英語と洋楽
中学2年生になってから最初のテストの結果が返ってきて、僕はショックを受けた。他の教科の点数はこれまでと変わらなかったが、英語だけ平均点以下だったのだ。
そのせいで、1学期の成績は英語の成績が足を引っ張ってかなり落としてしまった。英語のテストの日は、体調が悪かったわけではないのに。
中学1年生の時は、当時のクラスメイトに「その外国人みたいな顔で英語だめなんや」と笑われたことがあった。そして、英語と自分の顔がさらに嫌いになった。
このままではいけないと思った僕は、姉さんに英語を教えてもらうことにした。僕の4歳年上の姉さんは英語に力を入れている女子校に通っている。その中で、姉さんの英語の成績はトップクラスだ。ハゼの兄さんの昌雄君も、姉さんに英語を教えてもらって成績が上がり、志望高校への入学が叶った。
「姉さん、英語を教えてもらってもいい?」
テストが返ってきた翌週に、僕は姉さんにそう切り出した。
「ええよ。何が苦手?」
姉さんはすんなり快諾してくれて、そう聞いた。
「文法、長文、会話文ー、ごめんなさい、全部です」
僕は情けなくそう答えた。さすがにここまでだと姉さんにも救いがないだろう。
「大丈夫。英語ってそんなに複雑やないよ。凛太朗は国語は得意やろ?なら、英語も基本さえわかればできるはず」
姉さんは、そう話してくれた。
「でも、日本語は普通に使っとるし」
僕は、まだ不安がありそう話した。
「でも、日本語として使う漢字やひらがなより、英語で使うアルファベットの方が少ないやろ?あの26文字で、どんな言葉も作れるのよ?英単語辞書は国語辞典より薄いし、文法のパターンも多くないよ?」
姉さんの言葉に、言われてみればそうだと思った。そして
「姉さんは、どうして英語と親しくなった?」
と聞いた。
「音楽かな?私、バンドしとるやろ?洋楽が好きで、それを日本語に訳して歌っていくうちに、英語が楽しいと思った」
姉さんはそう答えた。
「そうなんや。僕は洋楽はさっぱりわからへん」
「じゃあ今度の休み、私たちのバンドの練習に来ない?1人で歌うのもつまらんし」
姉さんがそう提案した。
「それええかも。次の休みは僕も予定はない」
僕はそう返した。
「なら良かった。メンバーに、今度凛太朗が来ることを伝えとくな」
まさか、英語がきっかけでバンド演奏を間近に見ることになるとは思わなかった。
ちなみに僕の両親は同じ大学のサークルでバンド活動をしていて、父さんがボーカル、母さんがキーボードをしていた。その影響か、姉さんはその両方をしている。
約束していた休みの日、僕が姉さんに連れられて空き倉庫に来た。
「ここは涼子お父さんのものなん。ここなら周りは静かやし、面積もあるから」
姉さんがそう教えてくれた。そして
「お待たせ」
とメンバーに挨拶をした。
「待っとったで。この子が歩美の弟君?」
エレキギターを持った女性がそう聞いた。
「うん。凛太朗っていうの」
姉さんがそう答えた。
「さすが、歩美の弟だけあってすごい美少年やん」
あまり顔を褒められても嬉しくなかったが、この人の言い方は全く嫌味がなかったため、少し嬉しいと思えた。
そして姉さんは、メンバーを紹介してくれた。
「改めてやけど、私たちはナデシコってバンド名で活動しとるの。さっき話していたのがギターの涼子。うちの学校の生徒会長もしとるの」
姉さんの話に、涼子さんが笑顔で頷いた。
続けて姉さんは、ベースを持っている女性のところに少し移動し
「この子はベースの志緒里。エレキベース以外に、チェロやウッドベースも弾けるの」
と紹介した。すると、志緒里さんがはにかんだ。
最後に姉さんが後ろにいるドラムセットに座っている女性のところへ移動し
「この子はドラムのたまちゃん…こと珠姫。スイーツが好きすぎる子やから、凛太朗の食欲とも張り合えるかもしれへん」
と話した。
「ちょっとちょっと、何で私だけそんな紹介なん⁉︎」
たまちゃんと呼ばれた女性が不満そうにそう言った。
「じゃあ、最強の音痴って紹介してほしかった?」
涼子さんがイタズラっぽくにやりと笑った。それに対し珠姫さんは
「それはもっとイヤ!」
と叫んだ。
「さて、そんなたまちゃんはほっといて」
と姉さんが話を切り替えようとしたため、珠姫さんは
「ほっとくな!」
と反論した。しかし、姉さんの
「演奏しましょうか」
という言葉に全員が笑顔で頷いた。この4人、本当に仲がいいんだな。
「じゃあまずは、洋楽を英語で歌うな」
姉さんがそう切り出し、珠姫さんが刻むドラムスティックの音を合図に曲が始まった。
姉さんが歌っている曲は僕の知らない、おそらく洋楽ロックバンドの曲だった。バンドで歌う姉さんの姿は初めて見るが、とてもかっこいい。生演奏も新鮮だ。
演奏が終わってから姉さんは
「まあこんな感じ。じゃあ、次はこの曲を日本語で歌うな」
と話し、同じ曲を日本語で歌った。演奏は変わらないがまた異なる印象だった。ああ、こんな意味だったんだ。
曲が終わってから涼子さんが
「結構違うやろ?」
と聞いた。
「はい」
僕はそう答えた。
「日本語で聴くとよくわかると思うけど、洋楽ってサビの部分が繰り返されたり、短い曲が多いんやよ。やから、演奏はしやすい」
涼子さんはそう笑う。
「にしてもこんなに観客の近くで演奏することってあまりないよな。すごく緊張した」
と志緒里さんが恥ずかしそうに話した。
「ねえ、私も歌いたいよー!」
珠姫さんがそう叫んだ。
「あかんよ。珠姫が歌うとサンザンオールスターズになるんやから」
涼子さんが淡々とそう話した。
「一体、どんな歌になるんですか?」
気になった僕は思わずそう聞いた。
「よーし、じゃあ歌いまーす!」
珠姫さんがそう張り切ったので、姉さんに
「こら、そんなこと聞かないの!」
と怒られた。
「しゃあないなー」
涼子さんも渋々ギターを弾き始めた。
珠姫さんの歌は、想像以上に凄かった。もちろん、悪い意味で。勝手にシンドバットが、勝手に死んだバッタになった。テレビでお笑い芸人が音痴を競ったりする企画もあるが、あれのチャンピオン級の歌唱力だった。しかも声がデカい。これではジャイアンのリサイタルだ。
僕は魂を抜かれたような状態で
「すみませんでした」
と謝罪した。
「いやいやありがとう。久しぶりに歌えて楽しかった」
珠姫さんは満足そうに満面の笑みを浮かべた。
「これやから、珠姫はボーカルやなくてドラムに専念してって頼んだのに」
涼子さんがため息をついた。
「たまちゃんはドラムは上手いんやから、わざわざ歌わなくてもええのに…」
志緒里さんも力尽きたようにそう呟いた。
「でも、歌うドラマーもおるよ」
珠姫さんはそう主張した。
「それは、歌が上手い人しかできやんのやで」
姉さんは困ったようにそう話した。
その後、僕は姉さんから洋楽のCDを借りて、親しくなっていった。洋楽の歌詞を和訳するのは苦痛にならないし、表現力も身に付いた。
「姉さん、またバンドの練習に遊びにいってもいい?」
姉さんたちの演奏を聴くのが楽しかったため、そう聞いた。
「もちろん、来れる日はいつ来てもええよ」
姉さんはそう快諾してくれた。
そして期末テストの後、僕は姉さんに嬉しい報告ができた。
「姉さん、英語の点数が上がったよ。平均点を20点くらい上回ってた」
僕の話に姉さんは
「すごいやん、おめでとう。」
と喜んでくれた。
「これも姉さんのおかげやね。ありがとう」
僕はそうお礼を言った。
「いや、凛太朗が頑張ったからやよ。それに本当は英語が得意なんやよ」
姉さんはそうはにかむのだった。




