父さんと僕
僕は家族の中で1番父さんと似ているとよく言われる。それは生まれた頃からだったらしく、母方の祖父からは「大きくなって、ますますお父さんと似てきたね」とよく言われる。
世代の差はあるが、僕自身も父さんを見て、自分は大人になったらこうなるのだろうと思う。でも僕は、自分が父さんと生き写しのように言われるのがずっと嫌だった。そのため祖父のことは敬愛しているが、その言葉に対しては複雑な思いがあった。
父さんと同じ彫りの深い顔のせいでよく「外人」と揶揄われてきたし、明るい茶色の癖毛のせいで何度も「校則違反」と怒られてきた。
僕は日本人らしい容姿の母さんから生まれたはずなのに、母さんとは全く似ていない。本当は、母さんと同じまっすぐな黒髪になりたかったのに。
そして、顔は父さんと似ていても、性格や表情は全く似ていない。父さんは男気があるし裏表がないけど、僕は陰湿で未練がましくて、恨んだ相手にどう仕返ししようか考えている意地悪だ。
父さんは優秀な学校を卒業して、弁護士事務所を開業している。その前から敏腕弁護士と評判が高く、需要は絶えないと聞いている。
よく「朝倉君のお父さん、かっこいいね」と言われてきたが、全然嬉しくなかった。その相手に悪意がないとわかっていても、自分は父さんと比べられて劣ったものと見られているのではないかと思った。そんな僕に、父さんを自慢する心の余裕なんてどこにもなかった。
そして、父さんと比べられているのではなく自分で勝手に劣等感を抱いていることにも気付かずに、父さんのことが嫌いになった。
「ただいま凛太朗」
「…」
父さんは仕事で忙しいから、顔を見ない日もある。会うことがあっても、ほとんど口を聞かない。もう、いつからそうなったかも忘れてしまった。
幸い父さんは、そんな僕に理由を聞いてこなかった。しかし、こんな可愛くない息子のことが嫌いだろうな。嫌いだから、何も聞かないのかもしれない。
中学生になってから部活で家にいる時間が減ったこともあり、父さんとの距離がさらに遠くなってしまった。この容姿も、ウジウジした性格も、父さんより出来の悪い自分も大嫌いだ。こんな男が由嘉さんに振られたのも仕方ない。
あれこれと考え込みすぎて、眠れない日があった。人の気配はないから物音のせいで眠れないわけではないだろう。最近、学校では何事も上手くいっていない。
僕はふと父さんのことを思い出した。父さんは学生時代までの成績はトップクラスだったし、僕と同じ野球部で尊敬される主将だった。それなのに自分はーと頭の中で繰り返し、そんな自分が嫌になった。
気持ちが落ち着かない僕は、部屋を出てフラフラと台所へ向かった。そして、もう死にたいなと思い、自分の胸に包丁を向けた。魔が差しただけなのだが、このときは本気だった。
残すものは何もない。家には姉さんもいるから、僕なんていなくてもいいだろう。そう思って自分の胸を刺そうとしたとき、台所のドアが開く音がした。
「凛太朗⁉︎」
その声に振り向くと、動揺する父さんがいた。
「父さん…」
僕は小さくそう呟いた。
「こんな夜遅くに台所に灯りがついとったから不思議に思って。凛太朗、死にたいほど辛いことがあったんか?」
父さんにそう聞かれた僕は、流れてきた涙を見られないように下を向いたまま頷いた。
「無理に理由を聞こうとは思わんけど、死んだらあかんよ。俺が相手なら、どれだけ泣きついても何をぶつけても構わへんから頼む。このことは誰にも言わへんから」
父さんのその言葉に、僕は嫌だ生きたくないとまだ思った。
しかし、父さんが包丁を片付けてくれたことで少し気持ちが落ち着いて、恐る恐るだが自分の辛いと思うことを吐き出すことができた。「父さんのことが嫌いになった」と告げるのは、由嘉さんに好きだと告げたときと負けないくらいくらい勇気が必要だったが。
「そうか。気付けなくてごめんな。俺は鈍感やから、中学生の息子に無視されてもおかしくないとは思っとったけど、そんな理由とは思わんかった。でもな、お前と俺は別の人間なんやから、比べる必要なんてないんやで。俺だって失恋したこともあるし、辛い思いをたくさんしてきたよ」
父さんの話に
「父さんが⁉︎」
と驚いた。
「話したことなかったっけ?男子校の中学受験に落ちたって。希望する就職も叶わなかったし」
父さんはそう話した。知らなかった。中学時代から私学の男子校に通っていたと思っていた。
「それに、俺も中学時代はこの顔が嫌やった」
父さんはそう続けた。そういえば、父方の祖父も父さんとよく似ている。父さんが高校生の時に他界したらしいので、祖父の顔は写真でしか見たことがないけど。
「それとお前、俺の誕生日覚えとる?」
父さんがそう聞いてきた。
「9月14日やったっけ?僕の誕生日と近かったはず」
僕の誕生日は9月20日だ。
「そう。俺も乙女座。中学まではそのことを揶揄われることが嫌やった。あの頃は、もっと勉強して男子校に入学したいって思ってた」
父さんはそう話した。僕は私立中学校に入ろうと考えたことはなかったから、そんなことは思わずに済んだ。
「まだまだあるよ。俺の不幸話。もっと聞きたい?」
父さんは笑顔でそう聞いてきた。
「もういいです」
僕はそう答えた。
「そうか。人の不幸話に食いつかないなら、お前は自分が思っているほど意地悪やないよ。お前は中学時代の俺を知らんわけやけど、あの頃の俺より優秀やと思うよ。俺は、そんなお前のことが大好きやけど」
父さんのその言葉に、僕は父さんに嫌われていなかったとわかり安心した。
僕は今まで父さんは苦労なく過ごしているように思っていた。でもそれは、父さんの言葉通り過去の父さんを知らなかったからだ。だから、今の父さんだけを見て、完璧、エリート、なんでもできる強い人と思っていたのかもしれない。
きっと僕が父さんのことが嫌いになったのは、父さんが言うように鈍感だからでも似たような容姿だからでもなく、好きの裏返しだったのかもしれない。




