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義務婚の国で、君を想う  作者: カムロ
第2章 運命を決めるルーレット
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第17話 光を届けるということ

ステージ袖に足を踏み入れた瞬間、喉の奥がきゅっと狭くなった。


 司会の声、観客のざわめき、スクリーンの光。

 さっきまで遠くから眺めていた景色が、いまは圧倒的な現実として迫ってくる。


(……本当に、僕の番が来たんだ)


 手のひらは汗で湿り、胸の奥では鼓動だけがやけに大きな音を立てていた。


「ユウトさん、次があなたです。ご準備を」


 スタッフの声が、どこか水の向こう側から聞こえた。


「……はい」


 返事だけは出るが、足は床に縫い付けられたように重い。



「それでは——補助魔導具レゾナ、開発担当のユウト・カザミさんです」


 名前が読み上げられた瞬間、照明が一斉にこちらへ向いた。

 光の道ができた。逃げ場のない一本道だ。


(行け。もう、ここまで来たんだ)


 一歩踏み出すたびに、鼓動がどくん、と跳ねる。

 マイクの前へ立つと、客席の闇と無数の視線が重くのしかかった。


 口を開く——が、


「……え、と……」


 声が、出ない。


 喉が張りつき、舌が思うように動かない。

 ひどくゆっくりした時間の中で、焦りだけが胸を刺す。


(やばい。このまま固まる……)


 視界がにじみかけたそのとき。


 ステージ脇のモニターに映る、青い波形のラインが目に入った。

 細い金属の輪。レゾナの光。


 師匠と幾度も見つめた色。


(“光は、人を縛るためじゃない。導くためにある”)


 ハワードの声が、胸の奥の深い場所へ染み込むようによみがえった。


 その瞬間、張りつめた心がわずかにほぐれた。


(……そうだ。今日は、自分を飾るために来たんじゃない)


 ユウトは深く息を吸い、ゆっくり吐き出した。


「……本日は、お時間をいただき、ありがとうございます」


 かすれた声でも、確かに前へ進む力があった。



「僕が担当した《レゾナ》は、腕輪型の補助魔導具です」


 スクリーンに映る薄いリング。

 腕時計のような形状だが、縁には淡い魔力が脈打っている。


「見た目は地味です。鈍くも光らないし、派手な効果もありません」


 そこで、少しだけ口元が緩む。


「ただひとつ。

 “魔力の揺れを、そっと整える”ことだけに特化した魔導具です」


 不規則だった波形が、レゾナの通過後になめらかに整っていく。

 映像は静かに、それでいて雄弁だった。


「魔導具は便利な道具です。

 ……けれど、その便利さに“届かない人”が、思った以上に多い」


 ユウトは客席を見渡す。


「魔力が不安定な人。

 緊張で手が震えて、うまく入力できない人。

 相性の数値を見ただけで“自分には無理だ”と思い込んでしまう人」


 一つひとつ噛みしめながら言葉を紡ぐ。


「僕は……そういう人を、支えたいと思いました」


 台本にはない。

 けれど、どうしても今、ここで言いたかった。



「魔導具は、本来その人の生活に寄り添うものです。

 〈才能がある人だけが使える道具〉ではなく、

 〈一歩踏み出したい人が安心して手を伸ばせるもの〉であってほしい」


 師匠の工房で聞いた言葉が胸の奥から響き、息に乗っていく。


「たとえば——」


 ユウトは、自分の手首にそっと触れた。

 初めてレゾナを試した日の、あの微かな熱を確かめるように。


「魔力入力にいつも失敗してしまう人がいます。

 何度やってもエラーが出て、“自分は向いていない”と諦めようとする人がいます」


 観客の気配が変わる。誰かが前のめりになった。


「レゾナは、そういう人の“揺れ”を少しだけ受け取り、整えてくれる道具です」


 スクリーンには、ぶれた波形と、安定した波形。


「才能の差でも、努力の差でもありません。

 その人の“今”の揺れを、ただ静かになだらかにするだけ」


 ユウトは拳を握る。


「僕は派手な技術が作りたいわけじゃありません。

 世界を変えるような発明なんて、きっとまだできない」


 そこで一呼吸。


「それでも——」


 視線がまっすぐ前へ向く。


「昨日まで諦めていた誰かが、

 『できた』と笑うための光なら、僕にも作れると信じています」


 静寂が会場に落ちる。

 その静寂は拒絶ではなく、集中のそれだった。



「開発の途中で、何度も失敗しました」


 ユウトは苦笑する。


「負荷調整を誤って壁を焦がしたこともあるし、

 徹夜で波形を追い続け、朝日が差しているのに気づかないほど没頭したこともあります」


 工房の匂い、冷めたコーヒー、明け方の青。

 それらが胸に蘇る。


「正直、“向いてないのかも”と思った日もありました」


 喉が少し震える。


「でも、そのたびに思い出したんです。

 ——それでも使おうとしてくれる人が、必ずいるということを」


 言葉が、ひとつひとつ深く沈んでいく。


「数値では優秀じゃないかもしれない。

 診断では“平均以下”と書かれるかもしれない。

 それでも諦めずに、マギボードを握り続ける人たちがいる」


 胸に手を当てる。


「そんな人たちのために、レゾナを作りました」



「僕は、光で人を並べ替えたいわけではありません」


 師匠の横顔がふっと浮かぶ。


「強い光が偉くて、弱い光が劣っている……

 そんな世界を作りたいわけじゃない」


 拳に力が宿る。


「光は、人を縛るためじゃない。

 進みたい人の背中を、少しだけ押すためにある」


 ハワードの言葉が胸に重なる。


「レゾナは、そのための、小さな輪です」


 スクリーンには、淡い青の安定した光。


「この輪が誰かの“もう一歩”を支えられるなら、

 僕は裏方でいることを、誇りに思います」


 会場の空気が変わった。

 静かで、温かく、揺るぎないもの。


(……届いてる)


 そう感じた。



「以上が、補助魔導具レゾナです」


 一拍のあと、顔を上げる。


「ご清聴、ありがとうございました」


 深く頭を下げた瞬間——

 世界が一秒だけ止まり、


 次に、ぱち、ぱち、と小さな拍手が生まれた。

 それが連鎖し、波となり、ホール全体を満たしていく。


 ユウトはその音を、正面から受け止めた。


(……師匠。僕、ちゃんと話せたよ)


 自分の作った、小さな光の話を。

 誰かの背中を少しでも押したいという願いを。


 ステージ袖へ向かいながら、ユウトはそっと手を握る。


 掌には何もない。

 けれど確かにあった。


 ——あの日、工房で見た、優しい青い光の温度が。


 そしてその奥で、ユウトは気づいていなかった。

 暗がりの観客席から、じっと彼を見つめていた視線の存在に——。

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