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第16話:偽りの出張

1/7

昼頃、東雲記念病院・院長室。


「——そうだ、奴らに嘘の情報を流せ」


院長・堂島義政は受話器をゆっくりと置き、窓の外の街並みを見下ろした。


《二日後、出張で不在》——あえて流したその情報は、相手をおびき寄せるための餌。


「さあ……獲物は、自ら檻に入ってくる」


口元に、ゆっくりと薄い笑みが広がった。


その笑みは、もう勝利を確信している者のものだった。


2/7

「朝比奈さん、二日後、堂島院長が地方視察で出張に出るそうです」


セーフハウスに駆け込むようにして現れた榊原由衣が、息を整えながら報告した。


「本当か、由衣」


差し出されたタブレットには、院長のスケジュールらしき文書。


堂島の名前と、出張先の病院名がはっきりと記されている。


「……チャンスじゃないか? 留守中に院長室を探れば」


朝比奈の声には、久々に熱がこもっていた。


蓮司も頷き、「その日、俺と朝比奈で現場に侵入する」


「いいな、朝比奈」


「ああ」


《ですが、蓮司——》


イヤホン越しに光の声が入る。その響きは、いつもより慎重だった。


3/7

二日後、午後八時。


東雲記念病院・応接室。


重厚な革張りのソファに腰掛けた堂島院長と、ヴェルジオン製薬の幹部・東条がグラスを傾けていた。


「まもなく“客人”が到着する頃合いでしょうな」


東条が赤いワインをゆっくりと揺らす。


「ええ。二日後の“出張”情報に食いつかないはずがない」


堂島の口元に、余裕の笑みが浮かぶ。


「彼らは喜んで檻に入ってくる。……さあ、今夜は高みの見物といこうじゃないか」


二人は視線を交わし、グラスを軽く打ち合わせた。


その乾いた音は、不吉な鐘のように静かな病院に溶けていった。


4/7

同じ頃、東雲記念病院は夜勤体制に切り替わり、院長室のあるフロアは不自然なほど静まり返っていた。


蓮司と朝比奈は作業員用エレベーターで最上階へ。


朝比奈がピッキングツールを差し込み、数秒で錠が外れる。


重厚なドアが、音もなく開いた。


室内は整然と片付けられ、机上には何も置かれていない。


「……時間はかけられない。手分けしよう」


朝比奈は机の引き出しへ、蓮司は壁一面のファイル棚へと向かった。


5/7

蓮司は棚の最上段から、厚手の黒いファイルを引き抜いた。


見慣れない書式の文書が束ねられており、そこには「薬剤コード」「搬送時刻」「患者番号」が並んでいる。


「……これ、第7病棟の治験記録じゃないか?」


朝比奈が机から視線を上げ、素早く寄ってくる。


《送ってください、即座に解析します》


光の声がイヤホン越しに響く。


蓮司はファイルの中身をスマホで撮影し、転送した。


数秒後、光が低く告げた。


《一致しました。これらのコードは国内未承認薬——ヴェルジオン製薬の海外治験薬です》


朝比奈の口角がわずかに上がる。


「承認前の薬を、病院で勝手に使ってるって証拠だ」


6/7

机の最下段を開けた朝比奈が、さらに小さな封筒を取り出す。


中には現金の束と通帳、そしてヴェルジオン製薬の役員名が記された領収書の写し。


「……資金の流れまで揃ったな」


蓮司も手にしたファイルを軽く叩く。


「記録、薬剤、カネ。あと、堂島とヴェルジオン製薬の癒着関係の証拠が揃えば——」


《有罪立証が可能です》


光の声は、珍しく感情を帯びていた。


蓮司は朝比奈と視線を交わし、頷き合う。


「よし、帰って整理——」


7/7

——その瞬間、背後で乾いた音が響いた。


ドアノブが、ゆっくりと回されていく。


蓮司と朝比奈が同時に振り向く。


開いた扉の向こうから、静かに足音が迫ってきた。


姿を現したのは、黒いスーツを纏った堂島院長。


その背後に控える四人の警備員は、目を光らせた猛獣のように沈黙し、通路を完全に塞いでいた。


「……何か探し物かね?」


低い声とともに、院長の口元に薄い笑みが浮かぶ。


蓮司の胸が一瞬、氷で締め付けられるように強張った。


——しまった、罠だ。

※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・名称などとは一切関係ありません。作中に登場する病気(双極性障害など)の描写は、物語上の演出として描かれています。実際の病気については、必ず専門の医療機関にご相談ください。

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