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義務婚の国で、君を想う  作者: カムロ
第2章 運命を決めるルーレット
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第10話 車内の緊張と、小さな応援

 発表会当日の朝。

 澄んだ空気の中を走る車のエンジン音が、いつもより少しだけ大きく聞こえた。


 僕とアイラは郊外の駐車場で落ち合い、そこから会場へ向けて出発した。


「……先輩、さっきから“息をしてるフリ”してません?」


「してるよ。普通にしてる」


「いやいや、呼吸が“隠密モード”です。緊張すると消えるんですよね、先輩の呼吸」


「そんな仕様は搭載されてない」


 冗談めかして言っているようで、アイラはじっと僕の横顔を観察している。


「はい確認。耳、赤いです」


「……うそだろ」


「ほんとですよ? ほら、鏡」


 バックミラーに映った自分の耳は、確かにほんのり色づいていた。


「これは……気温のせいだ」


「今日17度ですよ。室内はもっと低いです。気温のせいにするのは苦しいですね」


「観測やめろ……」


 アイラはくすりと笑い、シートに軽く背を預けた。



 街道の向こうでは露店の旗が揺れ、街路樹の枝葉がゆるやかに風を受けている。

 車内は静かだが、その静けさが逆に鼓動を強調している気がした。


「先輩って、こういう大舞台苦手ですよね」


「……まあ、表に立つのは避けてきたし」


「でも、今日の《レゾナ》は先輩がいなかったら完成してなかったんですよ?」


「いや、僕は調整を少し手伝っただけで――」


「また出た。“はいはい僕なんて”先輩」


「そんなシリーズ名ついてたのか……」


 アイラは両手を組み、小さく笑った。


「でも、私知ってます。

 先輩って、自分の仕事を軽く言うクセあるけど、本当は誰より丁寧で、誰より粘る人です。」


「……勝手にハードル上げないでほしいんだけど」


「事実なので上げてません」


 さらりと言ってのけるその声は、妙に優しかった。


「……緊張してるの、バレてる?」


「はい。100%。呼吸・耳の赤み・無駄に多い前方確認、全部緊張のサインです」


「そんな細かい分析いらないから……」


「分析しないと落ち着かないんですよ、私も」


「アイラも緊張してるの?」


「そりゃそうですよ。

 先輩のプレゼン、私も観たいし……失敗したら一緒に恥ずかしいですし」


「最後の理由いらない」


 でも、少し笑った。

 その笑いにつられるように、胸の強張りがほんの少しだけ緩む。


「――それにね、先輩」


 アイラの声が柔らかく落ちた。


「今日の先輩、絶対かっこいいですよ。

 ……あ、はい今のは聞き流してください。恥ずかしいので」


「いや、今のは……」


「聞き流してくださーい!」


 遮るように言いながら、アイラは窓の外へ視線を向けた。

 横顔がほんの少し赤い。


(……何なんだ、今日のアイラ)


 でも不思議と、胸のざわつきは悪くなかった。



 やがて巨大なビル群が見え始める。

 外壁全体を覆う魔力スクリーンが、青白い光を揺らしながら文字を映し出す。


 〈ライオネル・デバイス社

  新型魔導具・特別発表会〉


 近づくにつれ、ビルの存在感が圧倒的に迫ってくる。


「……でかいな」


「ですよね。ここ毎年見てますけど、来るたび圧が増してません?」


「建物が成長するわけないだろ……」


「じゃあ私たちが縮んでるんですかね?」


「そんなファンタジー現象は起きてない」


「会話できてるってことは、先輩の緊張が少し解けてきましたね」


 アイラは満足げに頷く。


 車を駐車場に停め、エンジンを切ると、車内に静かな空気が満ちた。


「……先輩」


 ドアに手をかけようとした僕を、アイラが呼び止めた。


 振り向くと、彼女は少しだけ真面目な表情をしていた。


「大丈夫です。

 先輩は、やる時はちゃんとやる人です。

 それ、私が保証します」


「……どんな保証だよ」


「世界でいちばん先輩を見てきた後輩の保証です」


 静かな言葉が胸に落ちる。

 息が、一瞬だけ深くなった。


「……ありがとう。行くよ」


「はい。堂々と、先輩らしく」


 車のドアを開いた瞬間、

 冷たい風とともに、背筋が真っすぐ伸びるような緊張が走った。


 アイラと並んで歩き出す。


 ――この先で、何が起きるかはまだ知らない。


 でも確かに、今日が“小さな転機”になる予感がしていた。


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