第3話 光の中で
低く響くアナウンスが、通路を震わせた。
『避難訓練は終了しました。 足元にご注意のうえ、その場でお待ちください』
消えていた魔力灯がぱち、ぱち、と順に点灯していく。
暗闇に慣れきっていた目に光が刺さり、 僕は反射的にまばたきした。
ゆっくり離れていく指先。
そこには、ほんの少しだけ温度が残っていた。
(……なんだ、この感じ)
胸の奥が、さっきより静かに熱い。
「……大丈夫でしたか?」
光の中に姿を現した女性――フレイさんが、 そっと僕を見上げていた。
赤みのある柔らかい髪が肩で揺れ、 静かな瞳は、暗闇では想像できなかったほど澄んでいる。
(こんな綺麗な人だったんだ……)
声と気配だけの存在だった“誰か”が、 一瞬で“フレイという人”へ形を持った瞬間だった。
「あ、はい。フレイさんこそ……」
「ええ。あなたが声をかけてくれたので、助かりました」
控えめな微笑み。
その柔らかさが、胸にじんわりと染みてくる。
「えっと、改めて……
僕はユウト・カザミといいます」
「フレイ・アステルです。よろしくお願いします、ユウトさん」
その声は落ち着きがあって、
どこか少し照れていて——
僕の心臓は、つい大きく跳ねた。
◇
『退出はペアごとにお願いします』
職員の声に促され、そのまま並んで廊下を歩く。
薄い紫の魔力灯が足元を照らし、 訓練中の緊張が徐々に溶けていくのが分かる。
「暗闇、思ったより怖かったですよね」
「はい……でも、その……ユウトさんがいたので」
フレイさんは恥ずかしそうに視線を落とした。
「それに……水筒は反則でしたね」
「本当に……あれは心臓に悪いです」
ふたりで小さく笑い合う。
この空気は、訓練中にはなかったものだ。
◇
出口前のスロープに差しかかったところで、 フレイさんがふっと足を止めた。
「……あの、ユウトさん」
「はい?」
「今日は……その。ありがとうございました」
頬が、少しだけ赤い。
胸の奥が、不意に熱くなる。
「こちらこそです。同じペアで良かったです」
言った瞬間、自分でも驚くほど心臓が跳ねた。
フレイさんは目を瞬かせ、 それからふわりと笑う。
「……はい。また、どこかで」
その微笑みは優しくて、柔らかくて、
間違いなく僕の心に残った。
◇
「…………あれ?」
急に視線を感じて振り返った。
少し離れた場所。
金色の髪が、魔力灯の下で静かに光を返している。
すらりとしたシルエット。
落ち着いた佇まい。
どこか懐かしい目元。
(……誰だ?)
記憶のどこかを揺らすような気配。
その女性は、僕とフレイを見つめたまま、 ゆっくりと口を開いた。
「……ユウト、なの?」
声を聞いた瞬間、胸の奥がくっと締まる。
この声を、忘れるわけがない。
「……ミーナ?」
幼馴染。
何年も会っていなかったはずの。
ミーナ・ローレンスは、目をわずかに見開いた。
「やっぱり……ユウト、だったんだ」
その一言が、
静かに、しかし確実に——
物語の次の扉を開いた。




