部活仲間
「お疲れ様」
「ホンマ疲れた。もう帰る気がなくなった」
「俺らも年取ったな」
「そうやなもう14や」
部活の後に、僕ら同級生はそう話した。
「おい、誰か1人でもええからつっこめ!俺なんかもう15やで!」
主将の淳平君がそう叫んだ。
「あ、俺らよりオジサンがおった」
僕の幼馴染のハゼこと長谷川義雄がそう言った。
「誰がオジサンやねん!せめて年長者を労われ!」
淳平君はまたそう叫ぶのだった。
僕にとって野球部は学校に通う目的の一つである楽しみなものだ。淳平君は小さい頃から兄貴と慕っている人であり、凛子のお兄さんでもある。同級生の部員も家が近い幼馴染が多い。1級下の従弟の大和も後輩である。
今のクラスに部活仲間はほとんどいないから、僕は以前にもまして野球にすがるようになった。
野球は楽しい。キャッチャーとしてハゼの投げるボールを受け取るのも、バッターとしてボールを打って走るのも。デッドボールの恐怖がないわけではないが、それ以上に楽しいと思える。
そして何より部員同士の仲がいい。幼馴染が多いのもそうだが、他の小学校出身者もとてもいい奴らなのだ。学業優先で活動時間が限られていることもあり、極端なプレッシャーはないし、学年の壁もあまりない。それは、主将の淳平君が僕ら後輩を大切にしてくれたからかもしれない。
そんな淳平君達が引退する日が来た。夏休み最後の試合、僕らは延長戦まで粘った末に敗れた。しかし、淳平君は僕らを責めるどころか試合の後に「よくここまで頑張った!」と言い僕ら後輩1人1人を抱きしめてくれた。
「俺がキャプテンになってからあんま勝てなかったから、俺のせいでチームが弱くなったと思ってた。みんな、こんな俺に文句を言わず付いてきてくれてありがとう。みんながいてくれたから今日、ここまで頑張れたと思う」
そう話す淳平君の男泣きに、僕らも感動するのだった。
「淳平くーん、引退なんて寂しいですー。イヤだイヤだ、離れたくなーい」
イクラこと板倉要は、そう叫んで淳平君の胸で号泣した。もう、冗談か本気かわからない。
「お前はダダっ子か!」
ハゼがそうツッコんだが、淳平君はイクラの頭を撫でていた。
客観的に見たらアホな茶番に思われるかもしれない。1戦目で延長まで戦った末に敗れて、ここまで頑張ったと泣くなんて笑う人もいるかもしれない。しかし、僕らにとってはそんなことも幸せに感じられた。
3年生引退後、ハゼが新しい主将になった。そして僕は新しい副主将になった。幼馴染で家も隣でバッテリーなので息ピッタリと言われ選ばれたのだ。実際には息ピッタリと言われるほど仲がいいわけではないのだが。とはいえハゼも僕も、思い切り威張ってやろうとか後輩をこき使ってやろうとは思っていないからいいだろう。これからは、アホでトイレの話ばかり口にするハゼと協力してこの野球部をまとめていかないと。
そう思い始めた先輩達の引退後の最初の練習試合に、大変なことが起こった。僕はホームでのクロスプレーで走者と接触し、右手を痛めて倒れてしまったのだ。痛すぎて悲鳴も出ない僕のところに、選手達が駆け寄ってきた。そして試合は中断となった。
「大丈夫か凛太朗!」
「兄ちゃん!」
「先輩、しっかりしてください」
そんな声が聞こえたが、体は動かない。
「おい凛太朗、まだ死ぬな!お前はこの世の全てのご馳走をこの胃袋におさめる野望があるんやろ⁉︎」
ハゼがそんなアホな話をしてきたが、ツッコむ余裕はなかった。
「おい、意識はあるか⁉︎俺が人工呼吸してやる!」
僕が突っ込まないから調子に乗ったのか、ハゼはさらにそう言い、僕の顔に近付いてきた。腹が立った僕は無事な左手を使ってその顔を平手打ちした。思ったより効いたのか、ハゼの頬が赤くなり
「叩くな。俺まで野球できなくなるやろ!」
と叫んだ。
「心配しなくても凛太朗先輩の意識はありますね」
後輩の1人が安心したようにそう言ったが、まもなく僕は病院に運ばれた。
そこでレントゲン写真を撮ってもらったら、ヒビ程度の骨折だとはっきりわかった。最低でも2週間は右腕を固定しないといけないと言われた。
僕は真っ先に次のテストのことが心配になった。右利きなのでものが書けなくなる。次のテスト期間は4週間後、それまでに完治するとしても、提出物を片付けることもノートを取ることもできない。そして何より部活ができない。副主将になってすぐこうなるなんて情けない。何もかも置いていかれるかもしれない。右手が機能しなくなり、心配なことだらけになった。あれこれ考えるより先に、どう立ち向かうかを考えるべきだと、頭ではわかっているのだが。
食事は、箸を使わなければ自分の左手で何とかなった。ただ、上手く食べられない分楽しく思えず、あまり進まないのだった。
「辛いやろけど、無理はしたらあかんよ」
当然、家族からも心配された。特に母さんは、医師ということもあり体調と気持ちの落ち込みを心配しながらも早く治るようにとアドバイスをくれた。母さんは小児科医のため、骨折の診断をしていた先生ではなかったのだが。
一方、文字は左手では上手く書けなかったため、ノートを取ることは諦めるしかなかった。一時的とはいえ体の一部が欠けているのは本当に不便だ。
「兄ちゃん、ノート貸して」
部活終わりに大和が僕の家を訪ねてきて、先に帰っていた僕にそう言った。
「ええけど、僕は今ノートを取れへんよ?」
僕は不思議に思いながらも大和にノートを渡した。
「やから、俺が兄ちゃんの代わりにノートを取るんやよ」
大和はそう話した。
「え?」
僕は何も知らなかったので、大和に事情を聞いた。
「義雄君が、『凛太朗のことが心配や』って言ってたから、俺がノートを取りますって手を挙げたんやよ」
大和はそう話してくれたが僕は
「どうやって?」
と聞いた。
「兄ちゃんのクラスメートの田中先輩のノートを借りて、それを元に俺が兄ちゃんのノートを取るんやよ」
と話した。田中は野球部員ではないが、僕の小学校の同級生で親しかったため事情を話したら引き受けてくれたという。
「そうやったんか。ありがとう」
僕は、ハゼや大和や田中達みんなに感謝したと同時に、みんなの優しさに甘え内容にしようとも思った。
「あと、兄ちゃんの右手が治るまで、俺はこの家で過ごすから、なんでも言ってな!」
大和はそう告げた。道理で家に来るだけの割には大きな荷物で来たと思った。
「ありがとう。でも、少々騒がしくなりそうやな」
僕は独り言のようにそう口にした。
そして実際大和は僕の身の回りの世話をしてくれたのだが、テレビを観て大声ではしゃいだり、「久しぶりに兄ちゃんと寝られる!」と嬉しそうにして僕の布団に潜り込んでくるのだった。
そんな夜中にふと大和が
「何か、兄ちゃんの役に立てるって嬉しいな。昔は兄ちゃんの世話になりっぱなしやったから」
と話した。
確かに大和は甘えん坊で世話の焼ける子だった。小学校から同じだったこともあり、大和とは兄弟同然の関係だった。忘れ物を貸すことや、給食のパンや牛乳を代わりに飲食することはしょっちゅうだった。
「うん。大和も大きくなったな。ありがとう」
僕も素直にそう返すのだった。
しかし、その言葉を聞く前に眠っていた大和に蹴飛ばされて布団から出され、うるさいイビキを聞かされる羽目になった。いや、大和もまだまだ子供だな。
「朝倉君、その腕なっとしたん?」
委員会の仕事に行ったら、由嘉さんにも心配された。
「部活の練習試合で怪我をして…」
僕はそう説明した。
「早く良くなるとええな。しばらくは本の貸し出しは私がするから」
由嘉さんはそう言ってくれた。
「ありがとう。でも左手は使えるから、返却された本は元に戻すよ」
僕はそう返した。由嘉さんは本当に心配そうに、かといって押し付けがましさもなくそう話してくれるから、僕はさらに由嘉さんのことが好きになった。
大和が、ハゼが、田中が、由嘉さんが、周りのみんなが支えてくれて僕の右手になってくれていると感じた。右手が治るまでの2週間、普段はあっという間に感じるのに、今はとても長く感じるのだった。
そして勉強に不利なことは変わりなかった。僕は骨折してしまった自分自身を恨みながら、必死で授業内容を頭に叩き込んだ。ノートは大和が取ってくれると知っていても、授業中に自分で取れないのが悔しくて、心の中で何度もちくしょうと叫んだ。
そしてようやく右手が使えるようになった。まだ部活や体育の授業には復帰できないが、勉強はできるようになったと、必死で提出物に食らいついた。
そして、これまで進まなかった食欲も回復した。
「凛太朗、右手が治ったのはええけど食べ過ぎやない?」
母さんがそう苦笑いした。
「そう?元に戻っただけやろ」
そう驚かない父さんがいた。
「それもそうね」
母さんはそう微笑んで5杯目のおかわりを僕にくれるのだった。
「おかえり凛太朗」
「やっと戻ってきた。寂しかったよ」
運動の許可が出て部活に戻ったときは、部員達がそう温かく迎えてくれた。
その頃にはテストも終わり、成績を落とさずにいられたことに安心していた。さあ、これからは必死で練習して、副主将としての役目を果たさないと。




