第20話:嵐のあと
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院長室のドアが「ガチャン」と閉まった瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れた。
世界から重苦しい圧力が消え、空気が一気に軽くなる。
蓮司は肺の奥まで息を吸い込み、肩から重石を下ろしたように大きく吐き出した。
「……終わった」
自分でも驚くほど、声が震えていた。
窓際に立つ朝比奈は夜空を見やり、唇の端をわずかに持ち上げる。
「とりあえず、この鎖の一つは断ち切ったな」
光が静かに告げる。
《第7病棟での未承認治験は、これで確実に停止します》
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セーフハウスのモニターに映る真鍋が、椅子から立ち上がった瞬間、足元が揺れたように見えた。
額に手を当て、しばらく何も言えずにいたが——やがて震える声を漏らす。
「……妹の時には、何もできなかった」
その頬を伝う汗が、涙へと変わっていく。
榊原はこらえきれず、唇を噛みしめたまま嗚咽を洩らした。
「……半年前のあの人の仇、やっと……」
机に突っ伏し、両肩を震わせて泣き崩れる。
その姿に、張り詰めていた空気がようやく溶け出していった。
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蓮司は画面に向かって静かに言葉を投げた。
「お前らがいたから、止められたんだ。……ありがとう」
朝比奈も短く「よくやった」とだけ告げる。
それ以上は言葉はいらなかった。全員が、この勝利の意味を理解していた。
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静まり返った空気を引き裂くように、廊下から慌ただしい足音が迫ってきた。
ドアが乱暴に開かれ、女子中学生の二人が転がり込むように飛び込んでくる。
顔は青ざめ、汗に濡れた頬を涙が伝っていた。
「お願い……聞いて……!」
一人が嗚咽まじりに朝比奈へしがみつく。指は震え、必死に爪を立てる。
「ユイナが……昨日まで一緒にいたのに……急に転院させられたの!」
もう一人が声を絞り出す。
「しかも……その病院にも“第7病棟”の噂があるの!」
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——頭を鈍器で殴られたような衝撃が、蓮司の脳天を直撃した。
視界が白く瞬き、膝が崩れそうになる。喉は締めつけられ、呼吸すら奪われた。
血の気が一気に引き、耳鳴りの中で心臓の鼓動だけが不気味に響く。
その震えは蓮司一人のものではなかった。
朝比奈も言葉を失い、青ざめた顔で固まっていた。
部屋全体に重苦しい沈黙が広がり、空気は鉛のように沈み込む。
モニター越しの真鍋と榊原までも、目を見開いたまま声をなくす。
安堵は一瞬にして砕け散り、残されたのは深い絶望の渦だった。
光のアイコンがわずかに瞬き、静かに告げた。
《……連鎖は、まだ終わっていません》
次の瞬間、空気が再び重く沈み込む。
断ち切ったと思った鎖の先には、さらに太く長い鎖が続いていた——。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・名称などとは一切関係ありません。作中に登場する病気(双極性障害など)の描写は、物語上の演出として描かれています。実際の病気については、必ず専門の医療機関にご相談ください。




