受験に向けて
「朝倉君、これ、何の絵?大阪にこんなのあったっけ?」
美術の授業の際に、クラスメートに聞かれた。
「太陽の塔」
僕がそう答えたら相手は
「え!この今にも火を吹きそうなのが⁉︎」
と驚いていた。
僕は昔から図工や美術の成績が悪かった。英語とは比べ物にならないくらいほど才能がないのだ。ハゼから見ると僕の絵は金魚がサメになり、アンパンマンはキン肉マンになっているようだ。
僕はよく観察して描いているつもりなのだが、「もっと強く」「もっとゴツく」と思うあまり、リアルで怖い絵になってしまうようだ。
一体誰に似たのだろう。母さんは中学時代美術部だったし、父さんは案外可愛い絵を描くし、姉さんはポスターの絵で賞を取ったことがあるのに。
一応僕も、絵自体は下手ではないらしいが、何を描いているのかわからないと言われる。だから、絵が上手いのか下手なのかわからない。ただ、美術のセンスが悪いことに違いないだろう。
そして僕がセンスがない、というより苦手なものがもう一つ。実は僕、ものすごいカナヅチで、20mも泳げないのだ。ハゼはものすごく泳げるので羨ましい。
彼のことをハゼと呼び始めたのは僕だ。長谷川という名字から取ったのはいうまでもないが、自分の食欲と、「魚のようによく泳ぐ」という意味も込めてハゼと呼んでいるのだ。
ハゼ自身は、「どうせならハゼやなくてマグロって呼んでくれや」と言っていた。しかし、マグロは泳ぎ続けないと死ぬ生き物だぞ。
僕もハゼの真似をしようとしているのだが、思い通りに体が動かない。ハゼはそんな僕に対して、「いい体格しとるから水着が似合うのにもったいねー」なんてセクハラじみたことを言っていた。そんなことを言われるくらいなら、いっそ水着が似合わない体型だったら良かったのに。
だがこの水泳からは、中学校に入学したときに逃げられた。ハゼは少しガッカリしていたが、中学校にプールがなくて本当に良かった。嬉しいことに、志望校にもプールはなかった。これで一生、水泳や水着とは無縁なまま過ごせるだろう。
海に行くことはほとんどないが、僕はあれも嫌いだ。暗くて深くて呑み込まれそうな感じがする。そう思っているのは幼少期に海水浴に行って溺れたからかもしれない。
昔海で溺れたから泳げないのか、泳ぎの才能がないから溺れたのかどちらかわからないが、泳ぐのが下手なことも昔からの事実だ。
しかし、受験勉強のために図書室に集まった際に、ハゼに「お前って何か不得意なことあったっけ?」と聞かれてこの話をしたら、
「それくらいできなくてもええやん!」
と言われた。
「泳げなくても基本陸で生活しとるんやから困らんよ。逆に泳げて得なことってある?中学にはプールがないから、体育の成績のプラスにもならんだけど?」
ハゼはそう話した。
「言われてみればそうやな」
僕はそう納得した。
「せやろ。美術の成績だって、内申点にならんやろから入試に響かんやろ?」
ハゼはそう続けたので、その話にも納得した。
「それより俺を助けろ。全教科の基本って言われた国語がダメなんやけど。特に古文がわからへん。これ、どーゆーこと?」
ハゼはそう僕に縋ってきた。
「ああ、これはー」
僕ら受験生の闘いはまだまだ続く。
その翌週、また放課後にハゼとイクラと凛子と僕の4人で集まる機会があった。そのときに凛子は
「あたし、工業高校向いてへんのかな?」
と聞いてきた。
「どうした、急に?」
ハゼがそう驚いた。
「うちのクラスメートに『工業なんて不良男子の溜まり場。女子の行くとこやない』って言われた」
凛子がそう話した。
「誰や、そんなこと言ったんは⁉︎俺が殴ったる!」
同じ工業高校志望のハゼも腹が立ったようだ。
「もう殴った。大丈夫。そいつ、他の工業志望の男子にもめちゃくちゃ怒られたから」
凛子はそう話した。
「ちなみにそいつ男子?」
ハゼがそう聞いた。
「いや、女子。やから、あいつを殴れたんはあたしだけやった」
凛子はそう答えた。
「ムカつくな」
ハゼはなおそう口にした。
「せやろ?殴っただけやと物足りへんのやけど」
凛子がそう話すとイクラが
「きゃー、凛子ちゃんこわーい」
と口にした。しかしその後に
「でも嫌やな。俺、商業高校志望って話したら『男のくせに』『気持ち悪い』とか言われた」
と続けた。
「ごめん、男子で商業希望っていうのは気持ち悪いとは思わんけど、イクラの『女子の制服が可愛い』とか『女子が多い』っていう志望動機は気持ち悪いわ」
凛子はそう話した。うん、僕もそう思う。
「そんなー、凛子ひどーい」
そう叫ぶイクラを無視して、凛子は
「ちゅーかお前、由嘉ちゃんを狙っとるやろ⁉︎」
と続けた。
「狙ってへんよ。高校に入ったら、もっと可愛い子がおるかもしれへんし」
イクラはそう答えた。
「ほら、やっぱり女の子目当て」
凛子はそう呆れた。
「ところで、凛子の志望校って、淳平君が通っとる学校やったよな?」
僕は凛子にそう聞いた。
「そうやよ」
凛子はそう答えた。
「何か言われた?」
僕は続けてそう聞いた。
「不良の溜まり場なんかやないとは言われたけど、女子は少ないから気をつけろって」
凛子はそう答えた。凛子は可愛いから、男子にモテるかもしれない。
「確かに数少ない女子ってだけで目立ちそう。しかもこんな美少女」
イクラのその話に、凛子は首を傾げた。
「大丈夫やろ。そのうち顔は可愛いけどめちゃくちゃ強くて色気のないやつって気付くよ」
ハゼがそう言い出したから凛子は怒るかと思ったが
「そうやね。それまで待てばええか!」
と納得していた。それで調子に乗ったのかハゼは
「あんまり男子の騒ぎが酷かったら俺が彼氏のふりをしたる」
と言い出した。それには凛子も
「何でどっちも気がないのにカップルのふりをせなあかんの⁉︎アホくさ」
と呆れた。それでもハゼは
「なら俺の口から前持って言うたる。この女は顔こそリカちゃん人形やけど、中身は仮面ライダーになりたくてめちゃくちゃ喧嘩に強いって」
と言い張った。
「それは言い過ぎやろ。そのくらい、自分の口で言うし!」
凛子はそう反論した。
「俺が証人や」
ハゼはそう言った。それに対して凛子は
「思い悩むことはないな。よし、こうなったら前期で合格したる!」
と張り切った。やっぱり凛子って前向きだな。
夏休み後の僕ら4人の結束は強い。今日は学校の図書室に集まっている。その中で凛子は
「前期試験で作文がある学校を志望している人ー?」
と聞いた。すると、僕以外の3人が手を挙げた。
「凛太朗の志望校は作文ないんや?」
凛子がそう聞いた。
「普通高校やから、作文やなくて学力試験」
僕はそう答えた。
「ああ、そうやったか。せっかく文章力があるのにもったいない」
凛子はそんな話をしたが、僕は気にしていない。
「文章力あるなら俺に分けろー」
ハゼがまたそんな甘えたことを言ってきた。そうだ、国語が苦手なのだった。
「仕方ないなー。まずどこから教えたらええ?」
僕は呆れつつもそう聞いた。
「作文の書き方から」
ハゼがそう答え、学校で書くことになった作文を見せてきた。
「何やこれ。何で最初の1コマ空けてへんの?」
僕はそこから指摘した。ハゼは
「しまった!」
と口にしていたが、作文の内容も変だった。テーマは友情という作文みたいだが、僕は読んでいて
「何なんや『オレの友達は秀才で外人みたいな顔のイケメンと、かわいい顔して仮面ライダーになりたかた女と、女子の制服目当てで商業高校を志望しているヘンタイヤローです』って」
とツッコまずにはいられなかった。
「事実やけどそのまんま書き過ぎやろ!」
凛子もそうツッコんだ。
「そもそも、友情がテーマであって友達の話やないやろ!」
僕の指摘にハゼは
「そっか!」
と返した。こいつアホだ。僕に言われてやっと気付いたのか。
「書き方以外に口出しする気はないけど、テーマに合わせた作文を書かな話にならんよ」
僕はそう話した。
「じゃあ、試験に出そうな作文のテーマって何やと思う?」
ハゼがそう聞いてきた。
「大きく分けたら学校のことかそれ以外のことやよな」
僕はそう答えた。
「学校のことって?」
ハゼがそう聞いてきた。
「たとえば、志望動機とか、中学生活のこととか、高校に入って何したいのかとか」
僕はそう続けた。
「それ、面接と被るやん」
ハゼがそうツッコんできた。
「そうやな。あたしらの志望校は専門学科ってことを考えると、本性が引き出せそうな学校と無関係なことがテーマになりそう」
凛子の言葉に、みんな「確かに」となった。
「じゃあ凛太朗、作文の本気なお題を考えてくれよ。俺も本気で書くから」
ハゼにそう頼まれた。僕は少し考えてから
「じゃあ、趣味について」
と答えた。
「よし、原稿用紙に書いてみる」
ハゼがそう張り切った。
その数日後、ハゼが
「朝倉先生、チェックお願いします」
と練習用の作文を持ってきた。
「朝倉先生って…。どれどれ」
僕はハゼの作文を確認した。その内容は
「オレの趣味は少年漫画を読むことと下ネタを言うことです。少年漫画は面白いので楽しみに読んでいます。下ネタは、言うと仲間内でゲラゲラ笑い合えるから楽しいですー」
といったものだった。
「書くのは上手くなったけど、相変わらず正直すぎる内容やな。少しは猫被ったら?」
僕はそう呆れるのだった。




