。受領印は、後で事務所に持ってきな」


 通信機から流れるルディの不敵な声に、宇宙港全体が静まり返り、やがて地鳴りのような歓声が沸き起こった。


 ボレアスの事務所では、カイルがルディの指名手配データが完全に消去されたのを確認し、深く椅子の背にもたれかかった。


「……ったく、どいつもこいつも無茶しやがって」


 そう言いながら、彼は最高に苦い珈琲を口に含んだ。

 緻密な計算も、完璧な作戦も、この事務所には最初から存在しない。

 だが、一人の「運び屋」が届けると決め、規格外の仲間たちがそれを支えると決めた時、不可能という壁はただの通過点に変わる。


「さて……。指名手配の消えた『ただの民間人』を、どうやって迎え入れてやるかな」


 カイルは窓の外、遠く離れた宇宙港の方角を眺め、今日一番の苦笑いを浮かべた。それから、使い古されたマグカップを置くと、椅子から立ち上がり、事務所の奥にある予備倉庫へと向かう。


「リン、悪いが少し手を貸せ。あいつらが帰ってきた時に、埃っぽい空気と冷めた珈琲じゃあ、さすがに愛想を尽かされるからな」


 カイルが重い扉を開けると、そこにはパウロ会長から贈られた最高級のヴィンテージワインや、セシリアが「配達成功のお祝いに」と届けていたとびきりの食材が眠っていた。


「あら、珍しい。あなたが自ら祝勝会の準備なんて」


 リンがどこか嬉しそうに後を追う。


「たまにはいいだろ。ルディの無茶に付き合わされた、俺たちへの『配送料』だ」


 カイルは、ロレッタがいつも使っているオーブンの火を入れ、サマエルが手入れをしていた窓際の花を、鉢ごと丁寧にテーブルの中央へと移した。

 ゼインが不機嫌そうに「非効率だ」と吐き捨て、ミアが「素敵です!」と燥ぎ、ルディが不敵に笑いながらグラスを傾ける――。そんな、嵐のような騒がしさが戻ってくるまで、あとわずか。


 辺境の惑星ボレアス、錆びついたドームの片隅。

 そこでは今、銀河で最も厄介で、最も誇り高い「家族」を迎え入れるための、最高に贅沢な準備が進められていた。


 銀河の歴史に刻まれることのない、けれど誰の記憶からも消えない、史上最大の「配達」が完了した。

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