第6話 巨大企業と、服がない問題
Λ(ラムダ)シリーズ。
ライオネル・デバイス社が総力を挙げて開発した最新マギボード。
魔力反応の安定性を桁違いに改善し、
“従来の誤作動を理論的に封じる”とまで噂される、
国家プロジェクト級の革新だ。
世界最大の魔導具メーカー――
〈ライオネル・デバイス社〉。
魔力医療、魔力通信、魔導防衛に至るまでその影響力は計り知れず、
王族・国家機関までもが同社製品を使用するほど信頼されている。
そして一週間後には、
ついに新型ボードのお披露目となる発表会が開かれる。
……本来なら、僕には遠い世界の話のはずだった。
◇
「で、先輩? “発表会に出席”って連絡、見ました?」
朝の開発フロア。
僕が作業机に荷物を置いた瞬間、横から椅子がすべるように入り込んできた。
ライトブラウンのショートボブ。
メガネの奥の瞳が、期待とも好奇心ともつかない光を宿している。
アイラだ。
「……おはよう、アイラ」
「おはようございます。で、見ました?」
返事より先に二度目の質問。
完全に本題が挨拶より優先されている。
「……見たよ。でもさ……なんで僕が?」
アイラは自分の端末をくるっと回し、僕の目の前に突きつけた。
「ほらこれ。《補助魔導具〈マギレゾナイザー〉開発協力者として》」
「いや、僕は調整を少し手伝っただけで……」
「“少し”って、どの口が言うんですか?」
椅子をキュッと僕の机に近づけ、メガネのレンズが光る。
「先輩が波形乱れの原因を見つけて、
安定化処理のシーケンスを書き換えたから採用されたんですよ?」
「いや、それは……偶然で……」
「偶然は努力した人にだけ味方するんです」
「名言風に言えば何でも通ると思うなよ」
アイラは満足そうに腕を組んだ。
マギレゾナイザー――通称。
手首に装着し、マギボードの魔力波形を整える安定化ユニットだ。
たしかに僕が波形の“歪み”を見つけたことで改良の方向性が固まり、
結果としてラムダシリーズの性能向上につながった。
「でも……僕が前に出る必要はないだろ?
目立たない場所で調整してる方が性に合ってるよ」
「出ます。出させます。決定事項です」
「なんでそんなに強気なんだ……」
アイラは椅子の背に肘をかけ、楽しそうに笑った。
「だって先輩、発表会って“会社の顔”なんですよ?
そこにヨレヨレのシャツの技術者がいたらどうなります?」
「よ、ヨレてないよ……たぶん」
「たぶん、って言っちゃう時点でアウトです」
机の上にある工具箱をちらりと見るアイラ。
「というわけで――」
あ、この流れはダメなやつだ。
「休日、服を買いに行きます」
「…………はい?」
「一週間後の発表会に向けて、先輩の外見をアップデートします」
ぱん、と手帳を閉じる音が、妙に響いた。
「拒否権はありません」
「いやいやいや、アイラさん? 僕は別に――」
「別に? はい出ました、“技術者あるある”その1。
“服は素材の色違いで充分だと思っている”」
「ちょっと待て、僕そんなこと――」
「その2。“髪型は自然乾燥でいいと思っている”」
「アイラ……?」
「その3。“なんなら発表会も作業着でいいと思っている”」
「思ってない! さすがに思ってないよ!」
「じゃあ買い物、決まりですね。よかった〜」
完全にペースを握られた。
アイラは満足げに深呼吸し、少し柔らかい声で続けた。
「……だって先輩、せっかく自分の成果が発表されるんですよ?」
その言葉には、ほんのりと真剣さが滲んでいた。
「自分の仕事が認められるの、悪い気はしませんよね?」
「……まあ、それは……」
たしかに。
工程表や波形ログの隅に小さく名前が載るだけの仕事ばかりだった。
だからこそ、こういう舞台は照れくさいけれど……悪くないのかもしれない。
「じゃあ、休日はよろしくお願いしますね。
“ユウト先輩の外見革命プロジェクト”、始動です」
どこか誇らしげに宣言するアイラに、僕はつい笑ってしまった。
(……なんでこうなったんだ)
頭を抱えながらも、
どこかで“まあ、仕方ないか”と諦めている自分がいた。




