第9話 ふたりでランチと、少しのトクベツ
昼食時が近づいたころ、アイラが時計をちらりと見た。
「先輩、そろそろお昼じゃないですか?」
「ああ、たしかに。……じゃあ、今日はアイラに奢らせてほしい」
「えっ、先輩からのお誘い? これは事件ですね。婚活庁に報告します?」
「なんでだよ。服選んでくれたお礼だよ」
「ふふ、冗談です。……ありがとうございます」
アイラは口元を押さえて笑ったが、ほんの少しだけ頬がゆるんでいた。
◇
僕が選んだ店は、普段の僕なら絶対に入らないような、おしゃれなカフェレストランだった。
白を基調とした内装。 柔らかい魔力灯。 ふわっと甘い香り。
明らかに“デート向き”。
「……先輩、本当にここに入るんですか?」
「だめだった?」
「だめじゃないです。だめじゃないですけど……え、いつからこういう店知ってたんですか?」
「いや、たまたま見つけただけ」
「たまたまでこのチョイス? やっぱり先輩、隠れモテ……」
「違うってば」
アイラはクスクス笑って席に着いた。
◇
料理が運ばれてくると、アイラは目を輝かせた。
「わぁ……美味しそう……!」
「そんなに?」
「そんなに、です! しかも先輩のおごり……最高ですね!」
「そこ強調する?」
「大事なとこなので」
素直で、楽しそうで。 いつもより表情が明るい。
食事中も会話が途切れなかった。
「職場での先輩、もっと無口なのに」
「いや、普段から喋ってるだろ」
「喋ってるうちに入りません。三倍しゃべってください」
「それ職場崩壊するだろ」
「じゃあ二倍で許します」
軽口のキャッチボールが続き、気づけば食事はあっという間に終わっていた。
◇
食後はモール内をあちこち見て回った。
雑貨店でアイラが子犬柄のマグカップを見つけて嬉しそうにしたり、 試しに使った最新魔導ブラシに目を輝かせたり、 期間限定ショップの試飲をもらってはしゃいだり――
「先輩、これ可愛くないですか!?」 「いや、そのマスコット……どこに飾るつもりだよ」 「先輩のデスクです!」 「置かないって」
そんなやり取りが何度も続いた。
アイラはいつも以上に楽しそうだった。
笑い声も、表情も、歩くテンポも―― どれも軽くて、眩しいくらいで。
(……こんなに表情変わるんだな、こいつ)
僕がそんなことを考えているとは知らず、 アイラは時々こちらを見ては、小さく満足そうに笑っていた。
◇
モールを出るころには、空は夕暮れ色に染まり始めていた。
「そろそろ暗くなるし、帰った方がいいか」
「あ……そう、ですね」
一瞬だけ、アイラの声が小さくなる。
「名残惜しそうだな」
「そ、そんなことないですっ。……ないですけど……」
ごにょごにょと視線をそらし、 それでも最後には、いつもの明るさで笑った。
「今日はすっごく楽しかったです、先輩。 ……ありがとうございました」
「こちらこそ。助かったよ」
「いえいえ、まだまだ“アイラサポート”は続きますからね!」
軽く手を振って、アイラは帰っていった。
僕は小さなため息をひとつつきながら空を仰ぐ。
(……なんだったんだろう、今日)
理由は分からない。 でも確実に言えることがある。
――アイラは、ずっと楽しそうに笑っていた。
その笑顔が、妙に胸に残ったままだった。




