第4話:消えた病棟
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午前中いっぱいを使って、朝比奈と光は院内の隅々まで歩き回った。
エレベーター前、非常口、地下への階段——それらしい扉や表示は一つもない。
外から見えるはずの構造も、隣の棟との間に謎の空白があるのに、内部の図面には存在しなかった。
《搬送ルートの痕跡は見つかりません》
光の声は、わずかに歯切れが悪い。
「それっぽい影も扉もないな……」
朝比奈が立ち止まり、ため息をついた。
試しに受付で「第7病棟」について尋ねてみたが、職員は事務的に首を振っただけだった。
「当院にそのような病棟はございません」
声色に感情はなく、会話はそれ以上続かなかった。
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踵を返した瞬間、ナース服姿の若い看護師が、廊下の端から朝比奈の動きをじっと見つめていた。
髪は耳の下で切り揃えられ、片側だけピンで留められている。
名札は制服のポケットに隠れ、名前は読めない。
瞳は黒く澄んでいるが、感情はほとんど浮かんでいなかった。
朝比奈が一歩近づくと、その看護師は音も立てずに角を曲がって消えた。
《否定は予想通りです。存在しないことにするのが“役割”ですから》
光の分析がイヤホン越しに響く。
朝比奈は視線を廊下の奥へ向けた。
「……やっぱり、夜じゃないと無理かもしれないな」
《警備と視線が減る時間帯の方が有効です》
そんな時、廊下の奥から三人の女子中学生が歩いてきた。
病衣姿で、年齢は14〜15歳ほど。
すれ違いざまに、ひそひそ声が耳に届く。
「……あそこ、だから本当に夜中に運ばれたら終わりなんだって」
「やめなよ、そういう話。昨日も誰か運ばれて——」
「また第7病棟の話?」
朝比奈は思わず足を止め、振り返った。
声をかけると、最初は警戒していた三人も、朝比奈の「都市伝説の取材をしている」という言葉に少し興味を示す。
「第7病棟はね、普通の廊下からは行けないの」
「鍵付きのエレベーターでしか行けないんだよ」
「しかも、動くのは夜だけ」
——これで、夜間に忍び込む理由ができた。
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薄暗いエリアの一角。
古びた両面開きの自動ドアが、誰もいないはずの廊下で小刻みに揺れていた。
ギィ……と擦れるような低い音とともに、数センチだけ開いては閉じ、また開いては閉じる。
だが、扉脇には病棟名を示す表札も案内板もなく、代わりに色あせた赤文字で 「関係者以外立ち入り禁止」 の表示だけが残されていた。
存在を隠すかのように、ただ無名のまま口を開けては閉じ続けている。
奥の暗闇を覗き込むほどに、そこに“別の空間”が待っているような錯覚を覚えた。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・名称などとは一切関係ありません。作中に登場する病気(双極性障害など)の描写は、物語上の演出として描かれています。実際の病気については、必ず専門の医療機関にご相談ください。




