表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
義務婚の国で、君を想う  作者: カムロ
第1章 エリアスとリリア
4/50

第4話 契約と嘘

前夜の夢の余韻が、

まだ胸の奥に、かすかな熱として残っていた。

エリアス・グレインは早朝の冷気を吸い込みながら、

文書院の書庫の窓を開ける。

街は静かだった。

婚約が成立した朝に鳴るはずの鐘は、

今日も沈黙している。

机の上には、

昨夜の光を宿したマギボードが置かれていた。

今は沈黙しているが、

表面には消え残る温度が、

薄い膜のように漂っている。

——まだ、つながっている。

そう思った瞬間だった。

郵便受けに差し込まれた、

白い封筒が目に入る。

青い印章。

婚活庁のものだ。

胸の奥で、

ひやりとしたものが静かに広がる。

封を切る。

紙の匂いが立ちのぼり、

短い文面が視界に入った。

《光の異常反応に関する調査のため

 明朝、婚活庁へ出頭せよ》

簡潔すぎる命令文。

言い訳も、猶予もない。

(……光の、異常反応)

昨夜の共鳴以外に、

心当たりはなかった。

本来であれば、

光が共鳴し、契約が成立した瞬間、

自動生成された婚約契約書が

文書院に届くはずだった。

だが、何も来なかった。

つまり——

昨夜の光は、

制度に存在しないもの として扱われている。

寒さとは別の震えが、

背筋をゆっくりとなぞる。

エリアスは、

机の上の板に目を落とした。

そっと触れる。

黒い石の奥から、

返事をするように、

かすかな熱が返ってきた。

「……大丈夫だ」

誰に向けた言葉か、

自分でも分からなかった。

***

同じ頃。

書簡局の奥で、

リリア・ノートもまた、

同じ封筒を開いていた。

周囲では、

職員たちの小声が飛び交っている。

「昨日の光、記録に残ってないって」 「婚活庁が慌ててるらしいわよ」 「また偽反応じゃないの?」

その言葉一つ一つが、

冷たい指のように、

胸をなぞっていく。

(記録に……ない?

 あれほど、強く光っていたのに)

封筒の中身は、

やはり同じ通知だった。

《光の異常反応・確認のため来庁せよ》

指先に、

自然と力が入る。

マギボードを、

奪われるかもしれない。

その恐怖が、

喉の奥を、じわじわと締めつけた。

昼休み。

職員たちが出払った静かな部屋で、

リリアはマギボードを両手で包み込む。

「……エリアスさん」

その名を思い浮かべた瞬間、

板が、ふっと淡い光を返した。

***

『婚活庁から呼び出しが来た。

 昨夜の光についてだろう』

エリアスの文字は整っていたが、

文末の揺れに、

隠しきれない緊張が滲んでいた。

リリアは深く息を吸い、

ゆっくりと打ち返す。

『わたしにも、同じ通知が来ました。

 でも……大丈夫です。

 あの光は、わたしの中に残っています』

少し間を置いて、

返事が届く。

『……そうか。

 それなら、よかった』

短い言葉。

けれど、

そこに彼の誠実さがあった。

リリアは、

胸に引っかかっていた疑問を、

思い切って送る。

『エリアスさんは……

 過去に、光が共鳴したこと、ありますか?』

長い沈黙。

板が、

低い鼓動のように一度だけ光る。

やがて——

『……昔、一度だけ。

 だが、すぐに消えた。

 理由も告げられず、契約は破棄された。

 それからだ。

 制度に触れるのが……少し、怖くなった』

リリアは、

思わず目を伏せた。

(こんな言葉を、

 打つのに、どれほどの勇気が……)

胸の奥に、

静かな温度が満ちていく。

『……エリアスさん。

 光が消されたとしても、

 あの瞬間に見たものは、嘘ではありません。

 わたしは、そう思います』

返事は短かった。

だが、

確かなあたたかさが宿っていた。

『ありがとう』

***

翌日。

婚活庁の白い建物は、

朝日を浴びても、なお冷たかった。

教会のような外観は、

祈りではなく、

“管理”のために建てられたものだ。

案内された部屋で、

エリアスは調査官と向き合っていた。

無駄のない視線。

感情の揺れを許さない目。

「昨夜の光について、話してもらおう」

「……記録に、なかったはずだ」

「だから調べている。

 本来、記録されない光など存在しない」

調査官は書類をめくり、

低い声で続けた。

「過去にも数度、

 “記録にない光”が出た。

 そのたびに制度は揺らいだ。

 例外は、国にとって最も危険なんだ」

背筋に、

冷気が走る。

「相手の名前は?」

胸の奥で、

何かが、固く閉じた。

(リリアの名前を、

 渡すわけにはいかない)

「……覚えていない」

「虚偽申告は、罰則の対象だぞ」

「覚えていないものは、覚えていない」

調査官は眉一つ動かさず、

無言で記録を続けた。

***

一方、リリアも別室に通されていた。

対応したのは、

柔らかな声の女性職員。

だが、言葉の中身は冷たい。

「あなたのマギボードですが、

 不良反応の可能性があります。

 回収して、検査しますね」

「……回収、ですか?」

「ええ。

 記録されない光は、

 魔力暴走の前兆になることもあります。

 過去には、小さな事故もありましたから」

胸が、凍りつく。

(危険物……?

 ただ、光っただけなのに)

「三日以内に持参してください。

 持参できない場合は、強制回収となります」

リリアは、

静かに頷くことしかできなかった。

***

夜。

二人は、

ほぼ同時にマギボードを開いた。

エリアス。

『リリア……無事か?』

リリア。

『大丈夫、とは言えません。

 板を回収されるかもしれないと……』

胸の奥が、

ぎゅっと縮む。

『……それは、困る』

『……ですよね。

 わたしも困ります。

 あなたと話せなくなるのが……

 一番、怖いです』

文字の揺れが、

彼女の心を、そのまま映していた。

エリアスは一度、目を閉じ、

ゆっくりと打ち込む。

『俺もだ。

 あの光を失いたくない。

 たとえ制度の外のものであっても……

 “間違い”だと言われても』

返事は震えていた。

だが、その震えの中に、

確かな強さがあった。

『間違いじゃありません。

 あれは、わたしが見た“本物”です。

 ……胸が、あたたかくなったから』

その瞬間、

二人のマギボードが、

同時に淡く光った。

誰にも見られない、

制度の記録にも残らない光。

それは、

夜の片隅にひっそりと咲いた花のように、

静かで、確かな存在だった。

***

だが——

その余韻が消えかけた瞬間、

エリアスの板に、

無機質な文字が走った。

《追跡対象指定:エリアス・グレイン》

《婚活庁があなたのマギボードの監視を開始します》

呼吸が、止まる。

同じ瞬間、

リリアの板にも通知が届いた。

《魔力値に異常反応を確認》

《修理対象として、翌日持参せよ》

エリアス。

『リリア……これは、まずい』

リリア。

『エリアスさん……どうしましょう』

二人の沈黙を照らすように、

二枚の板だけが、

ほのかに光っていた。

その光は——

制度の影が、確かに動き出したことを告げる

小さな警鐘だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ