第8話 試着室のカーテンが開くとき
「じゃあ……行きましょうか、先輩」
アイラが歩き出す。
コンタクトのせいなのか、横顔がやけに大人びて見えた。
(……いや、気のせいだろ)
そう言い聞かせつつ、僕はそのあとをついていく。
◇
王都中心街にある大型モール。
魔導具、衣料、雑貨、飲食――なんでもそろう巨大施設だ。
アイラはいつもより歩幅が小さい。
けれど軽やかで、楽しそうで、どこか控えめでもあった。
「先輩。今日は“仕事用の服”が目的なので……シンプルで清潔感があって、ラムダシリーズの会場に出しても恥ずかしくないやつを選びます」
「そんなに気合い入れるイベントか?」
「入れます。全員入れます。会社も全力です」
「そ、そうなのか」
アイラは真面目に言うが、歩く足取りは少し弾んでいた。
「あと……先輩はシルエットが綺麗に出る服が似合う気がするので」
「え?」
「い、いえ! なんでもないです!」
照れを誤魔化すみたいに、アイラはそそくさと店に入っていった。
僕はよく分からないまま、そのあとに続いた。
◇
紳士服のショップ。
「先輩、これとかどうでしょう」
アイラが取り出したのは、落ち着いたネイビーのジャケットと白いシャツ。
「こういう服、着たことあります?」
「ない。式典用だろ、これ……」
「式典じゃなくても、プレゼンは“顔”になるので」
布地を指でつまんで質感を確かめるアイラの手つきが、妙に丁寧だ。
「ここのラインが綺麗で……肩幅も先輩に合いそうです」
「そんなに分かるのか?」
「毎日見てますから」
「え?」
「っ……仕事で! 同じ部署で! そういう意味ですから!」
アイラは真っ赤になって固まった。
(なんでそんなに慌ててるんだ……?)
とりあえず、言われた通り試着室へ向かう。
◇
カーテンを開けた瞬間、アイラの視線が吸い寄せられるように僕を見た。
「どう、かな」
僕としては、ただのジャケット姿のつもりだったが――
「……」
「アイラ?」
「……似合いすぎです」
「に、にあ……?」
アイラは慌てて姿勢を正し、真面目な声で言い直す。
「す、すみません。えっと……先輩、その……意外とジャケットが……その……」
言葉は途中で消えたが、頬はほんのり赤い。
「似合います。これは採用です」
「は、はい」
「あと……袖を少し折るとバランスが良くなるんですけど」
そう言うと、アイラはそっと僕の腕へ伸ばし――
指先が、シャツの袖口に触れた。
「あ……」
「ご、ごめんなさい! 触るつもりじゃ……その……!」
「い、いや。問題ないけど……」
距離が近い。
職場ではこんなこと、なかったはずだ。
「えっと……続き、見ますね」
すぐに距離を取り、深呼吸するアイラ。
その耳が、ほんのり赤い。
(なんだこれ……)
僕は袖を見て、小さくため息をついた。
(服選ぶだけでこんなに疲れるものか……?)
でも――
アイラが嬉しそうにしているのを見ると、悪い気分ではなかった。
「先輩、次はネクタイ選びです!」
アイラがぴょこっと顔をのぞかせ、ふわりと笑う。
「……了解」
こうして僕とアイラの初めての休日は、
不思議なほど穏やかに進んでいった。




