第13話:サイレント・ベル
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夕暮れの商店街、路地裏の静かな喫茶店。
蓮司と朝比奈が入店すると、奥の席に短めのポニーテールで清潔感ある若い女性が座っていた。
ナース服にカーディガンを羽織り、背筋をまっすぐに伸ばしている。
朝比奈は一瞬だけ目を細める。「……あの時の」
蓮司が首を傾げる。「知り合い?」
「病院で、こっちを見てた看護師よ」
彼女は立ち上がると、スマホの画面を一瞬だけ見せる。
そこには黒い背景に浮かぶ“さとりの輪”のシンボル——瞳を中心に、柔らかな光を放つ円が幾重にも重なっていた。
光が即座に応答する。
《認証完了。……彼女は“さとり同盟”の会員です》
「榊原由衣。さとり同盟・会員NO.63。コードネームは“サイレント・ベル”」
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榊原はすぐに封筒を取り出した。
「第7病棟の夜勤シフトです」
そのままテーブル越しに朝比奈へ差し出す。
朝比奈は受け取り、中身を開く前に光へ視線を送った。
《スキャン完了。暗号化保存します》
淡いアイコンがタブレットの画面に揺れた。
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「……半年前、担当していた患者が夜間に運ばれ、そのまま亡くなりました」
榊原の声が、わずかに震える。
「死因は急性合併症とだけ。私の記録も、あの日から削除されていました」
カップを握る指先に、少し力がこもる。
蓮司は黙って視線を落とした。
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「この情報を渡せば、もう病院には戻れないかもしれません」
朝比奈が眉をわずかに動かす。「戻らない覚悟で来たのか?」
榊原は短く息を吐き、小さく笑った。
「ええ……怖いです。でも、見過ごせませんから」
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席を立つとき、朝比奈が低く言った。
「助かる」
真っ直ぐな瞳と、わずかな笑み。
その瞬間、榊原の頬にほんのりと熱がさした。
店の外に出た後、榊原は胸元を軽く押さえ、小さく呟く。
「……惚れちゃうじゃないですか」
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商店街を歩く蓮司と朝比奈。
《これで第7病棟への侵入条件が整いました》
光の声に、蓮司は短く頷く。
「行こう、決着をつける」
背後の窓越しに、榊原がじっと二人の背中を見送っていた。
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その夜。
高層ビルの窓から街の灯を見下ろしながら、笹本信一は静かに電話を取った。
「……蓮司くんか。もう聞いたよ、君の決意を」
受話器越しの声は、落ち着いた低音で、どこか父親のような温かさを帯びていた。
「正直、胸が熱くなった。若い世代が自分の命を削ってまで未来を切り拓こうとしている。……その道を、私も支えたい」
しばしの沈黙のあと、柔らかな笑みを含んだ声が続く。
「約束しよう。君が真実を暴くなら、私は必ず後ろ盾になる。
——だが、私には立場がある。表立って動けない以上、君に託したいのだ」
笹本は少し声を落とし、囁くように言った。
「まずは……病院と製薬会社の関係を洗い出しなさい。金の流れを掴めば、必ず核心に辿り着ける」
そして、ため息を混ぜながら続ける。
「私の代わりに、不正を暴いてくれ。本当に糸を引いているのは堂島だ。あの男こそ、この腐敗の源だ」
蓮司は短く息を呑み、胸の奥にひと筋の光が射し込むのを感じた。
——この人なら、信じられる。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・名称などとは一切関係ありません。作中に登場する病気(双極性障害など)の描写は、物語上の演出として描かれています。実際の病気については、必ず専門の医療機関にご相談ください。




