第9話:頼れる味方
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車の揺れは一定のリズムで続いているはずなのに、
蓮司の意識は、深く沈む泥の底のような闇に引きずり込まれていった。
——闇の奥から、右は赤い光、左は白い光が浮かび上がる。
それは瞳の形をしていたが、人のものではない。
右の光は、熱を帯びて脈打ち、狂おしい衝動の炎を宿していた。
左の光は、氷の底のように冷たく、重く沈んだ静寂を湛えていた。
躁と鬱——二つの闇が、獣のように身を寄せ合い、眠る蓮司を睨み返している。
輪郭は歪み、角のような影を生やし、ゆらゆらと溶け合いながら形を変える。
耳元で、氷と炎が混じったような声が囁いた。
——お前の中の穴は、まだ埋まらない。
「っ……!」
息を呑んだ瞬間、肩を軽く叩かれる。
「着いたぞ」
朝比奈の声。目を開けると、車は都心の高層ビル前に停まっていた。
「お前、汗すごいぞ」
体は鉛のように重く、視界の端がまだ揺れている。
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厚生労働省医薬局の会議室。
朝比奈が公安所属であるため、通常ではありえないスピードで面会が実現した。
そこに、グレーのスーツをきっちり着こなした男が現れる。
「初めまして、笹本信一です。——お話は伺っています」
低く落ち着いた声が部屋に響く。
「医療は命を守るもの。不正があれば、必ず正さなければなりません」
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朝比奈が資料を机に並べると、笹本はすぐに目を通し、わずかに眉をひそめた。
「……なるほど、これは確かに見過ごせない」
蓮司は「思ったよりまともな人だ」と安堵する。
——本来なら、この瞬間に相手の“本音”が透けて見えるはずだった。
だが、プチ覚醒の反動による鬱転で、感覚は鈍ったままだった。
「東雲記念病院の件、こちらでも調査を始めます」
その言葉に、蓮司はふと部屋の隅に置かれた一枚の女性の写真を見つける。
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「……妻を、医療制度の穴で亡くしましてね」
笹本の声は、かすかに震えていた。
「薬が承認されるのを待つ間に、彼女は死んでしまった」
——この人も“被害者”なのか。
会議の終わり、笹本は名刺を差し出す。
「困ったら、いつでも直接連絡を」
部屋を出た途端、朝比奈が小声でつぶやく。
「……蓮司、こういう人ばっかじゃないから、珍しいね」
蓮司も頷いた。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体・名称などとは一切関係ありません。作中に登場する病気(双極性障害など)の描写は、物語上の演出として描かれています。実際の病気については、必ず専門の医療機関にご相談ください。




