第2話 抽選ルーレットの前で
昨日の朝。
玄関の魔力ポストを開けたとき、ひときわ白い封筒が静かに落ちてきた。
差出人は——
《婚活庁・婚姻適性対策課》
……嫌な予感しかしない。
封を切ると、淡い光が広がり、浮かび上がった文字が僕を睨んだ。
> 《ユウト・カザミ様
婚活イベント(避難訓練)への参加が決定しました》
「うわぁ……本当に来ちゃったよ」
思わずソファにへたり込む。
この国、〈ルシオン〉では——
二十五歳を過ぎると、誰もが婚活庁の“対象者”になる。
適性検査、相性測定、イベントへの強制参加。
それを繰り返しながら、国にとって“安定した組み合わせ”を探される。
愛のためではなく。
国家のために。
半世紀前の“少子化の危機”以来、
そういう建前で制度は組み直されてきた。
そのやり方に、
最近ようやく「本当にこれでいいのか?」と言う人も出てきた。
“義務婚”だけじゃなくて“選ぶ婚”もあっていいんじゃないか——
そんな言葉が市場の噂話レベルで飛び交うようになったのも、ここ数年のことだ。
きっかけになったのは、婚活庁で起きたある騒動。
“真の相性騒動”と、街では半ば笑い話のように呼ばれている。
数値に乗らない光。
記録できない相性。
制度外の“ぬくもり”。
その詳細を知る者は少ないが、
あの事件以来、婚活庁も表向きだけは
「多様な光を尊重します」と言い始めた。
——その結果が、これだ。
通知書の下部には、イベント内容がしっかりと書かれている。
> 《参加イベント:避難訓練婚活・第七期》
《目的:危機状況下における魔力共鳴と恋愛適性の測定》
「……名前からしてロクでもない」
よりによって避難訓練。
華やかなパーティーでもなく、
魔力相性診断お見合い会でもなく、
暗闇で汗だくになるイベントを引き当てたらしい。
◇
工房に着いても、通知書のことが頭から離れなかった。
僕の仕事はマギボード技師だ。
婚活庁を含む各施設から預かったマギボードを調整し、
魔力回路が安定しているか確認する。
新型マギボードの動作確認。
エラー率、魔力回路の反応、発光の強度——
朝からそんなチェックを繰り返していた。
〈ルシオン〉では、
マギボードの光が弱いと、通信も相性判定も弾かれる。
つまり、
「魔力が不安定な者は、誰とも結ばれにくい」
——それがこの社会の常識だ。
数年前、この国を揺るがす“マギボード不具合事件”があった。
複数のマギボードが同時に誤作動し、
相性値が狂い、婚約が大量に破談した。
中心には、強い魔力を持つ男女がいたらしい。
数値に乗らない光。
記録外の相性。
あの“真の相性騒動”の正式な資料は、一般には公開されていない。
ただ、その余波だけはここにも届いている。
事件をきっかけに、
〈ルシオン〉はマギボードを国家管理制に移行した。
法案が見直され、
婚活制度は今のような“強制イベント方式”へと再編された。
(だから今の婚活は、
ほとんどマギボードと制度に振り回される仕組みになっている)
技師として、それはよく分かっていた。
分かっているからこそ、少しだけモヤモヤする。
「……光が強ければ幸福になれる、か」
誰かが書いた標語を思い出しながら、
僕は調整を終えたマギボードをラックに戻した。
◇
夕方。
指定された会場へ向かうと、灰色の巨大な建物が視界に飛び込んできた。
魔力素材で組まれた外壁は光を吸い込み、
全体的に重たい雰囲気をまとっている。
入口脇のパネルには、光る文字が浮かんでいた。
> 《特設・避難訓練広場》
《婚活庁主催:心拍・魔力共鳴測定プログラム》
(……本当にここで婚活するの?)
華やかな飾り付けもなければ、音楽も流れていない。
訓練施設と言われた方がまだしっくりくる。
受付前にはすでに数人の男女が並んでいた。
皆、一様に硬い表情をしている。
そりゃそうだ。暗闇で初対面の異性と手をつないで歩かされるのだから。
列の最後尾に並ぶと、
頭の片隅に、婚活庁が出していた“説明資料”の文句がよみがえる。
——婚活庁いわく、避難訓練婚活の狙いはこうだ。
「危機状況で心拍数が上昇すると、
魔力共鳴指数《MCI》が平均 14.2% 向上する」
まず、その“14.2%”という細かすぎる数字が怪しい。
どうやって出したのか誰も説明できないくせに、
婚活庁はやたらと誇らしげにパンフレットに載せている。
さらに資料には、こんな一文も添えられていた。
《異性との距離50センチ以内、
心拍数が通常値+18以上、
照度5ルメア以下(薄暗さ)、
魔力圧3.0以下(軽い閉塞空間)の条件下において、
恋愛感情の芽生えが最大化される》
(どこの誰が、こんな条件を真剣に計算したんだ)
いわゆる吊り橋効果——
危険な状況で感じるドキドキを、
隣にいる異性への“ときめき”と勘違いしやすい、という心理現象。
それを魔力計測とくっつけて、
無理やり数値化したのが、この国の婚活庁らしい。
(もはや恋愛心理じゃなくて、
国家主導の“強制恋愛アルゴリズム”だよな……)
ため息をひとつ吐いたところで、受付の順番が回ってきた。
「お名前と生年月日をお願いします」
「ユウト・カザミ。二十五歳です」
職員が手際よく魔力札を操作し、
僕の情報とマギボードの登録データを照合する。
「確認できました。こちらが参加証と抽選番号になります」
渡されたカードは、
手のひらサイズの薄い魔力札だった。
表には番号、裏には淡い紋章。
(抽選、か……)
避難訓練は“ペア方式”だ。
誰と組むかはランダムで決まる。
どんな相手になるのか。
それ次第で、このイベントの印象は天国にも地獄にも変わる。
◇
案内に従って訓練広場の中央へ向かうと、
そこには簡素なステージが設置されていた。
天井付近に浮かぶのは、
巨大な魔力ルーレット。
円盤の縁に、参加者たちの名前がずらりと並び、
淡い光の帯となって高速で回転している。
『参加者の皆様、中央ステージ前までお集まりください』
魔力スピーカーから、落ち着いた声が響いた。
『これより、避難訓練におけるパートナー抽選を開始いたします。
マギボードをお持ちのうえ、ご自身の番号を再度ご確認ください』
周囲でごそごそと衣擦れの音がする。
皆、緊張しているのが伝わってきた。
僕も胸元からマギボードを取り出し、
親指でそっと撫でる。
黒曜石のような板は、
今のところ何の反応も示さない。
(……どうか、ヤバい人とだけは当たりませんように)
心の中でひっそりと祈った。
ルーレットの光が、
ゆっくりと強さを増していく。
これから決まる。
暗闇で手をつなぐ相手。
あの閉ざされた通路で、
同じ汗ばんだ空気を吸う“誰か”。
心臓が、ほんの少しだけ速くなった。
『それでは——抽選を開始します』
合図とともに、
ルーレットが一段と眩しく輝いた。
僕の知らない誰かと、
僕の知らない未来が、
今、光の中で選ばれようとしていた。




