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星と拳銃

「配達予定時刻を3秒過ぎた。……モテる男はこれだから困る」


 ボレアスの錆びついた発着場に、大気を切り裂くような高周波の駆動音が響き渡る。

 星間バイクを駆り、漆黒の宇宙から帰還したのは、アステリズム・ワークスの最終兵器、ルディだ。


 彼は、ゼインのような超知能も、サマエルのような怪力も持たない。

 医療チームが「改造の余地がないほど退屈な体」と評する、ただの「普通の人間」だ。

 だが、この男がリボルバー拳銃一丁を腰に下げて星間バイクに跨ったとき、銀河のあらゆる物理法則と常識は、「配達完了」という絶対的な結論の前に屈することになる。


 ルディの仕事は単純だ。預かったものを、指定の場所に届ける。

 だが、彼が運ぶのは、セシリアが育てた瑞々しいリンゴから、惑星一つを滅ぼしかねない機密コードまで、多岐にわたる。そして、その配達ルートには常に「障害物」が立ちふさがる。


「――エンジンを切れ。貴様、広域指名手配中の『運び屋』ルディだな?」


 銀河連邦警察の巡航艦3隻が、暗闇の中から現れ、ルディの星間バイクの進路を物理的に圧殺した。

 完全なる包囲網だ、逃げ場はない。

 巡航艦の艦長は、モニター越しに悠然とバイクを走らせるルディを見下ろし、嘲笑を浮かべた。


「その骨董品のような拳銃で、この最新鋭の多層シールドをどうにかできると思っているのか? 投降しろ!」


 ルディは速度を落とさない。

 ヘルメットの中で、彼はただ一箇所、巡航艦が展開したシールドの「エネルギー接合部」が、コンマ数秒だけ同期がズレる点を見つめていた。


 ルディは腰の拳銃を抜き、無造作に引き金を引いた。


 ――乾いた銃声が一発。


 放たれた弾丸は、多層シールドの隙間を縫い、一号艦の「姿勢制御スラスターの圧力弁」へと吸い込まれた。

 直後、一号艦の左舷から猛烈にガスが噴出し、巨大な船体が制御を失って右へと急旋回を始めた。


「な、なんだ!? 舵が効かん! 止まれ、止まってくれ!」


 一号艦の船長が絶叫するが、制御を失った巨体は、すでに隣にいた二号艦の進路に割り込んでいた。

 二号艦は衝突を避けるために急制動をかけたものの、さらにその後方にいた三号艦が回避しきれず、二号艦の船尾へ接触。


「一号艦を避けろ!」


「間に合わん、ぶつかるぞ!」


「全艦、緊急回避!!」


 3隻の最新鋭艦が、たった一発の銃弾で同時に沈黙した。


「馬鹿な……あり得ん! 一体何をした!? たった一発の弾丸で、我々の艦隊をどうやって……」


 無線越しに聞こえる艦長の悲鳴のような問いかけ。

 ルディはスロットルを回し、機能停止した艦隊の脇をすり抜けながら、片手で通信を入れた。


「別に、大したことじゃない。……俺はただ、お前より早く撃って、外さなかっただけだ」


 混乱する警察を背にルディはそのまま加速し、光の尾を引いて検問を突破した。


「悪いな。このカブの鮮度は、お前らの法律より優先順位が高いんだよ」


 彼にとって、警察の検問も裏社会の待ち伏せも、等しく「交通渋滞」に過ぎない。


 またある時は、大破して航行不能になった重巡航艦を、自分のバイク一台で曳航し、戦場のど真ん中を突っ切った。


「そんな細いワイヤーで重巡航艦が引けるか!」


 叫ぶ生存者たちを無視し、彼は重力制御をミリ単位でハッキングして「慣性の法則」を力技でねじ伏せた。

 弾雨の中を、拳銃一丁で迎撃しながら進む姿は、死神にすら匙を投げさせる「配達の化身」だった。


「ルディ! お前、また連邦警察から『使用者責任』の請求書が届いたぞ! 今度は巡航艦の修理費だ!」


 事務所に戻るなり、カイルが胃を押さえながら叫ぶ。

 ルディはヘルメットを脱ぎ、煙草に火をつけた。陽に焼けた顔に、ハードボイルドな笑いを浮かべる。


「カイル、そうカリカリするな。モテる男は追われるのが仕事だ。……ほら、これがお嬢様からの預かり物だ。手紙も入ってる」


 差し出されたコンテナには、まだ土の匂いが残る野菜。

 ルディは「普通の人間」だ。改造も強化もしていない。だが、彼は「絶対に外さない」し、「絶対に止まらない」。


 サマエルとどちらが強いかという議論は、ギルド内では既に決着がついている。


「真っ向勝負ならサマエル。だが、殺し合いならルディだ。……あの男は、目的のために宇宙を敵に回せる」


「……次は、銀河裏社会のドンから『落とし前をつけろ』と通信が来てる」


 カイルの泣き言に、ルディはバイクのエンジンを再び吹かした。


「ちょうどいい。そのドンの屋敷に、セシリアの育てた最高に美味い『激辛唐辛子』を届ける依頼を受けてるんだ。ついでに落とし前も置いてきてやるよ」


 拳銃のシリンダーが、カチリと冷たい音を立てて回る。

 ルディは一筋の光となって、再び星の海へと消えていった。

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