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義務婚の国で、君を想う  作者: カムロ
第2章 運命を決めるルーレット
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第27話 笑顔の事情聴取

「ちょっと面倒くさいことになっちゃったね」

 その第一声は、驚くほど軽かった。

 真っ白な応接室は、やけに広く、やけに整いすぎていた。

 無機質な壁、曇りひとつないテーブル、完璧に配置された椅子。

 ここが“婚活庁本部”だという事実だけが、静かに圧を放っている。

 ユウトは背筋を伸ばしたまま、湯飲みに手を伸ばすことができずにいた。

 隣を見ると、ミーナは落ち着いた表情で座っているが、視線は鋭い。

 アイラもまた平静を装っているものの、わずかに肩が強張っている。

 そんな三人とは対照的に、正面の男は終始、にこやかだった。

 黒髪の長身。

 切れ長の細い目。

 柔らかな笑顔の奥に、底の見えない気配を宿した男。

「いやあ、本当にね。こんな形で呼び出すことになるとは思ってなくてさ」

 そう言って、男は自ら立ち上がり、急須からお茶を注いだ。

 まるで来客をもてなすかのような手つきで、菓子皿まで差し出す。

「どうぞどうぞ。緊張しなくていいから」

 ――サムハン・シウ。

 婚活庁警備局・団長。

 部下たちからは、親しみと畏怖を込めて「団長」と呼ばれる人物だった。

「ありがとうございます……」

 ユウトは一礼し、ようやく湯飲みを手に取った。

 温かい。香りもいい。

(……本当に、事情聴取なんだよな?)

 犯罪者を前にした態度ではない。

 むしろ、場の空気は妙なほど和やかだった。

「発表会、見事だったよ」

 団長は、ふとユウトに視線を向ける。

「特にユウト君のプレゼン。評判も上々だ」

「……ありがとうございます」

 不意の言葉に、ユウトは素直に頭を下げた。

「いやいや、本心だよ。

 最近は“数値が良いかどうか”ばかりが評価されがちだからね。

 人に寄り添う魔導具ってのは、案外、作り手が少ない」

 その言葉に、ミーナの口元がわずかに緩む。

 アイラも、誇らしげに視線を伏せた。

 場の空気は、確実に柔らいでいく。

 ――ただ一人を除いて。

 フレイは、背もたれに寄りかかることなく、静かに座っていた。

 姿勢は崩していない。

 視線も落ち着いている。

 だが、その内側だけが、張りつめたままだった。

(……違う)

 優しすぎる。

 軽すぎる。

 サムハンは、フレイに一度も話を振らない。

 それが、何より不自然だった。

「さて」

 団長は湯飲みを置き、指を組んだ。

「本題に入ろうか」

 その一言で、空気が変わった。

「今回の“同時発光”」

 その瞬間、ユウトは息を飲み、ミーナとアイラも自然と背筋を正す。

「義務婚制度は、一対一が前提だ。

 これは君たちもよく知ってるよね」

 当然だ。

 この国では、誰もが知る常識だ。

「でも今回は、三人同時。

 しかも、色まで一致していた」

 団長は困ったように肩をすくめた。

「婚活庁としてもね、正直どう扱えばいいか悩んでるんだ」

 その言葉は穏やかだったが、主導権は完全に彼の手中にあった。

 フレイは、団長の目を見た。

 笑っている。

 だが、その奥は凪いでいる。

(……見極めている)

 ユウトを。

 人としてではなく、“事例”として。

「だからさ」

 団長は、急に冗談めいた調子で言った。

「こうなったらユウト君。

 三人まとめて、お嫁さんにしちゃう?」

 一瞬、部屋の時間が止まった。

「……え?」

 ユウトの声が、間の抜けた響きを残す。

 ミーナは言葉を失い、

 アイラは状況を理解できず、目を瞬かせた。

「あはは、ごめんごめん」

 団長は手を振る。

「いやあ、正直ちょっと羨ましいよ。

 相手が三人なんて、体力がもたない人も多いだろうに」

 一拍、間を置いて。

「まあ……君は若いし、大丈夫か」

「団長!」

 即座に、背後の秘書が鋭く制止する。

「はは、失礼。つい口が滑った」

 軽口。

 だが、“冗談として口に出された”という事実だけが、重く残る。

 フレイは、背中に冷たいものが走るのを感じていた。

(……選択肢として、提示した)

 それが何を意味するのか、彼女には分かっていた。

 団長は、再び指を組み直す。

「冗談はさておき」

 声の調子は変わらない。

 だが、逃げ道は消えた。

「君たち自身は、どう思ってる?」

 視線が、三人を順に捉える。

「どうして、同時発光が起きたと思う?」

 ユウトは、言葉に詰まった。

「……正直、わかりません。

 特別な操作も、意図したことも……」

 アイラも小さく首を振る。

「ログを確認しましたけど、異常値はありませんでした」

 そのとき、ミーナが静かに口を開いた。

「魔力法務局の立場から、仮説を述べてもいいですか」

 団長の眉が、わずかに上がる。

「どうぞ」

「今回の事象は、装置の欠陥ではない可能性が高い。

 むしろ、使用者側――感情や関係性の影響を強く受けた“非数値領域”の反応だと思います」

 部屋の空気が、わずかに張りつめた。

 フレイは、心の中で息を詰める。

(……踏み込んだ)

 団長は、ゆっくりと笑った。

「なるほど。

 君は、そう見るんだね」

 その笑顔は柔らかい。

 だが、確かに“興味”を帯びていた。

 ユウトは、その視線の意味を理解できずにいた。

 だがフレイだけは、確信していた。

 今日が終わりではない。

 むしろ――ここからが本当の始まりだ。

 白い応接室の静けさが、次の波を待つように、重く沈んでいた。

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