第24話 揃いすぎた光
デモ運用の開始を告げるアナウンスが流れた瞬間、会場の空気が変わった。
さっきまでの拍手の余韻が、音もなく引き算されていく。
ステージ上――レオン・ヴァレンタインの声が、滑らかにホールを支配した。
「それでは、実機の同期運用をご覧いただきます。
本日は《Λ(ラムダ)シリーズ》の中核である“統合同期”を、会場全体で実演します」
観客席のあちこちで、小さな起動音が連鎖する。
それは拍手とは違う、生活の音に近い。
魔導スクリーンに映し出されたのは、淡い青の波形。
無数の線が重なり、呼吸するように揃っていく。
(……綺麗だ)
誰かが息を呑む。
次の瞬間、どこからともなく感嘆が漏れた。
たしかに凄い。
技術者の目で見ても、揃い方が異常に早い。
会場の端に設置された測定塔が、淡く点滅した。
そこから吸い上げられた魔力ログが、スクリーンへ流れ込む。
——整いすぎている。
雑音がない。
個体差が“あるはずなのに”、消えて見える。
技術班の一人が小声で言った。
「……同期が早すぎる。個体差、まだ残るはずだろ」
隣の者が、返事の代わりに唇を噛む。
この場にいる人間は、誰もが“完成”を見に来ている。
だからこそ、誰もが“怖さ”にも気づいてしまう。
◇
会場の最後尾。
出入り口付近でフレイは背筋を伸ばし、視線だけで周囲を走査していた。
仕事としての警備。
人の流れ、荷物、扉、通路——目を離す理由は一つもない。
けれど、壇上の説明が耳に入るたび、胸の奥がわずかにざわつく。
(……揃いすぎている)
整った波形は美しい。
しかし、婚活庁が扱う“相性”という概念は、そもそも差を前提にしている。
差があるから、数値が生まれる。
数値があるから、判断ができる。
判断ができるから——この国の義務婚は、回っている。
結婚は自由ではない。
だがそれは、単なる横暴ではなく、国家魔力を安定させる装置として組み込まれている。
迷いを減らす。
立ち止まる人間を減らす。
結果として、奉仕労働に回る人間を抑える。
制度が与えるのは幸福ではない。
最低限の安定だ。
フレイは、その現実を否定していない。
否定できるほど、この国は優しくないと知っている。
——だからこそ。
(選択肢が増えるのは、正しい)
(でも、制度にとっては“扱いにくい光”だ)
壇上の説明は、未来を広げる言葉だった。
それは同時に、制度の前提を揺らす。
フレイは、無意識にイヤピースへ指を添えた。
何も入っていないのに。
(……ユウトさんの言葉も、同じだ)
先ほどのプレゼン。
“誰かの今日を少し楽にする光”。
優しさは正しい。
正しいからこそ、制度が扱いきれない。
フレイは視線を動かす。
最後尾の立ち見の列の中に、ユウトと二人の女性がいるのが見えた。
——ユウト。
——そして、彼の近くにいる二人。
ひとりは、技術者の匂いをまとう。
もうひとりは、拍手の仕方が素直すぎる。
距離がある。
だが、なぜか気になる。
(……あの二人は、どういう関係なんでしょう)
問いが浮かぶだけで、胸の奥が小さく痛む。
それを仕事の緊張だと、フレイは自分に言い聞かせた。
◇
来賓フロア。
影のような静けさの中心で、レオンは淡い光のログを眺めていた。
指先ひとつ動かさず、ただ、見ている。
《Λ(ラムダ)シリーズ》は完成している。
同期も、記録も、制御も、理論上は“完璧”だ。
それなのに。
モニターの片隅、ほんの一瞬だけ揺れる値がある。
数値にできる揺れではない。
それは——“輪郭のない違和感”。
(……またか)
胸の奥が冷える。
思い出したくもない古い傷が、静かに疼く。
レオンは表情を崩さない。
ここは舞台だ。
支配者が恐れを見せるわけにはいかない。
しかし、視線は自然に観客席の一点へ引かれていた。
(ハワードの継承者)
(そして、あのプレゼンの熱)
技術は違う。
思想も違う。
同じ師に学んだはずなのに、あれは“別の答え”だ。
レオンは、息を吐くように心の中で言った。
(……見事だよ、ユウト)
称賛は本物だった。
だからこそ、余計に腹の底が揺れた。
嫉妬ではない、と言い切るには難しい。
だが、それ以上に——怖い。
(このまま広がれば、何が起きる)
光が揃う。
人が揃う。
そして、“揃いすぎたもの”は、必ず歪む。
◇
デモは続く。
会場のあちこちで起動音が重なり、波形が整っていく。
ユウトは立ち見の列の中で、息を止めるようにスクリーンを見つめていた。
アイラは、技術者の目で数値を追っている。
ミーナは、ただ素直に「すごい」と小さく目を輝かせた。
そのとき——
会場の裏方モニターに、一瞬だけ異常表示が走った。
技術者が顔を上げる。
「……え?」
表示は短い。
だが、確かにそこに出た。
《LINK STATUS : STANDBY》
《SYNC RATE : 98.7%》
《SUBJECT : UNKNOWN》
技術者の喉が動く。
「……四人目、じゃないよな?」
次の瞬間、表示は何事もなかったように消えた。
スクリーンの波形は、相変わらず美しく整っている。
会場の誰も、まだ気づかない。
揃いすぎた光が、何を呼ぶかを。
——静かに。
確実に。
“その瞬間”へ向かっていることを。




