第14話 静かな観客席と、見慣れた背中
王都中央ホールの来賓用フロアは、朝から静かな熱気に包まれていた。
磨き上げられた床。
壁一面に展開された魔導スクリーン。
中央には、Λ(ラムダ)シリーズのロゴが淡く浮かび上がっている。
その一角で、ミーナは身分証を提示していた。
「魔力法務局・調査官、ミーナ・ローレンスです」
「確認しました。こちら、関係者用パスになります。
ラムダシリーズの技術文書は、三階の特設資料室で閲覧可能です」
「ありがとうございます」
淡々と答えてパスを受け取る。
動きには無駄がなく、声も落ち着いている。
――少なくとも、外側からはそう見えるように。
◇
ホールの手すり越しに、ミーナは会場を見下ろした。
巨大な魔力スクリーンには、Λシリーズのモックアップ映像。
ステージ中央では、スタッフが照明と魔力回路の確認に走り回っている。
(……ずいぶん、派手にやるのね)
心の中で小さく息を吐く。
Λ(ラムダ)シリーズ。
“従来の誤作動を理論的に封じる”――そう謳われた新型マギボード。
魔力法務局としては、
「制度の基盤になるデバイスが、どこまで安全なのか」
それを判断する必要がある。
上司ロイからの指示も、至ってシンプルだった。
――ラムダと“記録外データ”との関係を、できるかぎり把握しろ。
(……本当に、それだけなら楽なんだけど)
手すりから離れつつ、ミーナは視線を落とした。
胸元のポケットには、折りたたまれた簡易メモ。
いくつかのチェック項目と並んで、短い名前の一覧が書かれている。
その一つに、視線が止まった。
『カザミ・ユウト(ライオネル・デバイス社 技術部)』
胸の奥が、ぴくりと反応する。
(……やっぱり、同姓同名じゃないわよね)
避難訓練のとき。
出口近くで、ほんの少しだけ言葉を交わした幼馴染。
昔より背が伸びていて、表情も大人びていて。
でも、目の奥に宿る不器用な誠実さは、あの頃のままだった。
(“ユウト”って、あんな顔で笑うんだ……
あのとき、少しだけ驚いたのよね)
思い返した瞬間、ミーナは意識的に思考を切った。
(……業務に関係のない回想は、非効率)
冷静に言い聞かせる。
これは調査官としての仕事。
幼馴染がたまたま同じ会場にいる――ただそれだけ。
――そのはず、だった。
◇
三階の特設資料室は、外の喧騒が嘘のように静かだった。
魔導スクリーンにはラムダシリーズの技術仕様。
その横には関連する補助魔導具の一覧が映し出されている。
「……マギレゾナイザー。通称」
ミーナは指先で文字をなぞるように見つめた。
マギボードの魔力波形の乱れを拾い、安定化させるユニット。
婚活庁にも、テスト機が少数配備される予定だ。
(この波形補正が本物なら……
“制度の表向き”は、ずいぶん安定して見えるようになる)
けれど同時に――
(“記録外の光”は、ますます見えにくくなる可能性がある)
数字に乗らない相性。
数値化を拒む光。
かつて婚活庁を揺らした“真の相性騒動”の余波は、ミーナにも届いている。
制度を守る立場として、それを軽視することはできない。
(……だからこそ、実物を見ておく必要がある)
資料を閉じ、ミーナは立ち上がった。
そのとき、扉の向こうからスタッフが顔を出した。
「ローレンス調査官ですね?
バックヤードの魔力安定エリアで、法務局の立ち会いをお願いしたいのですが」
「分かりました。案内をお願いします」
ミーナは短くうなずき、資料室を後にした。
◇
バックヤードへ続く通路は、表の華やかさとは違う熱気に満ちていた。
魔力安定装置の唸り。
機材を運ぶ台車の音。
スタッフの短い指示の声。
一つひとつの作業が、大きな舞台の“土台”を支えている。
(こっちのほうが、まだ落ち着くわね)
派手な演出よりも、淡々とした準備の空気の方が性に合う。
そんなことを思いながら、案内役の後をついていく。
「ラムダシリーズの事前起動試験で、
補助魔導具との連携ログを確認していただきたくて」
「レゾナとの併用テストですね?」
「はい。技術部の方が今、最終調整をしていて――
ちょうどこの先の区画です」
通路の角を曲がり、そして。
ミーナの足が、ふっと止まった。
◇
魔力安定エリアの一角。
ラックに並ぶラムダシリーズのボード。
その隣に設置されたレゾナのユニット群。
――そして、その前で端末に向かっている後ろ姿。
体の傾け方。
魔力波形を読むとき、癖のように指先でリズムをとる動き。
測定器に触れる前に、必ず一度だけ深く息を整える仕草。
(……この“間”)
ミーナの胸が、わずかに反応した。
何百人と技術者を見てきたが、
この独特の“準備の間”を取る人間を、彼女は一人しか知らない。
幼い頃、壊れかけの魔導ラジオに向かっていた少年。
慎重で、丁寧で、手元に全集中してしまうあの感じ。
(落ち着きなさい。ただの癖。似ているだけ)
そう言い聞かせても、視線は自然と彼に引き寄せられていた。
調整をしていた技術者が、端末から顔を上げる。
横顔が、はっきりと見えた。
真剣なときの、少し険しい眉。
測定値を読むとき、癖のように口元を引き結ぶ表情。
壊れかけの魔導ラジオに向かっていた少年の面影が、そこに重なる。
(……やっぱり)
ミーナは、胸の奥で小さく息を呑んだ。
「ローレンス調査官?」
案内役のスタッフが、不思議そうに振り返る。
ミーナは冷静な表情に戻るまで、ほんの一瞬だけ間を要した。
「……いえ。こちらで間違いありませんね?」
「はい。技術部のカザミさんに状況をご説明します」
スタッフが一歩前に出る。
それより早く、ミーナは静かに息を吸った。
(ユウト)
心の中で、その名を呼ぶ。
今度は、声に出す番だ。
「――ユウト」
音にする直前、喉がほんのわずか震えた。
それでも、声は確かに前へと出ていく。
幼馴染として。
調査官として。
そして、そのどれでも説明できない“誰か”として。
彼女の声が届いた瞬間――
ユウトの肩が、わずかに跳ねた。
その続きは、まだ誰も知らない。




