第25話 重なりかけた光
発表会の終わりを告げるアナウンスが流れると、会場を満たしていた熱気は、ゆっくりと形を失っていった。
拍手は余韻を残したまま弱まり、観客たちは満足そうな表情で立ち上がり、出口へと向かっていく。
大きな事件も、混乱もない。
数字の上では、完璧に成功した発表会だった。
それでも――
(……なぜでしょう)
フレイは、胸の奥に残る落ち着かない感覚を、無意識のうちに押さえ込んでいた。
警備担当としての役目は、ほぼ終わりに近づいている。
魔力反応の警戒レベルは通常値。
異常通知も、警告も、一切出ていない。
それなのに、身体のどこかが、まだ緊張を解くことを拒んでいた。
フレイはゆっくりと視線を巡らせる。
帰路につく観客。
機材を片付けるスタッフ。
談笑しながら歩く技術者たち。
――そして、自然と視線が引き寄せられる先。
会場の一角、まだ席を立たずに残っている三人の姿。
ユウトと、二人の女性。
彼らは発表会の余韻に浸るように、小声で話を交わし、ときおり笑みを浮かべていた。
張りつめていた空気が、ようやく緩んだ後の、柔らかな時間。
(……)
フレイは、自分でも驚くほど、その光景から目を離せずにいた。
◇
警備用の端末に視線を落とす。
魔力反応――正常。
数値の乱れなし。
記録上、問題は一切ない。
それでも、感覚が告げている。
“揺らぎ方”が、いつもと違う。
ユウトのマギボード。
隣にいる二人のマギボード。
それぞれが、独立した装置のはずだった。
本来なら、干渉も、共鳴も起きない距離。
だが今は――
(近い)
フレイは、そう思った。
意図して詰めた距離ではない。
気づけば、自然とそこに集まってしまったような配置。
ミーナはユウトのすぐそばに立ち、何気ない仕草で彼の腕や背中に触れている。
長年の距離感が、そのまま残っているようだった。
アイラは少し控えめな位置。
それでも、ユウトに一番近い距離を無意識に保っている。
そしてユウト自身は、二人に挟まれたその位置に、何の違和感も持っていない。
(……偶然、ですよね)
フレイはそう結論づけようとした。
偶然だ。
発表会の余韻。
感情が高ぶっているだけ。
だが、視線は戻ってしまう。
◇
三人の手元。
マギボードが起動している。
画面を覗き込み、ログを確認し、波形を指差している。
技術者同士の、ありふれた光景。
数値は安定している。
異常値は出ていない。
発光もない。
(……正常)
フレイは端末を操作しなかった。
記録するほどの事象ではない。
だが。
わずかに、空気が揺れる。
魔力が“反応しようとしている”ような、曖昧な気配。
はっきりと形になる前の、曖昧な前兆。
数値には現れない。
だから、記録にも残らない。
それでも、確かにそこにある。
◇
フレイは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
(……おかしいですね)
制度は、安定を前提としている。
数値化できないものは、扱わない。
だから、これも“存在しない”はずだ。
だが、目の前の光景は、否定できないほど自然だった。
三人とも、楽しそうだった。
緊張はなく、警戒もない。
それぞれが、自分のマギボードを見せ合いながら、同じ時間を共有している。
感情。
距離。
タイミング。
その三つが、偶然重なっているだけ――
そう言い聞かせるには、少しだけ、整いすぎていた。
◇
フレイは、深く息を吸い、警備担当としての意識を立て直す。
職務は終わっていない。
まだ、油断はできない。
視線を会場全体へ戻す。
出口付近、問題なし。
魔力反応、変化なし。
もう一度だけ、三人を見る。
笑顔のまま、マギボードを操作している姿。
何事も起きていない。
(……今は、まだ)
フレイは、そう判断した。
何かが起きるには、少し早い。
条件は揃いかけているが、決定的な“引き金”がない。
だから今日は、ここまで。
フレイは端末を閉じ、視線を外した。
拍手の余韻は、すでに会場から消えつつある。
だが、その奥で、確かに“別の波”が生まれ始めていた。
それが何かを、まだ誰も知らない。
――ただ、重なりかけた光だけが、静かに息を潜めていた。




