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義務婚の国で、君を想う  作者: カムロ
第2章 運命を決めるルーレット
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第14話 静かな観客席と、見慣れた背中

王都中央ホールの来賓用フロアは、朝から静かな熱気に包まれていた。


 磨き上げられた床。

 壁一面に展開された魔導スクリーン。

 中央には、Λ(ラムダ)シリーズのロゴが淡く浮かび上がっている。


 その一角で、ミーナは身分証を提示していた。


「魔力法務局・調査官、ミーナ・ローレンスです」


「確認しました。こちら、関係者用パスになります。

 ラムダシリーズの技術文書は、三階の特設資料室で閲覧可能です」


「ありがとうございます」


 淡々と答えてパスを受け取る。

 動きには無駄がなく、声も落ち着いている。


 ――少なくとも、外側からはそう見えるように。



 ホールの手すり越しに、ミーナは会場を見下ろした。


 巨大な魔力スクリーンには、Λシリーズのモックアップ映像。

 ステージ中央では、スタッフが照明と魔力回路の確認に走り回っている。


(……ずいぶん、派手にやるのね)


 心の中で小さく息を吐く。


 Λ(ラムダ)シリーズ。

 “従来の誤作動を理論的に封じる”――そう謳われた新型マギボード。


 魔力法務局としては、

「制度の基盤になるデバイスが、どこまで安全なのか」

それを判断する必要がある。


 上司ロイからの指示も、至ってシンプルだった。


 ――ラムダと“記録外データ”との関係を、できるかぎり把握しろ。


(……本当に、それだけなら楽なんだけど)


 手すりから離れつつ、ミーナは視線を落とした。


 胸元のポケットには、折りたたまれた簡易メモ。

 いくつかのチェック項目と並んで、短い名前の一覧が書かれている。


 その一つに、視線が止まった。


『カザミ・ユウト(ライオネル・デバイス社 技術部)』


 胸の奥が、ぴくりと反応する。


(……やっぱり、同姓同名じゃないわよね)


 避難訓練のとき。

 出口近くで、ほんの少しだけ言葉を交わした幼馴染。


 昔より背が伸びていて、表情も大人びていて。

 でも、目の奥に宿る不器用な誠実さは、あの頃のままだった。


(“ユウト”って、あんな顔で笑うんだ……

 あのとき、少しだけ驚いたのよね)


 思い返した瞬間、ミーナは意識的に思考を切った。


(……業務に関係のない回想は、非効率)


 冷静に言い聞かせる。


 これは調査官としての仕事。

 幼馴染がたまたま同じ会場にいる――ただそれだけ。


 ――そのはず、だった。



 三階の特設資料室は、外の喧騒が嘘のように静かだった。


 魔導スクリーンにはラムダシリーズの技術仕様。

 その横には関連する補助魔導具の一覧が映し出されている。


「……マギレゾナイザー。通称レゾナ


 ミーナは指先で文字をなぞるように見つめた。


 マギボードの魔力波形の乱れを拾い、安定化させるユニット。

 婚活庁にも、テスト機が少数配備される予定だ。


(この波形補正が本物なら……

 “制度の表向き”は、ずいぶん安定して見えるようになる)


 けれど同時に――


(“記録外の光”は、ますます見えにくくなる可能性がある)


 数字に乗らない相性。

 数値化を拒む光。


 かつて婚活庁を揺らした“真の相性騒動”の余波は、ミーナにも届いている。


 制度を守る立場として、それを軽視することはできない。


(……だからこそ、実物を見ておく必要がある)


 資料を閉じ、ミーナは立ち上がった。


 そのとき、扉の向こうからスタッフが顔を出した。


「ローレンス調査官ですね?

 バックヤードの魔力安定エリアで、法務局の立ち会いをお願いしたいのですが」


「分かりました。案内をお願いします」


 ミーナは短くうなずき、資料室を後にした。



 バックヤードへ続く通路は、表の華やかさとは違う熱気に満ちていた。


 魔力安定装置の唸り。

 機材を運ぶ台車の音。

 スタッフの短い指示の声。


 一つひとつの作業が、大きな舞台の“土台”を支えている。


(こっちのほうが、まだ落ち着くわね)


 派手な演出よりも、淡々とした準備の空気の方が性に合う。

 そんなことを思いながら、案内役の後をついていく。


「ラムダシリーズの事前起動試験で、

 補助魔導具との連携ログを確認していただきたくて」


「レゾナとの併用テストですね?」


「はい。技術部の方が今、最終調整をしていて――

 ちょうどこの先の区画です」


 通路の角を曲がり、そして。


 ミーナの足が、ふっと止まった。



 魔力安定エリアの一角。

 ラックに並ぶラムダシリーズのボード。

 その隣に設置されたレゾナのユニット群。


 ――そして、その前で端末に向かっている後ろ姿。


 体の傾け方。

 魔力波形を読むとき、癖のように指先でリズムをとる動き。

 測定器に触れる前に、必ず一度だけ深く息を整える仕草。


(……この“間”)


 ミーナの胸が、わずかに反応した。


 何百人と技術者を見てきたが、

 この独特の“準備の間”を取る人間を、彼女は一人しか知らない。


 幼い頃、壊れかけの魔導ラジオに向かっていた少年。

 慎重で、丁寧で、手元に全集中してしまうあの感じ。


(落ち着きなさい。ただの癖。似ているだけ)


 そう言い聞かせても、視線は自然と彼に引き寄せられていた。


 調整をしていた技術者が、端末から顔を上げる。


 横顔が、はっきりと見えた。


 真剣なときの、少し険しい眉。

 測定値を読むとき、癖のように口元を引き結ぶ表情。


 壊れかけの魔導ラジオに向かっていた少年の面影が、そこに重なる。


(……やっぱり)


 ミーナは、胸の奥で小さく息を呑んだ。


「ローレンス調査官?」


 案内役のスタッフが、不思議そうに振り返る。


 ミーナは冷静な表情に戻るまで、ほんの一瞬だけ間を要した。


「……いえ。こちらで間違いありませんね?」


「はい。技術部のカザミさんに状況をご説明します」


 スタッフが一歩前に出る。


 それより早く、ミーナは静かに息を吸った。


(ユウト)


 心の中で、その名を呼ぶ。


 今度は、声に出す番だ。


「――ユウト」


 音にする直前、喉がほんのわずか震えた。

 それでも、声は確かに前へと出ていく。


 幼馴染として。

 調査官として。

 そして、そのどれでも説明できない“誰か”として。


 彼女の声が届いた瞬間――

 ユウトの肩が、わずかに跳ねた。


 その続きは、まだ誰も知らない。

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