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修学旅行

 5月になり、修学旅行の時期が来た。僕等は東京方面に行くことになった。そうなると皆、あの夢の国に行くことを1番の楽しみにするのだ。

 あそこに行く目的は現実逃避だと僕は思っている。受験生となって、そのことばかり考えさせられる時期に入っているのに、夢の国であの鼠達と戯れて受験という現実から逃げていいものかと疑問に思ってしまう。いや、本格的に受験で大変になる前に少し現実逃避してから勉強に集中しろという教育なのだろうか。

 遠足も同じなのだが、修学旅行はバスの座席を決める必要があるから面倒だと思う。それに、修学旅行では宿泊の部屋を決める必要もある。そう考えるだけで、僕は楽しみと思う前にウンザリしてしまう。

「凛太朗、隣の席座ろ♪」

ホームルームでバスの座席を決めるときに、イクラにそう言われた。こいつ、相変わらずふざけた言い方をする。

「何で僕の隣がええねん」

僕は呆れながらイクラに聞いた。

「そんなん決まっとるやん。凛太朗のことが好きやからやよ❤」

イクラのその言葉に、僕は苦笑いするしかなかった。やっぱりこいつの相手をできるのはこのクラスでは僕くらいか。

「しゃあないな。隣の席に座ろか」

僕がそう言うと、イクラは

「やったー」

と大袈裟に喜んでいた。

「せっかくやから、一緒の部屋で寝よ」

続けて、イクラにそう言われたときは、

「せやな」

と、諦めながら返した。もう、修学旅行の夜は眠れないだろうと覚悟を決めた。

「凛太朗と共にする夜、楽しみやわ」

イクラにそう言われたときは、さすがに吐き気がして、

「修学旅行で2人1部屋なわけないやろ」

とつっこんだ。


 家では、修学旅行に向けて荷物の準備を進めてきた。修学旅行は楽しみだが、緊張感もあるので、僕は何だかそわそわしてしまう。

 母さんからは「移動時間も長いし、慣れへん場所への旅行やから、体調を崩さんように気をつけてな」と心配された。同時に、修学旅行は気を使うことも多いから、ストレスがたまらないようにと、精神的な心配もされた。確かに、修学旅行ではずっとあの板倉のたぬきことイクラと一緒だと考えると、既に疲れてしまう。

 修学旅行の荷物は、極力少なくして運びやすくしようと考えた。特に、3日間持ち運ぶ手荷物は少なくしたい。だが、移動中に空腹になってしまうのも困るな…。こうしてようやくまとまった荷物は、お菓子で膨れるのだった。


そして、修学旅行の日が来た。移動に時間がかかるため、集合時間は早いのだが、修学旅行があるという意識が強かったせいか、僕はかなり早い時間に目を覚ました。

 家族はまだ起きていないが、一人で朝食を済ませて身支度をした。旅行鞄は事前に学校に預けてあるので、今日は手荷物を持っていくだけだ。なので、このままいつも通り自転車で登校できるので、家族を起こして送迎を頼む必要はないのだ。それに、家族はみんな忙しいのに、こんなことで睡眠の邪魔をしたくない。

「おはよう凛太朗、起きるの早いな」

出かけようと荷物の確認をしていたときに、起きてきた父さんにそう声を掛けられた。

「今日は修学旅行やでな。じゃあ、行ってきます」

僕はそう言ったが、父さんには

「本当に1人で行って大丈夫か?これからでも車で送ってったるけど」

と心配された。

「いや、大丈夫やよ。父さん達にはゆっくりしてほしいでさ。じゃあ、行ってきます」

僕はそう返し、玄関に出た。

「気をつけてな。行ってらっしゃい」

父さんにそう言われて、僕は家を出た。

 学校に到着した時には、まだ人は少なかった。僕はそれだけ張り切って早く出すぎたのだろうか。しかし、遅刻するよりずっといいだろう。

「おはよう、えらい早かったんやな」

しばらくしてから、凛子にそう挨拶された。

「おはよう。凛子も早い方やん」

僕は、凛子にそう返した。

「家が学校から近いでな。それに、修学旅行が楽しみで、早く起きてしもたから」

凛子が、少し照れながらそう言っていた。そうか、修学旅行が楽しみだったのは、自分だけではなかったようだ。

「クラスは違うけど、どっかで合流しよな」

凛子にそう言われて、修学旅行がさらに楽しみになった。

「もちろん!」

僕の声も、自然と弾けていた。

 そして、先生から挨拶があり、僕等はバスに乗った。これからずっと、あのタヌキが僕の隣に居続けることになる。

 名古屋まで向かうバスの中では、みんな既にわくわくしていた。自分は早起きの反動でバスの中で寝てしまうのではないかと思っていたが、そんなことできる状況ではなかった。

 何故なら、バスの中でカラオケができると知ったクラスメート達が、次々に歌い始めたからだ。最初は女子達が中心で歌っていたのだが、僕の隣でそれを見ていたイクラはうずうすしていた。そしてついに、

「俺も歌う!」

と言い出した。その時、バスの中が騒然となった。イクラは、その反応を気にせずに歌い始めた。

 イクラは、 カッコつけて人気バンドの明らかに歌いにくそうな曲を選んでいた。 案の定、イクラの調子外れすぎる歌と無駄にデカい声に、僕等は魂を抜かれたような状態になった。

「イクラ、何で元々音痴やのにこんな難しい曲歌うんや!」

「耳塞いどってもうるさかったんやけど!」

クラスメート達がイクラにそう言ったが、イクラは

「失礼な!」

と言い、もう1曲歌い始めた。しかも今度は女性アイドルの曲だった。これまた調子外れなのだが、イクラが女性アイドルになりきって歌っていることに、僕はドン引きした。

 しかし、当のイクラはとても楽しそうにしている。好きなことが得意なこととは限らないよな。イクラも、これで満足したようなので、もう歌うことはないだろうと僕はほっとした。

 しかし、マイクを置いたイクラは

「今度は凛太朗が歌えよ」

と言い出して、僕にマイクを向けてきた。

「えっ⁉」

僕は、歌いたいと言ったことは一度もない。なのに、バスの中は

「朝倉君の歌聞きたい!」

という意見が出てきた。

「僕だって音楽の時間に歌っとるんやけど」

僕は冷静にそう言ったが、

「いやー、それとこれとは別やろ」

と言われた。

「お前の姉ちゃん、バンドのボーカルやったんやろ?」

イクラにそう言われた。確かに僕の姉さんはバンドを組んでいて、キーボードを弾きながら歌っていた。しかし、それはあくまで姉さんの話であって、僕とは関係ない。

「何でそこで姉さんの話になるんや」

僕はイクラにそう言った。

「いやいや、姉ちゃんがボーカルってことは、その弟のお前も歌上手いってことやろ?」

イクラはまだそう言ってくる。確かに姉さんは歌が上手い。そして父さんも大学時代はバンドのボーカルで歌が上手いけどさ。だが、僕自身は歌うことは好きではない。

「由嘉ちゃんがこっち見とるよ」

イクラにそう言われ、ふと周りを見回すと、確かに由嘉さんと目が合った。

「好きな子の前で、ええとこ見せよや」

イクラに小声でそう言われた。

「しゃあないな。何歌えばええ?」

もう終わった話なのに、由嘉さんに見てもらえると思うと、なぜか心が弾む。

「凛太朗って、十八番とか好きな曲はないん?」

イクラにそう言われたが、僕はカラオケは全く行かない。なので、思いつきで選曲した。こうして人から見られるのは、僕は得意ではない。

 そして、歌詞が出てから気付いた。自分が選んだのは失恋の曲だと。そう思うと、自分が由嘉さんに向かって歌っているみたいで恥ずかしくなった。しかし、そんなことは関係ないと開き直って、僕は歌った。

「さすが朝倉君、かっこよかった!」

歌い終わった後、バスの中はそう盛り上がった。僕は、周りの反応はあまり気にならず、歌い終わったことにほっとした。

 そうしているうちに、バスは目的地である名古屋駅に到着した。そして僕等は新幹線に乗った。三重県には新幹線が通っていないせいか、新幹線は初めて乗るとはしゃいでいる人も多かった。

 僕も、新幹線はほとんど乗ったことがない。しかし、鉄道という意味では電車と大して変わらないと思っているので、さほどテンションは上がらなかった。ただ、電車より速くて便利だとは思った。

 そしていよいよ、目的地に到着するのだった。

1日目は移動の時間が長かったこともあり、回る場所や時間は限られていたが、修学旅行が始まったと実感できる1日になった。

 気になっていた夕食は、この日はホテルでのバイキングになった。そのおかげで、僕は好きなものをたくさん食べることができた。

 なので、食事に関する不満はないのだが、ふと家での食事が恋しくなった。この食事が不味いとは思わないが、母さんが作ってくれる料理の方が美味しい。仲間がすぐそばにいるから寂しくはないが、今頃家族は何をしているだろうと考える自分がいた。

 そして、さらに気になっていた、というより心配になっていた部屋での就寝時間がやってきた。この日泊まるホテルは4人1部屋で、同室の人は小学校時代からの同級生の陸と栄太、そしてイクラである。

 陸と栄太はイクラ同様昔から親しかったとので安心感があるし、そこまで騒がしい連中ではない。イクラも、どんなヤツかは嫌というほど知っているが、旅先の夜で暴れるに違いないと心配になってしまう。

 実際イクラは、「凛太朗の寝顔を見てやる!」なんて言っていた。僕の寝顔なんて見ても、大して面白くないと思うのだが、そう言われる中で、イクラより先に寝たくはなかった。

 しかし、イクラは入浴して翌日の準備をしたらすぐに寝てしまった。

「イクラ、寝るの早っ!」

イクラが寝た様子を見て、陸がそう驚いていた。

「バスの中であんだけ暴れとったし、疲れたんやろか」

栄太もそう言っていた。

「イクラが早よ寝てくれたら、僕等も安心して寝られるな」

僕もそう言ってほっとした。

 それにしてもイクラのやつ、すごい顔して寝てるな。イクラを起こさないように、そっと寝顔を覗きこんだ時にそう思った。すると突然、イクラが

「待てよ凛太朗」

と言いだした。えっ!と思ってイクラの顔を見たら、爆睡の最中だった。

「俺のおやつも買ってさ」

こいつ、寝ながら何を言っているんだ。そもそもヤツの夢の中で僕は何をしているのだ。

 そしてイクラは大きな鼾までかいていた。

「どうしよ。やっぱりイクラのせいで眠れやんかもしれへんな」

僕がそう言うと、他の2人もうんうんと頷いた。そして結局、僕等はイクラのせいで、じっくりとは眠れないのだった。


 修学旅行2日目は、いよいよ皆が楽しみにしていた夢の国へ向かう。そのバスの中では、僕の隣でイクラがずっとあの鼠のモノマネをしていて鬱陶しかった。よくもまあずっとあの甲高い声を出し続けられるよなと感心してしまった。

 結局、イクラは部屋でいち早く爆睡していただけあって、すっかり疲れが取れてしまったのだろう。僕はこいつのせいで寝不足なのだが。

「なあ凛太朗、一緒に絶叫マシンに乗ろうぜ」

あの鼠の声で、イクラがそう言いだした。

「ええけど何でさ」

僕がそう聞くと、イクラは鼠の声のまま

「イケメンが絶叫マシンに乗って変顔になる瞬間を見たいんだ!ハハッ」

と言っていた。悪趣味だなこいつ。でも結局、昨夜はイクラが先に寝たせいで、僕は寝顔を見られることはなかったけどな。

 僕は、念のためにと母さんに酔い止め薬を持たせてもらっていたことを思い出した。これが絶叫マシンに有効かはわからないが、イクラにばれないように飲んでおいた。

 そしてバスを降りてすぐに僕は、イクラに絶叫マシンに連れて行かれることになった。

「ほら、早く行こうぜ」

さすがに疲れてやめるかと思っていたが、イクラはバスを降りても鼠のモノマネを続行していた。このまま甲高い声を出し続けて、喉を潰したら大人しくなるだろうかと考えてしまった。

 そしてイクラと絶叫マシンに乗った。しかし僕、絶叫マシンは割と平気な方だ。乗ることに緊張感がないわけではないが、さほど怖いとは思わない。

 そう言うイクラはどうだろうと思って様子を見たら、ものすごくびびっていた。そんな無理をしてまで僕の変顔を見たいのかよ。

 そして、絶叫マシンは動き出した。僕が全く声を出していないときから、隣ではイクラの声が聞こえた。さすがにここでは、普段のイクラの声に戻っている。

 そして山場になったとき、僕は酔い止め薬を飲んだという安心感もあったのか、大して声は出ず、おそらく顔色も急変はしていないが、イクラは

「ぎゃあーー!!うわあーー!!」

と叫んでいた。一方僕は、イクラはすごい顔をしているなと覗き込む余裕すらあった。

 絶叫マシンを降りて、イクラはヘロヘロになっていた。 僕は、 酔い止め薬が効いたのか、気分は悪くなっていない。

「凛太朗、お前すげえな。絶叫マシンに乗っても声すらほとんど出えへんなんて」

イクラにそう言われた。

「お前、自分が苦手やのに何で自分から絶叫マシンに乗ろうなんて言ったんさ?」

僕はイクラに聞いた。

「お前の変顔見たいってことを考えすぎて、自分が苦手なことを忘れとった」

イクラはそう答えた。

「アホやな。まあ、気分が落ち着くまでゆっくりすればええ。僕も特に行きたいとこはないで、付き合うで」

僕は、イクラにそう言った。

 その後、一緒に部活の後輩へのお土産を買おうと約束をしたハゼと合流した。

「お疲れ凛太朗」

ハゼと会ったときに、そう言われた。結局、その僕が疲れている原因も、お土産コーナーに付いてきた。

「本当、疲れてしもた」

僕は、イクラの方を見ながらそう言った。

「イクラ、凛太朗を困らすなよ」

ハゼと一緒にいた凛子もそう言った。

「凛子も部活のお土産を買いに来たん?」

僕は凛子にそう聞いた。

「せやで。陸上部では、あたしがお土産の買い物を頼まれた。料金は領収書を元に後で皆で出し合うからって」

「そうやったんや」

僕等野球部は、主将のハゼと副主将の僕が代表して買うことになっていた。だから、同じ野球部のイクラはお土産を買いに行く必要はなかったのに、僕に付いてきた。それ自体は迷惑ではないのだが、この時くらいはイクラと別行動になると思っていた。

「こんなときまでわざわざ凛太朗にひっつくとかお前、凛太朗のことが好きすぎへん?」

凛子にそう言われたイクラは

「バレた⁉」

と再び鼠のモノマネをしておどけていた。僕は、イクラのことが嫌いなわけではないが、そんなことを言われても全く嬉しくなかった。

「何やねんその声!でもまあ、皆で相談してお土産を選ぶ方が、後輩らに喜ばれるもんを買えるんと違う?」

ハゼがそうフォローしたので、僕は何だかほっとした。


 修学旅行最終日は、選択したコースを回ることになった。ここでは、事前に話し合っていたわけではないが、イクラとはコースが分かれ、ハゼや凛子の顔を見られたので、僕は心底安心した。

「お、お前もこのコースやったんか」

ハゼと会ったときは、嬉しそうにそう言われた。

「ずっとイクラと一緒やったとか、えらかったやろ」

コースを回っているときも、ハゼにそう言われた。

「あいつ、昨日はバスの中から園内におる間ずっとあの鼠のモノマネしとったんやよ」

僕は、呆れながらそう話した。

「よおやるな。やのに何であいつそんなに疲れてへんだんや?」

凛子もそう呆れていた。

「あいつ、昨日も一昨日も早くに爆睡しとったからな。その鼾や寝言がうるさかったせいで、同室の僕等は寝不足気味やけど」

「そりゃえらいわ」

僕の話に、ハゼと凛子は納得していた。そう話しながらも、イクラのことは嫌いにならないのだった。

 この日の昼食は、コースによって決まっていたので、僕はハゼ達と一緒に食事をすることになった。こうした旅先での食事は慣れないものもあって新鮮だった。

 今日は家に帰れる。そう考えると、修学旅行が終わって寂しいと思うより先に、ほっとするのだった。そうだ、まだ時間があるから、この後家族へのお土産も買っておこう。

 帰りの移動のときは、たまっていた疲れが一気に出たのか、 急激に眠くなってしまった。しかし、僕の隣で座っているイクラは、修学旅行が終わることを名残惜しそうにしながらも、まだまだ元気だった。

 イクラに、寝顔を見たいと言われたことを思い出した僕は、そうされるのは何だか悔しいと思い、 上着を顔に掛けて寝ることにした。死んだ人みたいと言われるかもしれないが、隙だらけの寝顔を見られるよりはましだ。


 「ただいま」

「おかえり。修学旅行お疲れ様」

3日ぶりに帰宅した僕は、家族が暖かく迎えてくれたことにほっとした。

「お土産買ってきたで」

僕がそう言ってお土産のお菓子を渡したら、母さんに

「ありがとう。凛太朗が無事に帰ってきてくれたってお土産だけでも十分やったのに」

と言われた。

「お土産、これから一緒に食べる?もし良かったら、修学旅行の土産話も聞かせてな」

父さんにはそう言われた。

「もちろん」

僕はそう答え、姉さんも呼んで家族でお土産を食べることにした。その中で修学旅行の話をするのは、とても楽しかった。

 修学旅行は楽しかったが、家で家族と過ごす時間が大切なのだと実感するのだった。

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