第5話 朝から尋問モードの後輩
「で? 先輩。昨日の“避難訓練婚活”、結局どうだったんです?」
朝の開発フロアの片隅。
僕がいつもの作業机に腰を下ろした瞬間、隣の椅子が“すーっ”と横滑りしてきた。
ライトブラウンのショートボブが揺れ、
メガネの奥の瞳が、完全に“聞くまで帰さない”テンションでこちらを射抜いてくる。
アイラだ。
「……おはよう、アイラ。まずは挨拶からにしない?」
「おはようございます。で、どうだったんです?」
「早いな……」
「だって気になるじゃないですか。
『暗闇』『手をつなぐ』『婚活庁主催』ですよ? 怪しさフルコースですよ?」
「いや訓練だからな? フルコースではない」
「じゃあ、前菜からデザートまで全部教えてください」
「今うまいこと言おうとしたろ」
観念して、工具箱のふたをそっと閉める。
この様子だと、ある程度話しておかないと仕事にならない。
「……まあ、暗くてさ。
魔力灯はほとんど消されてて、床のラインだけ光ってて」
「ふむふむ」
「最初に腕を掴まれて、手をつないで進んで……段差もあって、それなりに怖かったよ」
「“それなりに”って、“ちょっと頼りたくなるレベル”のやつですよね?」
「言い方……」
「で、その、お相手はどんな方だったんです?」
アイラが椅子ごと、じりじり距離を詰めてくる。近い。
「落ち着いた人だったよ。声も小さめで、でも気遣いが細かくて。
段差とか、ちゃんと教えてくれて」
「ほぉ〜〜……」
メガネがきらりと光る。嫌な予感しかしない。
「……なに」
「先輩、今ちょっと顔ゆるみました」
「ゆるんでない」
「はい、否定が早い。クロですね」
「何の裁判だよ」
アイラはくすくす笑いながら、さらに身を乗り出した。
距離感ゼロ。机じゃなかったら、もっと下がってほしいレベルだ。
「で、噂の“水筒の件”は?」
「誰から噂が回ってるんだよ……」
「同じ部署の人、何人か参加してましたからね。
“水筒がひとつしかなかった”って話だけ、もう社内に広まってます」
「情報伝達早すぎない……?」
「で? 実際は?」
ごまかしても無駄そうなので、ため息を落とす。
「……途中の給水ポイントで、水筒が一個だけ置いてあったんだよ。
『パートナーと協力して水分補給を』って書いてあって」
「うわぁ、婚活庁ノリノリですね」
「で、譲り合って向こうが先に飲んで、僕が受け取って……それだけだよ」
「それだけ、って言いながら目線そらしましたよね?」
「気のせいだ」
「……間接キスになった瞬間、ちょっと意識しました?」
「…………訓練に集中してたよ」
自分でも、少し間があった自覚はある。
「今、ちょっと間が空きましたね」
アイラは椅子の背にもたれ、深々とうなずいた。
「ふむふむ。暗闇、手つなぎ、水筒、間接キス。
やっぱり制度ってラブコメなんですね」
「国の根幹をそんなジャンルでまとめるな」
「でも先輩、楽しそうに話してましたよ?」
「……怖かったんだよ、普通に」
「“普通に怖い”でそのテンションなら、だいぶ楽しんでますよ」
勝手にまとめられていく。
この後輩、仕事はできるのに、僕の扱いだけ雑だ。
(……本当にただの“訓練”で済めばよかったんだけどな)
胸の奥で小さく、そんな言葉が渦を巻いた。




