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義務婚の国で、君を想う  作者: カムロ
第2章 運命を決めるルーレット
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第24話 揃いすぎた光

デモ運用の開始を告げるアナウンスが流れた瞬間、会場の空気が変わった。

 さっきまでの拍手の余韻が、音もなく引き算されていく。


 ステージ上――レオン・ヴァレンタインの声が、滑らかにホールを支配した。


「それでは、実機の同期運用をご覧いただきます。

 本日は《Λ(ラムダ)シリーズ》の中核である“統合同期”を、会場全体で実演します」


 観客席のあちこちで、小さな起動音が連鎖する。

 それは拍手とは違う、生活の音に近い。


 魔導スクリーンに映し出されたのは、淡い青の波形。

 無数の線が重なり、呼吸するように揃っていく。


(……綺麗だ)


 誰かが息を呑む。

 次の瞬間、どこからともなく感嘆が漏れた。


 たしかに凄い。

 技術者の目で見ても、揃い方が異常に早い。


 会場の端に設置された測定塔が、淡く点滅した。

 そこから吸い上げられた魔力ログが、スクリーンへ流れ込む。


 ——整いすぎている。


 雑音がない。

 個体差が“あるはずなのに”、消えて見える。


 技術班の一人が小声で言った。


「……同期が早すぎる。個体差、まだ残るはずだろ」


 隣の者が、返事の代わりに唇を噛む。


 この場にいる人間は、誰もが“完成”を見に来ている。

 だからこそ、誰もが“怖さ”にも気づいてしまう。



 会場の最後尾。

 出入り口付近でフレイは背筋を伸ばし、視線だけで周囲を走査していた。


 仕事としての警備。

 人の流れ、荷物、扉、通路——目を離す理由は一つもない。


 けれど、壇上の説明が耳に入るたび、胸の奥がわずかにざわつく。


(……揃いすぎている)


 整った波形は美しい。

 しかし、婚活庁が扱う“相性”という概念は、そもそも差を前提にしている。


 差があるから、数値が生まれる。

 数値があるから、判断ができる。


 判断ができるから——この国の義務婚は、回っている。


 結婚は自由ではない。

 だがそれは、単なる横暴ではなく、国家魔力を安定させる装置として組み込まれている。


 迷いを減らす。

 立ち止まる人間を減らす。

 結果として、奉仕労働に回る人間を抑える。


 制度が与えるのは幸福ではない。

 最低限の安定だ。


 フレイは、その現実を否定していない。

 否定できるほど、この国は優しくないと知っている。


 ——だからこそ。


(選択肢が増えるのは、正しい)

(でも、制度にとっては“扱いにくい光”だ)


 壇上の説明は、未来を広げる言葉だった。

 それは同時に、制度の前提を揺らす。


 フレイは、無意識にイヤピースへ指を添えた。

 何も入っていないのに。


(……ユウトさんの言葉も、同じだ)


 先ほどのプレゼン。

 “誰かの今日を少し楽にする光”。


 優しさは正しい。

 正しいからこそ、制度が扱いきれない。


 フレイは視線を動かす。

 最後尾の立ち見の列の中に、ユウトと二人の女性がいるのが見えた。


 ——ユウト。

 ——そして、彼の近くにいる二人。


 ひとりは、技術者の匂いをまとう。

 もうひとりは、拍手の仕方が素直すぎる。


 距離がある。

 だが、なぜか気になる。


(……あの二人は、どういう関係なんでしょう)


 問いが浮かぶだけで、胸の奥が小さく痛む。

 それを仕事の緊張だと、フレイは自分に言い聞かせた。



 来賓フロア。

 影のような静けさの中心で、レオンは淡い光のログを眺めていた。


 指先ひとつ動かさず、ただ、見ている。


 《Λ(ラムダ)シリーズ》は完成している。

 同期も、記録も、制御も、理論上は“完璧”だ。


 それなのに。


 モニターの片隅、ほんの一瞬だけ揺れる値がある。

 数値にできる揺れではない。

 それは——“輪郭のない違和感”。


(……またか)


 胸の奥が冷える。

 思い出したくもない古い傷が、静かに疼く。


 レオンは表情を崩さない。

 ここは舞台だ。

 支配者が恐れを見せるわけにはいかない。


 しかし、視線は自然に観客席の一点へ引かれていた。


(ハワードの継承者)

(そして、あのプレゼンの熱)


 技術は違う。

 思想も違う。

 同じ師に学んだはずなのに、あれは“別の答え”だ。


 レオンは、息を吐くように心の中で言った。


(……見事だよ、ユウト)


 称賛は本物だった。

 だからこそ、余計に腹の底が揺れた。


 嫉妬ではない、と言い切るには難しい。

 だが、それ以上に——怖い。


(このまま広がれば、何が起きる)


 光が揃う。

 人が揃う。

 そして、“揃いすぎたもの”は、必ず歪む。



 デモは続く。

 会場のあちこちで起動音が重なり、波形が整っていく。


 ユウトは立ち見の列の中で、息を止めるようにスクリーンを見つめていた。

 アイラは、技術者の目で数値を追っている。

 ミーナは、ただ素直に「すごい」と小さく目を輝かせた。


 そのとき——


 会場の裏方モニターに、一瞬だけ異常表示が走った。


 技術者が顔を上げる。


「……え?」


 表示は短い。

 だが、確かにそこに出た。


《LINK STATUS : STANDBY》

《SYNC RATE : 98.7%》

《SUBJECT : UNKNOWN》


 技術者の喉が動く。


「……四人目、じゃないよな?」


 次の瞬間、表示は何事もなかったように消えた。

 スクリーンの波形は、相変わらず美しく整っている。


 会場の誰も、まだ気づかない。

 揃いすぎた光が、何を呼ぶかを。


 ——静かに。

 確実に。

 “その瞬間”へ向かっていることを。

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