第33話 ― 観測者は、笑ったまま値踏みする
団長室は、夜になると妙に静かだった。
窓の外には街の灯りが広がっているが、防音の効いた室内には、ほとんど音が入ってこない。
机の上に投影された魔導スクリーンだけが、淡い光を放っていた。
表示されているのは、臨時報告として上がってきた一件の記録。
――同時発光事案。
――対象者:ユウト・カザミ。
――発光反応:三名同時。
――発光色:完全一致。
サムハン・シウは、椅子に深く腰掛けたまま、その画面を眺めていた。
まるで、難解なパズルか、出来のいい推理小説でも読むような目だ。
「……綺麗だね」
ぽつりと漏れた声には、緊張も警戒もなかった。
背後に控えていた秘書が、淡々と事実を補足する。
「過去にも同時発光の例は存在します」 「二名同時であれば、記録上は数件。ですが――」
一拍、間を置く。
「三名同時、かつ完全同色の発光は、前例がありません」 「統計的には、異常値に近い現象です」
異常値。
その言葉を聞いても、サムハンは眉一つ動かさなかった。
「説明は、可能です」 秘書は続ける。 「条件が偶然重なった。魔力波形が同期した。環境要因が影響した――そうした仮説はいくつも立てられます」
「でも」
「“なぜ彼らだったのか”という問いには、答えが出ません」
サムハンは、小さく笑った。
「なるほど。説明はできるけど、納得はできない。そういうやつか」
スクリーンを指先でなぞる。
数字も波形も、淡々と並んでいる。
「いいね。こういう現象は嫌いじゃない」
秘書は一瞬、言葉を選ぶ。
「……問題視は、なさらないのですか」
「問題だよ。もちろん」 サムハンは即答した。 「ただ、“危険”とは限らない」
視線をスクリーンから外し、天井を見る。
「意味のある出来事って、だいたい最初は偶然の顔をしてる」 「最初から“重要です”なんて顔で現れるものは、だいたい信用ならない」
秘書は、それ以上踏み込まなかった。
話題は、自然と一点に収束していく。
スクリーンが切り替わり、一人の青年のプロフィールが表示された。
ユウト・カザミ。
経歴、評価、技術ログ。
突出しすぎない成績。
しかし、安定して高い再現性。
「……彼ですか」 秘書が確認する。
「うん」 サムハンは頷いた。 「見るべきは、三人じゃない。中心だ」
ユウトの経歴を、楽しそうに眺める。
「優秀だけど、尖ってない」 「制度を理解している。反発もしない」 「でも――流されてもいない」
秘書は、静かに言った。
「扱いやすい人材、とは言えませんね」
「そう。だからいい」
サムハンの笑みが、ほんのわずかに深くなる。
「危険なのは、怒る人間じゃない」 「考える人間だ」
秘書の視線が、サムハンに向いた。
「危険、と?」
「まだ」 サムハンは首を振る。 「今は“芽”だ」
摘むには早い。
折るには惜しい。
「本人は、自覚していない」 「制度に喧嘩を売る気もない」 「それでいて、“決められる前に話そう”としている」
その矛盾が、面白い。
「……注視を続ければ、団長ご自身が監査対象になります」
秘書の忠告にも、サムハンは気にしない。
「安全な場所にいる限り、世界は変わらないからね」
そして、結論を下す。
「しばらくは、何もしない」
「保留、という扱いで?」
「うん」 軽い調子で答える。 「育つところまで、育てよう」
秘書は一礼し、静かに部屋を出ていった。
団長室に、一人残る。
サムハンは、再び窓の外を見る。
街は、今日も変わらずに動いている。
誰も、自分が観測されていることなど知らない。
「……さて」
独り言のように呟く。
「君は、どこまで行くんだろうね」
笑顔のまま。
サムハン・シウは、未来を値踏みしていた。




