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第21話:走る理由

1/3

夜の首都高。


黒いSUVが一際鋭いエンジン音を響かせ、車列の隙間を縫うように突き進む。


運転席の朝比奈は、ハンドルを握る手に迷いがなく、視線は前方だけを射抜いている。


助手席の蓮司はシートベルトをきつく締め、窓の外に流れていく街の灯を横目で見た。


さっきまでの院長室——手錠の音、堂島の顔、そして中学生二人の慌ただしい声が頭から離れない。


「……急転院って、どういうことだ」


声が自然と低くなる。


朝比奈はアクセルを踏み込みながら答えた。


「それを確かめるために飛ばしてる」


ルームミラー越しに光のアイコンが淡く揺れた。


《新しい病院の情報、収集中。到着までにまとめます》


蓮司は深く息を吸い、シートに背を押し付けた。


——間に合うのか。


2/3

病院の自動ドアが開く音と同時に、蓮司と朝比奈は受付を無視して駆け込んだ。


白い蛍光灯の光がやけに冷たく、足音だけが廊下に乾いた音を残す。


「霧崎ユイナ、どこだ!」


朝比奈の声が病院内に鋭く響き、周囲の職員が一瞬だけ動きを止めた。


案内を待たず、二人は廊下の奥——冷却室の札が掛かった扉を開ける。


ひんやりとした空気が流れ出し、その中に——小さな身体が静かに横たわっていた。


白い布の隙間から覗く顔は、間違いなくあの時の少女。


第7病棟の噂を囁き、蓮司たちに“鍵付きエレベーター”の存在を教えてくれた——ユイナ。


「……嘘だろ」


朝比奈は一歩、二歩と近づき、拳を握りしめた。指先は白くなり、爪が掌に食い込むほど震えていた。


蓮司は呼吸を忘れ、ただ立ち尽くした。耳鳴りが世界を覆い、視界の端がじわじわと赤に染まっていく。


胸の奥に押し込めてきた無力感が、熱とともに膨張し——やがて怒りの刃となって心臓を切り裂いた。


「ふざけんな……ッ!」


声は低く掠れていたが、その震えは怒りと憎しみの爆発そのものだった。


朝比奈は白布をそっと掛け直し、ゆっくりと振り返る。


その瞳は涙を含みながらも、鋼のように硬く、炎のように燃えていた。


「——絶対に、終わらせる」


蓮司は黙って頷いた。


その首の動きには、迷いも躊躇もなく、ただ燃え尽きるまで戦うという決意だけがあった。


3/3

夜の病院駐車場。


蛍光灯の下、蓮司は車にもたれながら一枚の名刺を見つめていた。


少し迷った末、番号を押す。冷たい風の中、電子音が響く。


『……笹本です。』


数コールの後、低く落ち着いた声が返る。


『無事で良かった。堂島の件、確認したよ』


「データはお渡ししました。これで動いていただけるはずです」


蓮司は敬語を崩さず、まっすぐに言った。


笹本は短く息をつき、声を低める。


『確かに大きな証拠だ。ただ……あれは氷山の一角に過ぎない。製薬会社と病院の線は、もっと深く繋がっている』


「……つまり、院長を落としても終わらない、ということですか」


『そう。だから、君には無茶をしてほしくない。次に動くときは、必ず私に知らせなさい』


蓮司は小さく笑みを漏らす。


「……ありがとうございます。そう言っていただけるだけで、心強いです」


その直後、笹本は一瞬だけ言葉を選ぶように沈黙した。


やがて、低く、かすかに震える声が受話器に響く。


『私は……妻を医療の穴で失ったと以前話したね。』


蓮司は息を呑む。


『ああ。あの時、私は何もできなかった。だから——二度と繰り返させたくない』


蓮司は強く頷くように、受話器を握り直した。


「承知しました。こちらも、全力でやります」


通話が切れると、駐車場には再び夜の静けさが戻った。


蓮司はスマホを見下ろし、深く息を吐く。


——今は、笹本が唯一の“外の味方”だ。

※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・名称などとは一切関係ありません。作中に登場する病気(双極性障害など)の描写は、物語上の演出として描かれています。実際の病気については、必ず専門の医療機関にご相談ください。

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