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義務婚の国で、君を想う  作者: カムロ
第1章 エリアスとリリア
11/46

第11話 二人が選んだ道、重なる未来

 市場の喧騒の中で、

 自分の心臓の音だけが、妙にはっきり聞こえていた。


 リリアは人混みを縫うように歩きながら、

 背中に張り付くような視線を振り払おうとしていた。


 ——付けられている。


 それはもう、勘とか気のせいの類ではなかった。


 何度かさりげなく曲がり角を曲がってみても、

 黒いローブの裾が、

 少し距離をあけて必ず視界の端に現れる。


 婚活庁の追跡官。


 胸元に光る紋章と、

 腰に下げられた魔力測定器。


 あの装置が、

 儀式の日に彼女の光を「異常」と判定したものと

 同じ系統であることくらい、

 今のリリアにも分かっていた。


(逃げるだけじゃ……意味がない)


 家の前で見た父と母の顔が、

 頭から離れなかった。


 彼らは自分を責めてはいなかった。

 むしろ制度の方に疑いの目を向け始めていた。


 それでも、

 婚活庁の職員は平然と

 「再教育」という言葉を使った。


 自分だけがどこかへ連れていかれるなら、

 それでもよかったかもしれない。


 でも、

 自分のせいで家族まで巻き込まれるのは——


(それだけは、嫌だ)


 リリアは、

 足を止めた。


 露店の並ぶ通りの真ん中。

 焼き菓子の甘い匂いと、

 野菜の青い香りが入り混じって漂う。


 背後で、

 追跡官の足音がぴたりと止まる。


 ゆっくりと振り返ると、

 黒いローブが真正面から立っていた。


 フードの陰から覗く目が、

 容赦なくリリアを値踏みする。


「……リリア・エステルだな」


 低い声が、

 周囲のざわめきを一瞬だけ押し黙らせた。


 近くにいた客たちが、

 何事かと振り向き、少しずつ距離を取っていく。


 リリアは、

 自分の喉が乾いていくのを感じながらも、

 逃げ出すことはしなかった。


「“記録外の光”を持つ者。

 婚活庁への出頭命令を無視し、

 現在も所在不明として扱われている」


 追跡官は、

 ほとんど事務的な口調で告げた。


「今から正式に保護・連行する。

 ……抵抗は無意味だ」


 保護。

 その言葉が、

 ひどく空虚に響いた。


 リリアは胸元に手を当てる。


 マギボードは何も言わない。

 光も、震えもない。


 それでも、自分の中には

 あの夜、ほこらで交わした言葉が

 しっかりと残っていた。


——逃げるんじゃなくて、選ぶ。


 浅く息を吸い込む。

 ひどく心細いのに、

 不思議と足は震えていなかった。


「……わたしは異常じゃありません」


 リリアは、

 できるだけはっきりと声を出した。


 周りの視線が、

 再び彼女に集まる。


「わたしの光は、

 誰かと通じ合った証です。

 “間違い”なんかじゃない」


 追跡官の眉が、

 わずかに動いた。


「記録に残らない光は、

 制度上、異常と定義されている」


「制度が、そう決めただけです!」


 自分でも驚くほど、

 強い声が出た。


「本当は……

 昔は“真の相性”って呼ばれていたんです。

 数値で測れない、

 ただ二人のあいだだけに灯る光だって」


 ざわ……と、

 人々の間に小さなざわめきが広がった。


「真の……相性?」


「そんな話、聞いたことあるか?」


「昔の絵本か何かで……」


 誰かの呟きが、

 別の誰かの記憶を呼び起こす。


 追跡官は周囲を一瞥し、

 リリアに向き直った。


「古い迷信だ。

 制度と何の関係もない」


「関係あります」


 リリアは一歩、前に出た。


 怖かった。

 正直に言えば、今すぐにでも

 この場から駆け出したかった。


 それでも——

 ここで背中を向けたら、

 自分の選んだ道まで嘘になってしまう気がした。


「制度は、

 もともと人の心を守るための技術から

 始まったんです。

 光は“相性値”のためじゃなくて、

 誰かと心を分け合うためにあったって、

 ちゃんと記録に残ってました」


 追跡官の目が細くなる。


「……文書院の前史資料に

 不正アクセスがあった件と、

 無関係ではなさそうだな」


 周囲の市民たちは、

 完全に耳を傾けていた。


「心を守るため……?」


「じゃあ今の光は、

 どうして“数値”になったんだ?」


「どうして“異常”なんて言葉がついてるんだ?」


 疑問が疑問を呼び、

 ささやきが少しずつ大きくなっていく。


 追跡官は、

 それを静かに制するように片手を上げた。


「誤った情報だ。

 民衆を混乱させるような発言は慎め」


「混乱してるのは、

 わたしたちの方じゃありません」


 リリアは負けなかった。


「光の意味をすり替えて、

 本当のことを隠そうとしている

 制度の方です」


 追跡官の顔に、

 初めて露骨な不快感が浮かんだ。


「これ以上の発言は

 “制度批判”とみなす」


「みなして構いません」


 リリアの声は震えていた。

 けれど、

 言葉そのものは揺らがなかった。


「わたしは、

 ただ光の本当の意味を知ってしまっただけです。

 それを知らないふりをして、

 “従順な市民”に戻るなんて——

 もう、できません」


 静寂が、

 一瞬だけ市場を支配した。


 次の瞬間、

 どこからか小さな声が上がる。


「……数値だけで、

 人の気持ちが分かるわけないよな」


「そうだ、

 光の相性が高くても、

 上手くいってない夫婦なんていくらでもいる」


「俺の姉貴なんか、

 相性値は平均だったけど、

 ちゃんと幸せそうに暮らしてるぞ」


 ぽつり、ぽつりと漏れた本音が、

 やがて線となり、面となって広がっていく。


「制度、最近ちょっとおかしくないか?」


「“記録外”って言葉、

 聞くだけで嫌な気持ちになるんだよな」


 追跡官の表情が、

 わずかにこわばった。


「静粛に——」


 警告の声を発したそのとき、

 腰に下げた魔力測定器が

 短く甲高い音を立てた。


 ぴ、と点灯した光が、

 リリアの方角を示す。


「やはり、“記録外の光”保持者だ。

 拘束する」


 追跡官が

 リリアに向かって手を伸ばした。


 腕を掴まれる——

 その瞬間。


 リリアは、

 身体のどこからそんな力が出たのか分からないほどの

 声を張り上げた。


「離してください!」


 思いきり振り払う。


 体格差は歴然としている。

 すぐに再び腕を掴まれそうになる。


 だが、その腕に別の手が伸びた。


「やめろ!」


 見知らぬ男の声だった。


 市場で果物を売っていた青年が、

 追跡官の腕とリリアの間に割って入る。


「ただ話してるだけだろ!

 それを“拘束”なんて言い方する必要があるのか!」


 彼に続いて、

 何人かが追跡官とリリアの間に立った。


「“記録外”だからなんだってんだ。

 あんたら、最近やりすぎなんだよ」


「俺たちの光まで“管理”しないでくれ」


 追跡官たちは明らかに動揺していた。


 彼らが扱ってきたのは、

 黙って従う人々だったはずだからだ。


「……民衆を扇動するつもりか」


 一歩下がりながら、

 追跡官は低く唸った。


「この女は、

 制度に危険を及ぼす存在だ」


「制度の方が危険なんじゃないか?」


 誰かの声が飛ぶ。


 リリアは、

 自分を庇うように立つ人々の背中を見つめた。


 その光景は、

 怖さと同じくらい

 胸を熱くさせるものだった。


(……怖いのは、

 わたしだけじゃなかったんだ)


 制度に疑問を持ったことがあるのは

 自分だけじゃなかった。


 ただ皆、

 それを口に出す機会も、

 勇気も持てなかっただけなのだ。


「連れて行け!」


 追跡官が短く命じた。


 別の追跡官たちが一斉に前へ出る。


 市民たちとの間で押し問答が始まり、

 市場は一気に騒がしくなった。


 リリアは、

 その渦中で息を詰める。


 このままでは、

 彼女のせいでここにいる人たちまで

 巻き込まれてしまう。


(……それだけは、絶対に嫌)


 ここに来て、

 ようやく答えがはっきりした。


 逃げない覚悟は決めた。

 でも、

 誰かを盾にしてでも残るつもりはない。


「わたし、行きます」


 リリアは一歩前へ出た。


 庇ってくれている人々の背中から抜け出し、

 追跡官の前に立つ。


「ただ、

 ひとつだけ覚えておいてください」


 震える声を、

 なんとか支えながら言った。


「わたしは“危険物”じゃなくて、

 “誰かを選んだだけの人間”です」


 市民たちの間に

 静かな息が漏れる。


 追跡官は、

 それ以上言葉を重ねることなく

 リリアの腕を掴んだ。


「搬送準備を」


 冷ややかな声が市場に落ちる。


 そのときだった。


 頭上で、不意に甲高い音が鳴った。


 きいいん、と耳をつんざくような警告音。

 婚活庁の庁舎から

 緊急時にのみ発せられる

 魔導アラームの音だった。


「……?」


 人々が一斉に顔を上げる。


 婚活庁の塔の上で、

 赤い光が点滅しているのが見えた。


「庁舎内で、

 異常事態……?」


 追跡官の一人が

 眉をひそめる。


 リリアの胸に、

 別の鼓動が生まれた。


(エリアスさん……?)


 理屈ではない。

 ただ直感として、

 その“異常”と彼の存在が

 一本の線で結ばれた気がした。


 胸元に手を当てる。


 沈黙を保っていたはずのマギボードが、

 ほんの少し——

 指先にぬくもりを返したような気がした。


***


 同じ頃、

 婚活庁の廊下では

 別の警告音が鳴り響いていた。


 魔導灯が一瞬だけ明滅し、

 壁に設置された小さな装置が

 赤い光を放つ。


 庁舎内の警備体制が

 非常時のそれへと切り替わった合図だ。


 エリアスは、

 目の前の黒いローブの影から

 視線を逸らさずに立っていた。


 監視官は、

 無言のままこちらを見つめている。


 腰の剣に手をかける様子もない。

 だが油断はできなかった。


「——身分を明かせ」


 先に口を開いたのは監視官の方だった。


「許可なくこの区画に入れる職員は限られている。

 名前と所属を」


 エリアスは、

 一瞬だけ答えを迷った。


 嘘をついてやり過ごすこともできる。

 だが、この状況で

 うまく騙し通せる自信はなかった。


 何より——

 自分が何者かを偽り続けることに、

 もう疲れていた。


「……エリアス・グレン」


 静かに名乗る。


「文書院所属だったが、

 今は“記録外相性データ処理対象職員”と

 呼ばれているらしい」


 監視官の目が細くなった。


「自分が追われる立場にあると

 理解していてなお、ここへ来たのか」


「理解したから、来た」


 エリアスは短く答えた。


「自分のことを

 “誤り”だと決めつけた制度の顔を、

 この目で見ておきたくてな」


 監視官は、

 何かを測るようにエリアスをじっと見つめた。


 沈黙が数秒続いた後、

 彼はゆっくりとフードを外した。


 現れたのは、

 年若い——

 自分とそれほど年の変わらない男だった。


 思っていたよりも人間らしい顔に、

 エリアスは少しだけ拍子抜けする。


「お前の光の記録は、

 俺も見た」


 監視官が口を開いた。


「“記録外”。

 相手と同調し、

 数値化を拒んだ光」


 エリアスの心臓が

 ひとつ大きく跳ねる。


「その意味を、

 分かっていて処理しているのか」


「……意味、か」


 監視官は、

 どこか遠くを見るような目をした。


「正直、俺には

 “危険物”と呼び切る勇気はない。

 だが上は、そう定義した」


「だから従うのか?」


「人は皆、

 何かに従って生きている」


 監視官は淡々と言う。


「俺は制度に従って生きることを選んだ。

 お前は、

 それに逆らって生きることを選んだ」


 選ぶ——

 その言葉が、

 エリアスの胸で妙に響いた。


 監視官は続ける。


「ただひとつだけ違うのは、

 お前の選択は、

 この国の仕組みを揺るがしかねないということだ」


「それは、

 誤りだと思うか?」


 問いかける声は、

 自分でも驚くほど静かだった。


 監視官は、

 しばらく答えなかった。


 ふと、

 胸元の測定器を握りしめる。


「……俺の妹も、

 “記録外の光”を出した」


 エリアスは、

 目を見開いた。


「そのとき、

 上からの指示はひとつだった。

 “再教育施設に送れ”」


 監視官の声は、

 感情を抑え込もうとするほど

 逆に揺れていた。


「俺は従った。

 従うことしか知らなかった。

 ……それから、

 妹がどうなったのかは知らされていない」


 エリアスの胸の奥で、

 何かが軋んだ。


「それでも、

 制度に従うのか」


「従うことをやめたとき、

 この国はどうなる?」


 監視官は

 投げかけるように言った。


「婚姻の網は崩れ、

 出生率はさらに落ち、

 弱者から順に切り捨てられる。

 ……そう“教えられて”きた」


 “教えられて”。


 その言葉が、

 小さな亀裂のように聞こえた。


「俺は、

 制度に逆らう覚悟をした」


 エリアスは、

 ゆっくりと言った。


「それがこの国にとって

 どんな意味を持つのかまでは、

 正直分からない。

 ただ——」


 言葉を探す。


「俺は、自分の光を

 “誤り”と呼びたくない。

 誰かと通じ合った証を、

 最初からなかったことにはしたくない」


 監視官の目が、

 揺れた。


「……お前は、

 誰かを選んだのか」


「選んだ」


 迷いなく答えた。


 それが

 どれだけ危険な告白であっても。


「制度が定めた相手じゃない。

 “俺が”選んだ相手だ」


 それが、

 この場で一番大事な宣言のように思えた。


 監視官は、

 しばらくのあいだ沈黙した。


 魔導アラームの音が

 庁舎の奥から響いてくる。


「……副長官ラウドは、

 この騒ぎで席を外しているはずだ」


 ようやく、彼は口を開いた。


「今からなら、

 執務室まで通路は空いている」


 エリアスは目を瞬いた。


「……通すつもりか」


「勘違いするな。

 逃がすつもりはない」


 監視官は言った。


「お前は、

 制度に“異議を唱える者”として

 ここに来た。

 その声を直接ぶつける機会を

 与えるだけだ」


「それは——

 制度に従うやり方なのか?」


「……さあな」


 監視官は、

 皮肉とも苦笑ともつかない表情を浮かべた。


「ただ、

 俺はもう“何も知らないまま従う”のに

 疲れただけだ」


 その言葉を残し、

 彼はフードを被り直して

 廊下の先を顎で示した。


「行け。

 ラウドの部屋はこの先だ」


 エリアスは、

 短く息を吸った。


「お前の光が、

 この国にとって誤りかどうか——」


 監視官が背中に投げる。


「それは、

 俺じゃなくて“お前自身”が

 決めることだろう」


 エリアスは振り返らなかった。


 ただ、

 胸の中でひとつだけ

 言葉を反芻した。


(自分で、決める)


 ほこらでリリアと交わした約束と、

 今この瞬間の自分の決断が

 同じ線の上にあることを感じながら。


***


 ラウドの執務室の前に立つと、

 扉の前には誰もいなかった。


 廊下の奥からは、

 慌ただしく行き交う職員たちの気配がする。


 エリアスは、

 握りしめた拳を一度だけゆるめ、

 扉を叩いた。


 応答はない。

 けれど、

 中に誰かの気配は確かにあった。


 ためらわずに扉を開ける。


 室内には、

 幾つもの書類と魔導装置が整然と並んでいた。


 窓の外には、

 市場の一部が見える。


 そこに、

 ラウドがいた。


 背を向けて外を眺めていた彼が、

 振り返る。


「……立ち入り許可を出した覚えはないが」


 淡々とした声。


 エリアスは、

 その視線を正面から受け止めた。


「文書院所属、

 エリアス・グレンです」


「“記録外の光”を持つ職員、か」


 ラウドは、

 それだけで彼を特定したようだった。


「自らわざわざここへ来るとは。

 処理が少し楽になった」


 エリアスの胸に、

 微かな怒りが広がる。


 だが感情ではなく、

 言葉を選んで口を開いた。


「俺は、自分の光が

 どう定義されるのかを知りたくて、

 ここに来ました」


「定義は既に下されている」


 ラウドは机の上の書類を既に一枚取り上げていた。


「“記録外相性”。

 制度から外れた、危険な感情。

 国家の安定を乱す可能性のあるもの」


「……“危険”の意味を、

 あなたは理解して使っていますか」


 エリアスは問うた。


「危険なのは、

 人が自分で選ぶことですか?

 それとも——

 制度が間違っているかもしれないと

 誰かが気づくことですか?」


 ラウドの目が、

 わずかに細くなる。


「どちらも、だ」


 即答だった。


「個人の選択は、

 多くの場合“揺らぎ”を生む。

 揺らぎは不安を呼び、

 不安は制度への不信につながる」


「不信を恐れて、

 真実を隠すのか?」


「真実とは常に

 人を幸せにするとは限らない」


 ラウドの声には、

 一切の揺れがなかった。


「光を数値として扱い、

 最適な婚姻を組み合わせる。

 それに従う者は一定の安定を得る。

 それで大多数が満足しているのなら、

 それが“正しい”と定義される」


「その“多数”の中に、

 自分の心を隠して生きている人間が

 どれだけいるか、

 考えたことは?」


 エリアスは、

 机の上の魔導装置を見た。


 そこには無数の光点が

 記録として並んでいる。


 どれもが、

 誰かの胸の中の瞬きだったものだ。


「光はもともと、

 心の温度を届けるための技術だった。

 あなたもその記録を読んだでしょう」


「読んだ」


 ラウドはあっさりと認めた。


「だが、

 それはあくまで“始まり”の話だ。

 技術は変わり、

 国は変わり、

 人の生き方も変わる。

 “今”の正しさは“今”決められる」


「その“今”が、

 本当に人を幸せにしているかどうかも?」


「少なくとも、

 出生率は以前より改善した」


 ラウドは淡々と言った。


「数値は嘘をつかない。

 数値で測れるものだけを

 我々は基準にする」


「だから数値に乗らない光を

 “誤り”にした」


「そうだ」


 ラウドはあっさりと肯定した。


「管理できないものは、

 脅威だ。

 真の相性とやらが存在するとしても、

 それは制度に組み込めない以上、

 国にとっては邪魔でしかない」


「邪魔、か」


 エリアスは息を吐いた。


「俺は……

 誰かと通じ合ったことが、

 こんな言葉で片づけられるのかと思うと、

 笑えてくる」


 ラウドの目が、

 初めてわずかに揺れた。


「お前は

 “個人の幸福”を語っている。

 だが私は“国全体の安定”を語っている」


「どちらかしか選べないと、

 いつ決まったんですか」


 エリアスの声は静かだった。


「俺たちみたいな例外を、

 最初からなかったことにすることで

 保たれている安定なんて、

 俺は信じたくない」


 自分でも驚くほど、

 言葉がすらすらと出てきた。


 リリアと交わした言葉や、

 父の後悔や、

 監視官の妹の話——

 それらが全部背中を押してくれているようだった。


「制度を全否定するつもりはない。

 光に救われた人だっているだろう。

 でも、

 そこからこぼれ落ちた光を

 “危険物”と呼ぶやり方には

 どうしても納得できない」


 ラウドは、

 机の上の書類から視線を外し、

 エリアスを正面から見た。


「……お前ひとりの納得のために、

 制度を揺らすわけにはいかない」


「俺ひとりのためじゃない」


 エリアスも視線を逸らさなかった。


「俺は、

 俺の光を“真の相性”と呼んだ記録を見た。

 そして、

 制度の外側で怯えている人たちの顔も見た」


「それを、

 “例外”と切り捨てるのか?」


 問いかけた瞬間——

 エリアスの胸元で、

 マギボードがわずかに震えた。


 温度が、

 すこしだけ強くなる。


 同じ瞬間、

 遠く市場で

 リリアの板もぬくもりを帯びていた。


 ふたりは別々の場所にいる。


 それでも。


 選んだ道が、

 確かにどこかで重なり始めているのだと

 世界のどこかが告げているように感じられた。


 第十二話へつづく。

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