第21話 示された“未来の形
観客席に辿り着いたとき、すでに空いている席は一つもなかった。
ユウト、ミーナ、アイラは最後尾の壁際に並び、立ったままステージを見下ろす形になる。 周囲を見渡せば、同じように立ち見の関係者や招待客が何列も続いていた。
「……すごい人だね」
ミーナが小さく呟く。 その声には、素直な驚きが滲んでいた。
「ライオネル社の発表会ですから」 アイラは眼鏡の奥でステージを睨むように見つめる。 「それに、今日はレオンCEOが直々に説明すると聞いています」
その名前が出た瞬間、周囲の空気がさらに張り詰めたように感じられた。
ざわめきが、波のように広がっている。 期待と、熱と、ほんの少しの緊張。
そして——
照明が、落ちた。
◇
一瞬で、会場が静まり返る。
次の瞬間、巨大な魔導スクリーンが起動し、淡い光が天井から降り注いだ。 魔力粒子が視覚化され、空間そのものが“演出”へと変わる。
スクリーン中央に浮かび上がる文字。
〈Λ(ラムダ)シリーズ ― 次世代マギボード〉
それだけで、会場が沸いた。
割れんばかりの拍手。 歓声。 記録用の魔導機器が一斉に光を放つ。
そして、光の中心へ——
一人の男が歩み出た。
「本日は、お集まりいただきありがとうございます」
レオン・ヴァレンタイン。 ライオネル・デバイス社CEO。
派手な動作は一切ない。 だが、ただ立つだけで、場を制圧する圧があった。
「我々は本日、単なる新製品ではなく——
これからの生活と選択の基準を提示します」
低く、よく通る声。 一言ごとに、会場が静まっていく。
ユウトは、無意識のうちに息を整えていた。
(……すごい)
技術者として。 そして一人の人間として。 その姿に、純粋な憧れを抱かずにはいられなかった。
◇
「まず、お伝えしたいのは“進化の方向性”です」
スクリーンに、従来型と新型のマギボードが並んで映し出される。
「Λシリーズは、従来比で約三割の軽量化、二割以上の薄型化を実現しました」
会場がどよめく。
「魔力回路を層構造から流路一体型へ変更し、
装着感と安定性を同時に向上させています」
アイラの目が、わずかに見開かれた。
「……層構造、捨てたんだ」 小さく呟く。 「思い切った設計ですね……」
ユウトも、スクリーンに映る構造図から目を離せずにいた。 理論上は理解できる。 だが、実装難度は相当なものだ。
一方で——
「軽そうだね」 ミーナは、素直な感想を口にする。 「ずっと着けてても邪魔にならなさそう」
その言葉に、アイラは小さく息を吐いた。 技術者と一般利用者の視点の差。 それが、はっきりと現れている。
◇
「次に——Λシリーズでは、新たに記録機能を標準搭載しました」
スクリーンに、映像ログのデモ画面が映し出される。
「映像、音声、そして魔力波形。 すべてを時系列で保存・解析できます」
再び、会場がざわついた。
「婚活面談、交際過程、トラブル対応。 あらゆる場面で、記録は嘘をつきません」
その言葉が、ユウトの胸に引っかかる。
(……そこまで、残すのか)
便利だ。 合理的だ。 だが同時に、逃げ場がなくなる。
「安心できるね」 ミーナは頷く。 「証拠が残るなら、怖い思いしなくて済む」
それも、確かに正しい。
◇
「そして——最も重要な点です」
レオンは一拍置き、続けた。
「Λシリーズでは、魔力相性を“固定値”ではなく、
推移として可視化します」
スクリーンに、緩やかに変化するグラフが表示される。
「時間とともに上がる相性。 努力しても改善しない相性。 それらを、判断材料として提供します」
会場は、完全に静まり返っていた。
「未来は固定されていません。
ですが、変化の方向性は読み取れる」
アイラは、思わず息を呑む。 理論としては、美しい。 あまりにも。
ユウトは、拳を軽く握った。
(……人は、グラフ通りに動くのか?)
◇
「最後に」
レオンは、穏やかに微笑んだ。
「生活リズム、体調、魔力消費。 Λシリーズは、日常そのものを最適化します」
「安定した生活は、安定した魔力を生む。
それは、国家にとって最も重要な基盤です」
拍手が起こる。 称賛の嵐。
ミーナは、素直に感心していた。 「すごいね……こんなの、あったら助かる人多いよ」
アイラは、何も言わずにスクリーンを見つめている。 ユウトもまた、言葉を失っていた。
◇
そのとき。
会場入口付近で、警備に立つフレイが視線を動かした。
(……いた)
最後尾。 三人並んだその姿。
ユウトは、こちらに気づいていない。 だが、フレイは確かに彼を認識していた。
拍手と歓声の中で。 示された“未来の形”。
(……あなたは、どう受け取るんですか)
フレイは、心の中でそう問いかける。
レオンの声が、再び会場に響いた。
「これが、Λシリーズです」
光が、スクリーンいっぱいに広がる。
その輝きの中で、 それぞれが、違う答えを胸に抱いていた。
——未来は、まだ分岐点にあった。




