第3話:窓の向こうの影
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翌日午前10時。
東雲記念病院の受付前は、診察待ちの患者と付き添いであふれていた。
ざわめきと消毒液の匂いが重なり、蓮司の胸の奥にゆっくりと鉛のような重さが広がっていく。
誰もこちらを見ていないはずなのに、無数の視線が皮膚を突き抜けるように刺さってくる。
場違いな場所に立たされているという感覚が全身を締めつけ、息が浅くなる。
掌にはじわりと汗がにじみ、指先が冷たく痺れた。
鼓動は耳の奥で反響し、周囲の喧噪に混じって自分の存在を暴き立てるかのようだった。
「……やっぱり、人混みは苦手だ」
かすれた声でそう呟いた瞬間、イヤホン越しに光の淡々とした声が落ちてくる。
《脳波がわずかに低下しています。鬱の波の入り口です》
その指摘は正確すぎて、余計に胸の圧迫感を強めた。
——ここで崩れたら、また迷惑をかける。
その思いが脳裏で反響し、さらに息苦しさを増していった。
蓮司は短く息を吐き、肩の力を抜いた。
「少し休んでろ」
朝比奈がそう言い、光を搭載したタブレットを抱えて調査へ向かう。
蓮司は、人の少ない廊下脇のベンチに腰を下ろし、背中に冷たい壁を感じながら、視線だけをぼんやりと彷徨わせた。
——人のざわめきが遠ざかるはずなのに、耳の奥ではいつまでもざわざわと残響が続いていた。
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その時、窓の向こう——隣の病棟の三階廊下に、白衣の人影が横切った。
首をカクッと傾けたまま、ほとんど揺れない歩き方。
目は——焦点がどこにも合っていない、虚ろな空洞のようだった。
蓮司は思わず息を止める。
(……麻由の言ってた“白衣の幽霊”)
本来なら遠くのはずなのに、足音がはっきりと耳に届く。
コン……ココン……コン
乾いた音が不規則に、そして妙に近くで響いているように感じた。
鬱の重さの中から、感覚だけが鋭く浮き上がる。
心臓が強く跳ね、喉の奥がひりついた。
(……おかしい。これは現実か……?)
白衣の影は角を曲がり、視界から消えた。
残ったのは、重たい胸の圧迫感と、静かに広がる不気味さだけだった。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・名称などとは一切関係ありません。作中に登場する病気(双極性障害など)の描写は、物語上の演出として描かれています。実際の病気については、必ず専門の医療機関にご相談ください。




