第19話 同じ師の名のもとに
拍手が収まったあとも、ホールには熱が残っていた。
人々は興奮したまま言葉を交わし、記者たちは次の原稿を思い描いている。
そのすべてを、レオン・ヴァレンタインは来賓席から静かに眺めていた。
(……見事だ)
それが、偽りのない感想だった。
技術の完成度。
思想の一貫性。
そして何より――“使う人”を主語に据えた設計。
補助魔導具は、数値を誇示しない。
優秀さを叫ばない。
それでいて、確実に人の生活へ入り込む。
(あれは……ハワードの技術だ)
胸の奥で、かすかな痛みが走る。
かつて自分が学び、追い続け、ついには手放したもの。
それを、あの青年は別の形で受け継いでいた。
ハワード・レオンハルト。
先代CEOであり、魔導技術の象徴。
そして――
自分とユウト、二人に同じ技術を授けた男。
(だが、同じ道ではなかった)
レオンは、技術に「可能性」を見た。
制御し、最適化し、数値化することで、世界をより良くできると信じた。
魔力は曖昧だからこそ、基準が必要だ。
迷いを排し、選択を速め、国家を安定させる。
それが、レオンの答えだった。
一方で――
(ユウトは……違う)
壇上に立つ姿を思い出す。
緊張しながらも、逃げずに語った言葉。
“支えるための光”
“揺れを否定しない技術”
それは、合理性から最も遠い発想だ。
だが。
(否定できない)
会場が、確かに動いた。
技術者だけでなく、記者も、来賓も、そして――一般の観客も。
レオンは、ゆっくりと息を吐いた。
ハワードの技術は、誰にとっても重すぎた。
それを、どう受け取るか。
それだけで、弟子たちの道は分かれた。
――そしてユウトは、
自分とはまったく違う答えを選んだ。
(……羨ましいな)
その感情を、レオンは否定しなかった。
恐れていたのではない。
劣っているとも思っていない。
ただ――
自分には選べなかった道を、選んだ存在。
それが、眩しかった。
(危うい。だが……目を離せない)
ユウトの技術は、制度を壊すためのものではない。
だが、制度の“前提”を揺らす。
揺らぎは、混乱を生む。
混乱は、国家の魔力を乱す。
それを止める立場にいるのが、自分だ。
レオン・ヴァレンタイン。
ライオネル・デバイス社 CEO。
そして、この国の魔導技術の責任者。
(……さて)
視線を、ゆっくりとステージ袖へ向ける。
青年は、まだ何も知らない。
自分が、何を継ぎ、
誰の視線を集めてしまったのか。
(君を排除するつもりはない)
それは、本心だった。
だが――
(理解できるかどうかは、別だ)
レオンは、静かに微笑んだ。
その表情は、いつもと変わらない。
称賛と警戒が、同時に宿る目だけが、わずかに鋭くなっていた。
物語は、ここからだ。
拍手が、ホールを満たしていた。
ミーナはその中心で、誰よりも大きく手を叩いていた。
遠慮も、周囲の視線も、まったく気にしていない。
「……すごいじゃない」
声に出して、そう呟く。
壇上から降りていくユウトの姿が、まだ視界に残っている。
少し緊張したままの背中。
けれど、確かにやり切った人間の背中だった。
胸の奥が、きゅっと温かくなる。
(あなた、昔からそうだった)
目立とうとはしない。
前に出ることも、競うことも、あまり得意じゃない。
でも――
誰かが困っているときだけは、必ず手を伸ばす。
それがどれだけ遠回りでも。
どれだけ評価されなくても。
ミーナは、自然と口角が上がっていることに気づいた。
隠すつもりもなく、そのまま拍手を続ける。
(やっと、届いたんだ)
ユウトの言葉が。
考えが。
作ってきた時間が。
技術者としてではなく、
誰かの“味方”としての姿が。
「……ほんと、ばか」
そう言いながらも、声は柔らかい。
壇上を見つめる視線は、まっすぐだった。
(でも、それでいい)
派手じゃなくていい。
制度を揺るがさなくてもいい。
あなたが作ったものは、
きっと誰かの“できなかった”を、そっと越えさせる。
それを、ミーナは知っている。
子供の頃から。
ずっと。
拍手が少しずつ収まっていく中で、
ミーナは最後まで手を叩いていた。
誰よりも素直に。
誰よりも迷いなく。
「……おめでとう、ユウト」
その言葉は、
まだ届かなくていい。
今はただ、
笑顔で拍手を送るだけで、十分だった。




