入学試験
共学の私立高校の入試の日、僕は凛子と会うことになった。
「凛子も私立受けるんや⁉︎」
そのことを知らなかった僕は、そう驚いた。
「最初はそのつもりはなかったんやけど、合格したら自信が付くかなって思って」
凛子はそう話した。そして
「ずっと迷ってて、なかなかみんなにも言えやんかったけど、頑張ってやってみようかなって思って。もちろん、工業高校が第一志望に変わりはないし、ダメでも仕方ないって思っとるけど」
と続けた。
「いや、凛子ならいけるんとちゃう?」
僕がそう返したので凛子は
「本当⁉︎ありがとう。凛太朗の方が余裕で行けそうやのに」
と喜んでいた。
試験会場へ向かうバスから外の景色を見ると、雪が降っていた。
「頑張ろな」
お互い励まし合って、入試が始まった。
この高校の入試は中学校の実力テストと似たようなシステムだが、1日かけての試験なので大変だ。試験直前まで不安なところを確認したが、迷いながら選んだ問題がいくつもあった。正直、合格できるかわからない。特に苦手だった英語なんて、勘による回答がいくつもあったのだ。
しかし、またすぐに他の父さんの母校である男子校の入試があるので、そんなことを考える余裕はなかった。
僕はすぐその勉強に取り掛かったが、睡魔に襲われそうになったのを何とか押し殺すこととなった。疲れが溜まっているのも体で感じたが、それも食べたら何とかなるだろうと自分に言い聞かせた。
そんな状態で次の入試があった。勉強が原因なのか、最近肩が凝っている。この年齢で肩こりなんて!と自分に呆れてしまったが仕方ない。僕は肩に湿布を貼って父さんの母校である男子校私立高校の入試を受けた。
こちらは想定外の問題が多かった。過去問集が当てにならないなんて、何のためにあれにかじりついていたんだ。
「この学校、受からないかもしれない…」
入試の最後の教科を解いている時に、ふとそう思った。その日、帰宅した僕は制服のまま部屋のベッドで眠ってしまい、夕食まで起きなかった。
しかし、本当に辛いのは試験後の合否を知るまでの時間だ。あの問題の答え、やっぱりあっちだったんじゃないか。もしかしてあの問題もーなんて考えて落ち着かなかった。
偶然にも、僕が受けた私立高校の合否発表の日は同じだった。この日の僕は、早く結果が気になって、それまで以上にソワソワした。もしも両方ともダメだったら…。
凛子と待ち合わせて結果を報告し合うことにしていた。
「あたし、合格した!絶対落ちると思ってたのに」
凛子はそう伝えてくれた。もう信じられないというくらい嬉しそうだった。
「おめでとう。本当、どうなるかわからんよな。僕なんて、2校とも落ちた」
僕は悔しさを押し殺してそう伝えた。
「嘘…」
これには、凛子も動揺していた。
「本当やよ。ほら」
僕は受け取ったばかりの不合格通知を見せた。
「そんな、何かの間違いじゃ…」
凛子はそう言った。もちろん、僕もこの不合格はショックだった。正直2校とも滑り止め、ちゃんと勉強したら合格できると甘く見ていたのだ。
「本当、バカやよな。私立を甘く見てたから見事に失敗したよ」
明るく言おうと思ったのに、悔し涙が溢れていた。こんなカッコ悪い姿、誰にも見せたくないのに。
「2校ともレベル高かったやん。それに、入試はまだ終わってないぞ!来週には本命の県立高校の前期試験やで。そのことを考えたらええやん!」
僕の前にはそう話す凛子がいた。そう、目指す場所は一つだけだ。第一志望校に向けて頑張ろうと思えたのだった。
クヨクヨと私立高校の不合格に泣く間もなく、前期試験の日はやってきた。母さんには、体調を崩さないように心配されてきた。しかし幸い、今日までずっと病気知らずで来た。それに、カイロも持ったしマフラーもあるので寒くはなかった。
「おはよう凛太朗」
駅で同じく前期試験を受けるハゼと会った。
「僕、この前の私立の入試がダメやったから、今回こそ頑張る」
僕は、そう自分の思いを口にした。
「そうやったか。負けるな。俺も頑張る」
ハゼはそう言ってくれた。
負けないと誓った2人の勇者は、それぞれの戦場へ向かった。僕はこの試験で課される理科と数学の勉強に集中してきた。後期試験の県内同一テストとは異なり出される問題は想定しにくかったが、その分広範囲の勉強をしてきた。
実際に出た学力試験の内容は県立高校の過去問題に近いものだった。簡単ではなかったが、問題が自分の得意分野が多かったため、今回は自信を持ってすらすら解けた。理数科は倍率が高いから確信はないが、今回は合格する可能性もあるように思った。
学力試験の後の昼休み、同じ中学校の女子が
「アホクラってゲイなんやって?」
と聞いてきた。
「僕はアホクラやなくて朝倉や」
まずはそこから訂正した。
「こんな可愛い女子を振るなんてアホよ」
思い出した。この女子、由嘉さんに振られた直後に言い寄ってきた相手だ。そんな相手にアホと呼ばれても気にならなかった。
「聞いたで。男とキスしたんやって?」
もしかして、クリスマスイブの罰ゲームのことが知られているのだろうか。
「それ、誰から聞いたん?」
僕はそう聞いた。
「板倉に、冬休みの話を聞いたらそう話してた」
その女子はそう答えた。女って怖いなどこにアンテナ張っているかわからない。
「金子さんに振られたショックで、男まで対象になったんや?」
そう揶揄われた。今更由嘉さんの話をしてくれるな。僕はゲイではないし、今でも由嘉さんのことが好きだ。なんて言えるわけがなかった。
「僕はゲイやないから男に興味はないけど、今は女にも興味なんてない」
僕はそう返した。
そうして昼休みが終わった直後、僕は出席番号が早いのですぐに面接に呼ばれた。大丈夫だろうか。先ほどの会話のせいで面接のポイントを忘れていないか?ここからは気を引き締めていこう。
面接会場の教室から「どうぞ」と聞こえたので、大きな音でノックをして、「失礼します」とよく聞こえる声で挨拶した。よし、大丈夫だ。
基本的で想定の範囲内だった質問には今まで練習した通り、落ち着いて答えられた。そして最後に
「朝起きてまず何をしますか?」
と質問された。本当に予想外の質問があるのだな。僕は少し考えてから
「体調を整えるために、水を飲みます」
と答えた。そうして面接は終わった。
試験の後、ハゼと凛子とイクラの4人でたこ焼きを食べに行った。
「寒い日はこんな温かい食べ物が体にしみるね」
凛子がとても美味しそうにたこ焼きを頬張った。
「もう試験は終わったから、少し遊ぼう。後期試験まで1ヶ月あるし」
ハゼがそう言い出した。
「やな。ずっと我慢してたもんな」
イクラがそう同意した。
そうだ。僕も少しは休もう。無理させていたのを、ここまで持ちこたえたのだ。このままでは自分の体が可哀想だ。
「うん、僕も次の休みは好きなことをして過ごす」
僕の言葉に凛子が
「そうしなよ」
と返した。
その翌日、僕は学校の図書室へ、読みたかった本を借りに行った。期日もあるし、勉強の妨げになるといけないのでずっと読書を我慢していたのだ。
古典、ミステリー、心理学、僕は借りられるだけ本を借りた。久々に読む本は、やっぱり面白い。休日もどこか遊びに行こうかとも思ったが、結局読書して過ごした。
そして前期試験の結果発表の日が来た。僕は朝1番に借りていた本を返しに行った。読書で気が紛れていたが、それでも私立高校の試験のとき同様結果が気になった。
落ちたらまた泣くかもしれないが、もし合格だったら自分はどんな反応をするだろう。姉さんは中学受験の合格を知った時、やたらテンションが上がって「合格した!本当に受かっちゃった!」と1日中はしゃいでいたっけ。
そんなことを考えているうちに、結果発表の時間がやってきた。僕は、クラスで最初に呼ばれた。
「おめでとうございます。合格です」
担任の先生にそう告げられた時、僕は信じられなくてなかなか言葉が出なかった。しかし、合格通知を見たときにいまだかつてない喜びを感じた。
「やったー!本当に合格したんや」
僕はそう叫び、合格通知と入学するまでの課題の入った封筒を持って教室に戻った。
「合格やろ?おめでとう」
イクラがそう拍手してくれた。そして
「次は俺か。行ってきます」
と教室を出た。僕はその背中を、静かに見守った。
「イェーイ!」
イクラのそんな雄叫びが聞こえた。合格したのか⁉︎
「やったー!合格しちゃった」
教室に戻ったイクラが大喜びで僕にハイタッチした。しかし、その後は3人不合格が続いた。
そして由嘉さんが呼ばれた。イクラと同じ高校を目指しているんだよな?イクラが合格したなら、由嘉さんもいけるだろうと思った。
教室の外からは、由嘉さんの可愛い声は聞こえない。どうなのだろうと気になった。そう思っていたら、嬉しそうに微笑んで封筒を抱きしめている由嘉さんが戻ってきた。
「もしかして、合格?」
僕は気になってそう聞いた。
「うん、合格やった」
由嘉さんがそうはにかんだ。
「おめでとう!」
僕は、自分の合格と負けないくらい嬉しくなった。
「ありがとう。朝倉君もおめでとう」
由嘉さんのその言葉に、初めてクラスメートになれてよかったと思えた。ちなみに僕のクラスは前期試験を受けた20人中8人が合格した。
「そういえば由嘉さんって、イクラと同じ試験会場やった?」
僕はそんな質問をした。その話に由嘉さんは
「そうやったよ」
と教えてくれた。
「イクラ、何か変なことしてなかった?」
そう聞くと由嘉さんは
「板倉君は昼休みに面接で呼ばれるまでずっと寝てた。心配になって起こしたら、『ぐっどもーにんぐ』って言ってた」
とくすくす笑いながら話した。
放課後にはイクラと一緒にハゼと凛子と合流した。
「あたし、合格やった!」
「俺も合格って言われた!」
2人の報告に、僕も嬉しくなった。
「ハゼは面接大丈夫やった?」
気になって聞いてみるとハゼは
「緊張したり返事に困るのは悪いことではないと先生に言われたから安心して挑めた」
と答えた。
「それは良かった。面接練習の時は意地悪なことを言ってごめん」
僕はハゼを揶揄ったことを謝ったがハゼは
「え、何か意地悪されたっけ?」
ときょとんとしていた。良かった。気にしていなかったんだ。
「バンザーイ!バンザーイ!」
4人で一緒に何度もバンザイした。
家でも合格報告には喜ばれた。
「ここまでよく頑張ったな」
父さんに頭をくしゃくしゃと撫でられて、髪の毛がさらにもじゃもじゃになった。
「これで安心して卒業できる」
僕は改めてそう安心した。後期試験は卒業式の後なので、プレッシャーが重くなる。私立高校の受験に失敗したときに志望校を変えたほうがいいかもしれないと思ったこともあるが、変えなくて良かった。
ちなみに、この高校の前期試験で合格したのは、中学校の中で僕1人だけだった。




