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生と死

 アステリズム・ワークスの最深部、ひときわ重厚な防護扉の先には、ギルドで最も「清潔」で、かつ最も「狂気」に満ちた空間がある。

 セシリアに新しい心臓を与え、死の淵から引きずり戻した伝説の医療ユニット。カイルが「腕は神の領域だが、人格は奈落の底」と評する三人の物語だ。


「……血圧142、心拍88、左室駆出率……クソ、誤差が0.02出た。脳がうるさい、黙れ……」


 部屋の隅で、モニターも見ずに壁に向かって呟き続けている男がいる。内科医、内海ウツミだ。

 彼の右目には、視神経に直接埋め込まれたバイタル計測デバイスが鈍く光っている。対象を見ただけで、血管の太さから細胞の壊死率までを瞬時にデータ化する呪いの眼。

 脳が24時間、強制的に膨大な数値を処理させられているため、彼は重度の不眠症に陥っている。


「カイル……またサマエルが小さな傷を放置した。あいつの赤血球は、さっきから『休ませろ』と悲鳴を上げているぞ……」


 隈の浮いた目でブツブツと数値を羅列する姿は不気味だが、彼が「まだ死なない」と呟けば、それは宇宙の真理よりも確かな生存宣告となった。


「あはは! 内海さ~ん、数字ばっかり見てると脳みそが沸騰しちゃうわよ? ほら、これ飲んでみて。新しく調合した『多幸感ハイ集中力フォーカス』のハイブリッド。最高にキマるわよ……!」


 呂律の回らない声で笑うのは、薬物学の権威、「魔女」だ。

 銀河最高の学術機関を主席で卒業した天才でありながら、彼女は「薬の神髄は、自らの血肉で試してこそ理解できる」という狂信的な探求心により、自らを重度の薬物中毒へと叩き落とした。

 常に瞳孔は開き、手元はおぼつかない。だが、いざ調剤台に立てば、その震える指先は精密機械以上の精度で、死神さえも毒殺するような劇薬を作り出す。彼女にとって、自分の体は世界で最も信頼できる「実験場」なのだ。


「そんな怪しい液体より、物理的に悪いところを切り捨てた方が早い。そうだ、内海、お前のその右目も一度摘出して、構造を確かめてみるべきだ。なあ、今すぐ切らせろ!」


 二人の会話を遮るように、メスを銀光させたのは外科医のヴィクターだった。

 銀河一の執刀数を誇る、縫合の魔術師。だがその実態は、隙あらば誰かを切開しようとする「切りたがり」の解体狂だ。


「症状? そんなものは開いてから考えればいい。私はただ、この宇宙で最も複雑なパズルである『人体』を解体し、再構築したいだけだ」


 彼はそう言って笑うが、その縫合跡はルーペを使わなければ見えないほど美しく、術後の回復速度は通常の3倍を超える。


「……はぁ。お前ら、少しは静かにしろ」


 カイルが、セシリアから届いた新鮮な野菜のコンテナを運び込む。


「あら、お嬢様の野菜ね! これ、私の新しい毒消しのベースに最高なの」


 魔女がハイテンションでカブをひったくり、「とりあえず断面を確認する」とヴィクターがメスを構える。


「……そのカブの糖度は14.2だ。お前の血糖値を3分後に5上げるぞ」


 内海が静かに呟く。


 この、不眠症の予言者、薬物中毒の魔女、そして切りたがりの解体屋。

 彼らは自らの欠落を埋めるように、他人の命を繋ぎ合わせる。

 アステリズム・ワークスのメンバーがどれほど無茶な戦場からボロボロになって帰還しても、この「生と死」の扉を叩けば、必ず「生」の方へと突き返されるのだ。


「さて。誰から切ってほしい? 順番は守らなくていいぞ、どうせ全員切るんだからな!」


 外科医の笑い声が、今日も地下の医療室に響き渡る。

 カイルは胃の痛みを抑えながら、この狂気こそが、ギルドの生存率を支えているのだと、自分に言い聞かせた。

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