第17話 光を届けるということ
ステージ袖に足を踏み入れた瞬間、喉の奥がきゅっと狭くなった。
司会の声、観客のざわめき、スクリーンの光。
さっきまで遠くから眺めていた景色が、いまは圧倒的な現実として迫ってくる。
(……本当に、僕の番が来たんだ)
手のひらは汗で湿り、胸の奥では鼓動だけがやけに大きな音を立てていた。
「ユウトさん、次があなたです。ご準備を」
スタッフの声が、どこか水の向こう側から聞こえた。
「……はい」
返事だけは出るが、足は床に縫い付けられたように重い。
◇
「それでは——補助魔導具、開発担当のユウト・カザミさんです」
名前が読み上げられた瞬間、照明が一斉にこちらへ向いた。
光の道ができた。逃げ場のない一本道だ。
(行け。もう、ここまで来たんだ)
一歩踏み出すたびに、鼓動がどくん、と跳ねる。
マイクの前へ立つと、客席の闇と無数の視線が重くのしかかった。
口を開く——が、
「……え、と……」
声が、出ない。
喉が張りつき、舌が思うように動かない。
ひどくゆっくりした時間の中で、焦りだけが胸を刺す。
(やばい。このまま固まる……)
視界がにじみかけたそのとき。
ステージ脇のモニターに映る、青い波形のラインが目に入った。
細い金属の輪。レゾナの光。
師匠と幾度も見つめた色。
(“光は、人を縛るためじゃない。導くためにある”)
ハワードの声が、胸の奥の深い場所へ染み込むようによみがえった。
その瞬間、張りつめた心がわずかにほぐれた。
(……そうだ。今日は、自分を飾るために来たんじゃない)
ユウトは深く息を吸い、ゆっくり吐き出した。
「……本日は、お時間をいただき、ありがとうございます」
かすれた声でも、確かに前へ進む力があった。
◇
「僕が担当した《レゾナ》は、腕輪型の補助魔導具です」
スクリーンに映る薄いリング。
腕時計のような形状だが、縁には淡い魔力が脈打っている。
「見た目は地味です。鈍くも光らないし、派手な効果もありません」
そこで、少しだけ口元が緩む。
「ただひとつ。
“魔力の揺れを、そっと整える”ことだけに特化した魔導具です」
不規則だった波形が、レゾナの通過後になめらかに整っていく。
映像は静かに、それでいて雄弁だった。
「魔導具は便利な道具です。
……けれど、その便利さに“届かない人”が、思った以上に多い」
ユウトは客席を見渡す。
「魔力が不安定な人。
緊張で手が震えて、うまく入力できない人。
相性の数値を見ただけで“自分には無理だ”と思い込んでしまう人」
一つひとつ噛みしめながら言葉を紡ぐ。
「僕は……そういう人を、支えたいと思いました」
台本にはない。
けれど、どうしても今、ここで言いたかった。
◇
「魔導具は、本来その人の生活に寄り添うものです。
〈才能がある人だけが使える道具〉ではなく、
〈一歩踏み出したい人が安心して手を伸ばせるもの〉であってほしい」
師匠の工房で聞いた言葉が胸の奥から響き、息に乗っていく。
「たとえば——」
ユウトは、自分の手首にそっと触れた。
初めてレゾナを試した日の、あの微かな熱を確かめるように。
「魔力入力にいつも失敗してしまう人がいます。
何度やってもエラーが出て、“自分は向いていない”と諦めようとする人がいます」
観客の気配が変わる。誰かが前のめりになった。
「レゾナは、そういう人の“揺れ”を少しだけ受け取り、整えてくれる道具です」
スクリーンには、ぶれた波形と、安定した波形。
「才能の差でも、努力の差でもありません。
その人の“今”の揺れを、ただ静かになだらかにするだけ」
ユウトは拳を握る。
「僕は派手な技術が作りたいわけじゃありません。
世界を変えるような発明なんて、きっとまだできない」
そこで一呼吸。
「それでも——」
視線がまっすぐ前へ向く。
「昨日まで諦めていた誰かが、
『できた』と笑うための光なら、僕にも作れると信じています」
静寂が会場に落ちる。
その静寂は拒絶ではなく、集中のそれだった。
◇
「開発の途中で、何度も失敗しました」
ユウトは苦笑する。
「負荷調整を誤って壁を焦がしたこともあるし、
徹夜で波形を追い続け、朝日が差しているのに気づかないほど没頭したこともあります」
工房の匂い、冷めたコーヒー、明け方の青。
それらが胸に蘇る。
「正直、“向いてないのかも”と思った日もありました」
喉が少し震える。
「でも、そのたびに思い出したんです。
——それでも使おうとしてくれる人が、必ずいるということを」
言葉が、ひとつひとつ深く沈んでいく。
「数値では優秀じゃないかもしれない。
診断では“平均以下”と書かれるかもしれない。
それでも諦めずに、マギボードを握り続ける人たちがいる」
胸に手を当てる。
「そんな人たちのために、レゾナを作りました」
◇
「僕は、光で人を並べ替えたいわけではありません」
師匠の横顔がふっと浮かぶ。
「強い光が偉くて、弱い光が劣っている……
そんな世界を作りたいわけじゃない」
拳に力が宿る。
「光は、人を縛るためじゃない。
進みたい人の背中を、少しだけ押すためにある」
ハワードの言葉が胸に重なる。
「レゾナは、そのための、小さな輪です」
スクリーンには、淡い青の安定した光。
「この輪が誰かの“もう一歩”を支えられるなら、
僕は裏方でいることを、誇りに思います」
会場の空気が変わった。
静かで、温かく、揺るぎないもの。
(……届いてる)
そう感じた。
◇
「以上が、補助魔導具です」
一拍のあと、顔を上げる。
「ご清聴、ありがとうございました」
深く頭を下げた瞬間——
世界が一秒だけ止まり、
次に、ぱち、ぱち、と小さな拍手が生まれた。
それが連鎖し、波となり、ホール全体を満たしていく。
ユウトはその音を、正面から受け止めた。
(……師匠。僕、ちゃんと話せたよ)
自分の作った、小さな光の話を。
誰かの背中を少しでも押したいという願いを。
ステージ袖へ向かいながら、ユウトはそっと手を握る。
掌には何もない。
けれど確かにあった。
——あの日、工房で見た、優しい青い光の温度が。
そしてその奥で、ユウトは気づいていなかった。
暗がりの観客席から、じっと彼を見つめていた視線の存在に——。




