第11話 巨大な会場と、突然の呼び出し
会場の裏口は、想像していたよりずっと広かった。
魔力機材を運び込むスタッフ。
来賓用フロアを整える係。
天井近くで巨大スクリーンの映像を最終調整している技術班。
そのすべてが、〈ライオネル・デバイス社〉という巨大企業の本気を物語っていた。
「……すごいな。映像で見るのと、全然違う」
思わず漏れた独り言に、隣のアイラが小さく笑う。
「先輩、完全に“見学ツアーの人”みたいな顔してますよ」
「初めてなんだから、仕方ないだろ……」
「私は、先輩が緊張しすぎて途中で倒れないかだけ心配してます」
「倒れないって。たぶん」
「“たぶん”はいりません。確定でお願いします」
軽い会話のラリー。
それだけで、胸の奥のこわばりが少しほぐれていく。
◇
スタッフ用通路を抜けると、プレゼン参加者用の待機エリアに出た。
壁一面の魔導スクリーンにはプログラムが表示され、
係の人間が次々と時間と順番を確認している。
魔力安定装置の出力をチェックする技術者。
全体進行を仕切る監督役。
どこを見ても、“失敗を許さない空気”が漂っていた。
(……ここで、話すのか。僕も)
喉が、ひゅっと細くなる。
そんなとき、袖口をちょん、と引っ張られた。
「先輩」
「……ん?」
「大丈夫ですよ」
アイラは、いつもの軽口より少しだけ真面目な声で言った。
「レゾナの波形、最後まで追い込んだの先輩じゃないですか。
あれ、本当に地味にすごいことなんですよ?」
「地味って言うなよ……」
「褒めてます。全力で褒めてます」
そう言って、アイラは小さくうなずく。
「自信なくなったら、“あの時の調整作業”を思い出してください。
あれをやれた人なら、今日のプレゼンぐらい平気です」
「……アイラ」
「はい?」
「ありがとな。だいぶマシになった」
「どういたしまして。先輩専属の緊張ほぐし係なので」
「そんな係、正式には存在しないけどな」
「今ここに設立しました」
ふっと笑い合った、そのタイミングだった。
◇
「アイラ・ハートさん? 技術資料の確認、お願いできますか」
近くにいた女性スタッフが声をかけてくる。
「あっ、はい! すぐ行きます!」
アイラはくるりとこちらを振り返った。
「先輩、ちょっとだけ離れますね。……絶対に迷子にならないでくださいよ?」
「ならないよ」
「さっき裏口で『右? 左? どっち?』って言ってた人の言葉とは思えませんけど?」
「あれは構造が分かりづらかっただけで……」
「はいはい、その言い訳はあとでちゃんと聞きます」
くすっと笑って、アイラは軽く手を振る。
「じゃ、行ってきます。深呼吸、忘れないでくださいね」
「ああ」
そうして彼女はスタッフに案内され、通路の奥へと消えていった。
さっきまで騒がしかった周囲の音が、急に遠くなる気がした。
◇
一人になると、緊張が戻ってくる。
(……深呼吸、か)
アイラの言葉を思い出し、鼻からゆっくり息を吸って、口から吐く。
胸の奥で、鼓動がどこか不規則に跳ねた。
(大丈夫だ。やることは決まってる。
レゾナの仕組みと、ラムダシリーズとの連携。
それを落ち着いて話すだけ――)
(ここまで来たんだ。逃げる理由は、もうない)
そう思った、そのとき。
「……ユウトさん?」
背中に、静かな声が落ちた。
柔らかくて、少し低めで、どこか懐かしい響き。
振り返らなくても、誰かは分かる。
暗闇の通路で、何度も心の中でその声を反芻した。
(……フレイさん)
鼓動が、さっきまでとは別の意味で、大きく跳ねる。
ゆっくりと振り向いた先で――
赤みを帯びた髪を揺らしながら、
婚活庁の制服に身を包んだフレイが、静かに僕を見つめていた。
再会は、本当に、いつだって前触れもなくやってくる。




